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エデンズライフ  作者: 田中承太郎
第四章 ギルド戦争
20/23

4-2

 ジズたちは<自由交易都市アイン・ソフ・オウル>の小さな路地を歩いていた。あと5分ほどで<転移の館>と呼ばれる城門の手前にある館に到着する。<転移の館>にはいくつも似たような門が並んでおり、その門が大陸中の至る所に繋がっており、その中の一つを通って目的地である<ネクロ・ハーデス>神殿の近くに移動するのが目的である。


「ジズさんって大学生なんですよね?」


 横を歩くミューの質問に、ジズは居心地が悪そうに頷いた。先ほどからアカリを連れ立って背後を歩くリスの視線が痛い。どうも先ほどから機嫌が悪いようだが、ジズにはその理由が全く分からない。ミューがやたら近づいてくる理由もわからない。


「どこの大学ですか?」


 ジズが大学名を答える。ミューが悲鳴に近い歓声をあげた。


「えぇ? 嘘。ジズさん、めちゃくちゃ頭良いんですね!」


「いや、そうでもないよ。別に、成績だって普通だし」


「十分凄いですよ。わたしなら絶対に入れないもん」


 リスも同じ大学だ、ということを教えようとするがミューがそのタイミングを与えてくれない。ミューは予想通り現役の高校生だった。今年の四月から二年らしく、徐々に難しくなる勉強のことや予備校に入るとしたら何処が良いか、期末試験の話題などということを話した。


「そうだ、ジズさん。もし良かったら勉強教えてくれませんか?」


 突然、ミューが両手を合わせて言った。足を止めてジズとの距離を詰めてくる。


「え? えっと、どこで、どうやって?」


 ジズは予想外の提案に、身体を引いた。しかしすぐにミューはその距離を埋めてくる。


「もちろん、物質世界リアルでですよ。エデンズライフの中じゃあ無理でしょう?」


「いや、頑張ればコミュニケーション用のアイテムでできるんじゃないかな?」


「頑張る必要あります?」


 どうだろう。そもそも自分が教える理由もない気がするのだが、彼女の迫力に気圧されて言葉にするのが躊躇われる。両手を広げてそれ以上近づかないように、と主張するのだが、彼女には通じないらしかった。押しのけるように身体を密着させてくる。


「いいじゃないですか、減るもんじゃなし」


「いや、僕の時間が減るというかなんというか」


「はいはーい! そこまでそこまで」


 ジズとミューの間にリスが身体を滑り込ませるようにして割り込んでくる。ミューの舌打ちが聞こえた気がしたが、何も聞こえなかった振りをする。


「勉強だったらわたしが見てあげるよ」


「リスさんはなんだか忙しそうなので、無理しなくても大丈夫ですよ?」


「いや、それは俺が暇そうに見えるってこと?」


「ううん、大丈夫だよ? そんな遠慮しなくてもいいから」


 ジズを無視して話し始めた二人にバレないようにこっそりと息を吐く。ジズは音をたてないように二人から離れると、アカリが追いついて来るのを待つことにした。彼女は周囲がどんなに騒いでいてもマイペースでゆっくりとした足取りを決して速めたりはしない。


「大丈夫? 疲れてない?」


 アカリは顔を上げたが、そこから疲労を読み取るのはなかなか難しい相談だった。いくらエデンズライフの世界が精密に描かれていると言っても、人間の機微を捉えられるほどではない。


「ううん、大丈夫……ただ、ちょっと眠い」


 実年齢からすれば見た目はかなり大人びた姿だが、やはり中身は12歳の少女なのだろう。ぐりぐりと目を擦りながら申告する彼女を励ますように、肩に手を触れる。


「そうか。その、背中に乗るか?」


 コクリと頷いたアカリに向かって背中を差し出した。細い両腕がジズの首に巻き付いて、重みが背中に加わるのを確認してジズは立ち上がった。離れたところでまだ言い合いを続けている二人を見つめて呆れつつも固い石畳を歩き始める。正直なところ、ジズ自身も睡魔を感じ始めていた。今日は一日中エデンズライフをプレイしているので、ほとんど休息をとっていないことになる。


「おい、ちょっと待ってくれよ」


 無防備に体重を預けるアカリを一度だけ担ぎ直して、二人に追いつこうとジズは少し歩幅を広げようとして、──足を止めた。リスと、ミューも言い合っていた姿勢のままで固まって、視線を前方へと向けていた。誰もいない路地を横切るようにして、不気味な影が姿を見せた。それは、なにものにも形容しがたい不気味さだった。理由は分からないが、とにかく、上下左右にぶるぶると震えている影は、明らかにプレイヤーのそれではなかった。だがしかし、だからと言ってモンスターのはずがない。モンスターは街に入れないようにプログラムされている。ではあれは何だ?


