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私はこのまま順調にいくと思っていました

 私が赤熱ワラジに討伐のクエストを続けて三時間が経過した時、


【赤熱ワラジ討伐数 20/20】


 とようやく目の前に表示された。


 その後も私は討伐を続けた。


 それから少し時間が経った後、消えていく赤熱ワラジを眺めながら、私は一つ大きく息を吐いて緊張を解く。


 赤熱ワラジ討伐に徐々に慣れた私は、三体同時でも相手取ることが可能なほどに、赤熱ワラジの動きを熟知してしまっていた。


 時間を確認すると、モンスター狩りに熱中していて気が付かなかったが、いつの間にか夕方で夕日はもう沈みかけていた。


 後少しで夜になる。


 夜になると、夜行性のモンスターの動きが活発になる。そして、そのほとんどが獰猛で好戦的であり、とても危険だ。そのため、夜に初心者プレイヤーがフィールドへ行くのは自殺行為に等しい。


 既にクエストは達成しているし、どうやらここいらが潮時だろう。


 よし、もう帰ろう。


 そう思い立ち、来た道を戻ろうとすると、ガサッと近くのくさむらで何かが動いた。


 反射的にすぐさま私は小太刀を構える。


 姿が草で隠れて視認することが出来ないが、草の揺れ方から何かの動きがある程度分かる。そして、それは他のプレイヤーでは無い。揺れの大さから違うし、もっと小さい別のもの。だが、かと言って赤熱ワラジでもスライムでも無い。


 おそらく私が遭遇したことのない新手のモンスター。いや、おそらくではなく確実に、だ。


 私は息を殺して、揺れる草を凝視する。


 まだ、夜にはなっていないため夜行性のモンスターでは無いはずだが、一体……


 ガサガサと揺れが右方左方しながら私の元へとゆっくりと、着実に近づいてくる。


 どんどん。


 どんどん、と。



 ガサリ。


 すぐ目の前で草が揺れた。


 そして──




「チュー」


 私の耳に聞こえたのは可愛らしい鳴き声だった。


「チューチュー」


 目の前にいたのは、猫と同じ程の大きさを持つ白いネズミ。どこか愛嬌があって愛らしい。


 私は、息を吐いて肩の力を抜いた。


 この生物はシーフラットと言って、どのフィールドにでも生息している動物型の小型モンスターだ。


 外見から人々にかなりの人気があり、グッズやTシャツなどにもなっているほどだ。

 だが、このゲーム内のプレイヤーはこのモンスターをかなりと言うほど忌避している。ショップやガチャガチャ、女子高生が付けているキーホルダーなどで見かけるたびにポケットに手を突っ込んで唾を吐くほどに、だ。


 何故なら──


「チュー!」


 シーフラットがニヤリと悪人のような表情になると突然、飛びかかってきた。


 勿論あらかじめ予期していたことなので、私は苦も無く対応する。ピッチャーが投げたボールのごとく私目がけて飛んでくるシーフラットに私はバッターのごとく一撃を食らわせる。小太刀は顔面に直撃し、クリーンヒットだ。


「ヂュッ!」


 私の攻撃に先ほどのような高い鳴き声では無く、空気が潰れたような低音を出してシーフラットは吹っ飛んだ。

 そしてボールようにバウンドしながらゴロゴロと転がる。


 ──こういうことだからだ。


「いやいや、モンスターなのだから襲ってくるのは当たり前では?」と思うのかもしれないが、それに関しては問題にしていない。このモンスターの攻撃力は皆無なのだから。そして殺傷力が無い代わりとして、このモンスターにはある特性というか習性というか能力が備わっている。


