私の夢を覗いたのは誰?
「ねぇ、ボクの制服知らない?」
「制服?」
「そう。高校の」
現代の家らしく洋造りであるその扉を、開いた方向の壁にぶつける勢いで開けては、声を上げる女。
抑揚のない声だが、その声は思いの外大きく、別室にいた男にも聞こえていた。
ガチャリと音を立て、扉を開け出てきた男は、赤い眼鏡の奥で目を瞬く。
癖のある長い髪を揺らしながら、女は勢い良く開けた扉を、同じ勢いで閉める。
男の言葉に頷きながら、どこに行ったんだろう、と呟き、細い首を左右に捻った。
自身の出てきた部屋の扉を閉めた男が女の隣に並ぶ。
「仕舞ったんじゃないの?」
「ハンガーに掛けて置いといた」
浅い溜息と共に吐き出された言葉。
女は片腕を後頭部に回し、ガシガシと髪を掻き回す。
癖の強い髪は簡単に絡まり合い、それを見た男が女の背後に回る。
黒いシャツの袖には、鈍く光り輝く兎を型どったカフスボタンが付いていた。
無駄な肉のない手首を掴み、髪を掻き回すのを止めさせると、歩き出す女の歩幅に合わせて背後を歩く。
足よりも手の方が忙しなく動き、絡まった髪を丁寧に外している。
方や裸足で、フローリングをペタペタと叩く足音。
方やもふもふとした犬の顔を型どったスリッパで、パタパタと叩く足音。
無差別に部屋の扉を開いては閉じていた音は消え、二つ分の足音がリビングへ向けられる。
ペタペタ、パタパタ、足音が止まったのは、リビングに入って直ぐ。
一番最初に止まったのは、ペタペタという音で、その後に背中にぶつかる音と一緒に、パタパタという音が消える。
そうして音が消えた後、男が女の背後から顔を覗かせ、二人で顔を見合わせた。
「あったよ」
「あったね」
まるで双子のような会話を交わす二人は、お互いの顔を見て瞬きを一つ。
その後、同じ方向に視線を流し、頷いた。
リビングの右手側、テレビが置かれ、その前にあるソファーに沈む人影が一つ。
二人の視線はそこに固定されている。
真っ白な革張りのソファーに沈んだ人影は、長い茶髪を撒き散らし、女の探し物であった制服を身にまといながら、すやすやと規則正しい寝息を立てていた。
深い紺色のブレザーに同じ色のプリーツの少ないスカート、中のシャツは白いワイシャツで、胸元には臙脂と紺のネクタイがぶら下がっている。
「あれ、ボクの制服だよね」
足を止めたままの状態で、女は首を傾ける。
その際に、肩に顎を乗せていた男の頭とぶつかるが、特に気にした様子はない。
そうだね、頷いた男もそのままの体勢で、ソファーに沈む人影を眺めた。
色素の薄い長い髪は、好き勝手な方向へ広がり、緩やかなウェーブが柔らかく絡み合う。
緩やかな膨らみを持つ胸元は、一定の間隔で上下しており、相当深い眠りに入っているらしい。
ペタペタ、パタパタ、二つの足音が人影の――少女の方へと近付いて、無防備な寝顔を覗き込む。
「良く寝てるね」
「うん。これ、何だろ」
ぎゅうっ、と音がするくらいに女の体を抱き込んだ男が、女の背後から少女の顔を覗き、女の腹の辺りに巻き付けた腕で、少女の方を指差す。
女はその言葉と指先の向けられた方へと視線を移し、細くしなやかな指先が握る物を見た。
グシャグシャに握り潰されている紙、だろうか。
女は肩眉を寄せて、手を伸ばす。
少女の指先に触れた瞬間に、胸の動きが一瞬止まり、重たそうだった瞼が一気に持ち上がる。
パチリ、女の肩越しに少女を覗いていた男と、目覚めた少女の視線がカチ合う。
「あ、起きた」
男の言葉に女が手を止めて、少女の顔を見る。
見開かれた色素の薄い瞳は、男の瞳と良く似ていて、女はゆっくりと瞬きをした。
お早う、抑揚のない、透明度は高い声が、少女に言葉を投げた。
***
ゆらりゆらり、微睡みの中で、聞き慣れた声がした。
柔らかな低い甘いテノールの声と、抑揚はないけれど透明感はある声。
指先に感じた何かの感触で、急激に意識が浮上する。
そうして見えたのは、聞き慣れた声の持ち主達。
中でも前者の声の主と目が合った。
同じような色の瞳で私を見て、目を見開いた次の瞬間にはニッコリと笑う。
それから、後者の声の主を呼び、私に二人分の視線が向けられることになる。
真っ黒で光のない瞳が向けられ、ほんの少しの沈黙を挟んで、お早う、と掛けられる言葉。
「……おはよう。何、してるの、二人共」
二つの声の主は、紛れもない私の両親だった。
前者は父で後者は母。
しかし目の前の両親は、何故か私の顔を覗き込みながら、母は私の手に触れ、父は母に後ろから抱き着いている。
目の前で広がる光景には、自然と眉が寄った。
「寝てるから」
「作ちゃん、制服探してたんだって。似合ってるよ」
二人の言い分が微妙に食い違っていることに、更に眉を寄せながらも、父の言葉が気になった。
瞬きを二回、三回、それからゆっくりと体を起こし、自身の服装を見る。
キシキシと動きの鈍い体は、丈夫な生地で出来た制服に包まれていた。
見覚えのあるその制服は、私の通う中学校のものではなく、母の母校である高校の制服だ。
それから、お腹の辺りに置かれていた手には、何か、クシャクシャに握り潰されている紙。
訝しげな顔をしているであろう私を見て、両親共顔を見合わせる。
そんな二人を無視するように、自分の手でいつの間にか握り潰していた紙を広げ、指先で刻まれたシワを伸ばしていく。
そこには、先日見たばかりの『進路希望調査』の文字。
シワになったそれを覗き込み、両親が揃って、あーあ、といった顔をした。
しかしよく良く見下ろせば、第一志望の欄が、私の文字で埋まっている。
細いボールペンで書かれたその学校名を、目敏く母が見付けて父に耳打ちしているのが聞こえた。
嬉しそうに目尻を下げる父と、珍しく頬を緩める母が私の顔を覗き込んでいる。
進路希望調査の第一志望欄には、母と父、二人の母校の名前がしっかりと刻まれていた。