 それは攻撃の代わりにプレイヤーから所持品を盗むということだ。


 アイテムでもマネーでもはたまた、武器や防具、アクセサリーまで。

 現在装備中の物やレア度、レベル関係無く何でもだ。


 重課金して手に入れた、強力な装備や貴重な素材でさえお構いなしに盗むのだから始末に負えない。


 故にその節操の無さから、他のプレイヤーや自分のためにも見つけたら即排除がセオリーと言われている。


 プレイヤー達からは嫌われているが、他の人々から好かれているのは単に他人事だからと、愛らしい顔から一変して見せる腹黒い表情が実にそそると言う、ギャップ萌えと言うヤツに他ならない。


 軽く素振りをしながら私はゆっくりとシーフラットに近づく。


 初心者プレイヤーの多くが外見に騙されて攻撃するのをためらい、結果犠牲となるらしいが、私は他のプレイヤーと同じ轍は踏まない。シーフラットの魅力になぞ興味は無いし、どうでもいい。つぶらな瞳で見上げてきているが、本当にどうでもいい。可愛いは正義? は? 可愛いヤツが何をしたって許されるとは大きな間違いだ。ごめんなさいで済んだら警察はいらないのだ。


 私は氷のような冷たい瞳でこのネズミを見下ろす。


 窃盗は立派な犯罪だ。例え出来心であっても私は容赦しない。


 この悪い子にお灸を据えてやらなければならない。私の所持品に手を出そうとした罪、万死に値する。さあてさて、一体どうしてくれようか。


 そう考えていると、目の前のシーフラットが地団駄を踏むかのように足を踏み鳴らし始めた。


 すると、どこからともなく新たなシーフラットが二体現れた。


 な!? まさかこれは、仲間を呼ぶ時の動作だったのだ。予想外の事態に私は焦るが、すぐに冷静になって思考を働かせる。残念なことに初心者の私では、シーフラットを撒くことが出来るほどの速度で逃げることはかなわない、なら、敵は三体しかいないのだ。所持品を奪われても落ち着いて対処すれば問題ない。


 よし、ならば、仲間を新しく追加される前に目の前の三体を片付けてしまえばいい。


 そう結論付けた私は小太刀を構え、敵目がけて駆け出そうとした次の瞬間、





 視界が歪んだ(・・・)





 正確に言うと、自分の視界に映るこの世界が、空間が、ぐにゃりぐにゃりと波打ちながら歪曲を繰り返している。それに合わせて周りの風景もグラフィックがブレて次々と変化していく。


 その不気味な光景に、現在一体何が起こっているのか分からず、足を止め、私は呆然と立ち尽くしていると、


『チューチュー』


 三匹のシーフラット達が鳴き声を上げ始めた。


 そして、




「チューチュー」 「チューチューチューチュー」 「チューチュー」 「チュー」 「チューチューチュー」 「チューチューチューチューチューチューチュー」 「チューチュー」 「チューチューチューチューチューチューチュー」 「チューチューチューチューチューチュー」 「チューチューチューチューチュー」 「チューチューチューチューチュー」 「チューチューチュー」 「チューチューチューチュー」 「チュー」 「チューチューチューチュー」 「チューチュー」 「チューチュー」 「チューチューチューチュー」 「チューチュー」 「チューチューチューチュー」 「チューチューチュー」 「チューチュー」 「チューチューチューチュー」 「チュー」 「チューチュー」



 空間の歪みから裂け目が生まれ、そこから数えきれない数のシーフラットが流れ出て来た。数十、数百は降らない。まるで滝の水が溢れてきたような。そう表現した方が正しいほどの大群が。


 私の一番近くの、おそらく、一番初めからいた個体がニヤリと笑ったような表情を浮かべた。それに続いて他のシーフラットもニヤリと笑う。


 全ての個体がニヤリと笑う。


『チュー!!!!!』


 鼓膜が破れそうなほどの轟音と共にシーフラットの大群が私へと波のように押し寄せてきた。圧倒的な物量に呑まれ、私はただ為す術なく……。


 ……そして、


【装備を全て盗まれました】


【アイテムを全て盗まれました】


【マネーを全て盗まれました】



 初ログイン&デスゲーム開始から二日目。

 私は全財産を失った。


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