 風に乗って、話し声のようなものが聞こえてくる。しかしそれは明らかに人間のそれではなかった。もっと異質で、まるで暖かみのない、不気味な低音と歪んだ電子音を掛け合わせたような、そんな音。


「ようコそ、コゴハ、じゆう貿エキどシ、アイン・ぞフ・おうるででデデデデデデデデ──」


「ひっ──」


 ミューが短い悲鳴を上げる。だが、それは無理もないことだった。ジズもリスも、一歩後ずさった程だ。


 姿を現したのは頭上に青いクリスタルを戴くNPCだった。服装と言葉から、城門に門番として二十四時間立ち続け、この街の名前をプレイヤーに案内し続けるよう配置されたキャラクターに違いなかった。ジズは何度も見ているので間違いようがない。だが、普段ならば立派な兵士に見えるその佇まいが今は見る影もない。両目は見開き、口を大きく開けて壊れたラジオのようにノイズ混じりの台詞を連呼し続けている。ぶるぶると身体を揺らしながら近づいてくる姿はホラー映画さながらの光景だ。


「何だ? 何でこんなところに門番がいる?」


 ジズの問いに答えてくれる者はいない。門番は手にした槍を左右に揺らしながら、ゆっくりと、しかし確実に距離を縮めてくる──。


 あまりの不気味さに、ジズは周囲を見渡した。近づかない方が良い。迂回路を探そうとして、そこからわき出す影たちにようやく気づく。


「おハナ──おばナはいりマゼンか──」


「ようゴショ、当デンはぶきヤでシュ──サーびすさせてイタラキましゅよよよよ」


「こここンにちワワワワ──いいいいいい天キでスねねねね」


「──何? 何なのこれ!?」


 周囲の以上に気づいたリスが弓に手をかけつつ叫ぶ。路地から湧き出るように姿を見せた人影は、ほとんど全員に見覚えがある。先ほどアカネが買った花売りの少女に、武器屋や雑貨屋の主人、ただの通行人など、その役割は様々だが、全員が頭上に青いクリスタルを輝かせるNPCだ。しかしNPCは基本的に制作者の定めたエリアから移動することは無いはずだ。


「どうなってる──」


 毒づくジズたちの周囲は、既に一様にぶるぶると震え様子のおかしいNPCたちに囲まれていた。その数は十や二十ではきかない。おそらく、五十人はいる。


「ゴコがらざきはトオレまゼン──」


「ハジらナイでクダザざい──」


「リス、ミュー! こっちへ」


 そうは言ったもののこれからどうするべきか。周囲は完全に包囲され、ひと一人通り抜けられるような隙間すら見つからない。


「どどどどどうしよう! ジズ!!! なんかテーマパークのホラーエリアみたいになってるんですけどっ!? これってアレかな? イベントかなぁ?」


「その可能性もなくはないだろうけど……」


 アップデートによって何らかの不具合が発生したと考えるのが妥当ではないか。


「リス、お前はアカリちゃんを頼む。俺はミューを背負う」


「え? 何? なんで?」


「俺の方が筋力パラメータが高いからだよ!」


「それってわたしの体重のことです!?」


 ミューの抗議を無視して、ジズはアカリをリスに任せてミューを抱きかかえる。


「なんだかよくわかんないけど、とにかくあいつらに近づかないように<転移の館>まで走るぞ」


 頷いたのはリスだけだったが、それで十分だった。


「あ、あの、走るって一体どこに──ぎゃ、ぎゃあぁあ!」


 ジズは全力で地面を蹴っていた。リスを抱えた身体はあっという間に石畳から浮かび上がり、路地に面していた軒先の上に着地する。リスがそれに続いた。


「と、跳ぶなら先に言って下さいよ!!」


「あーごめんごめん」


「まぁいいですけど……」


 ミューがジズの首に腕を回した。


「いや、もう大丈夫だよ。NPCはレベル1のプレイヤーくらいしか身体能力がないし、ここまで上がってこられな──」


 月光が陰った。顔を上げる。すぐ近くに、腕を振り上げた花売りの少女の笑顔があった。ガラス玉のような碧眼を大きく見開いて、悲鳴のような、咆哮のような声をあげて落下してくる──。ジズは咄嗟に後方に向かって跳躍する。花売りの少女の腕が、ジズの立っていた空間をえぐって屋根に突き刺さった。この世界の建造物は制作者がそれを許していない限り破壊することができないため、少女の腕が屋根を貫通することはない。だがその代わりに放射線状に発生したライトエフェクトの激しさがその破壊力の大きさを表していた。


(馬鹿な──! NPCのパラメータがリミット解除されてる!)


 これは、アクシデントなどではない。ジズは直感した。NPCがこんな都合の良い壊れ方をするわけがない。何者かが、ジズたちを襲う為にNPCをプログラムし直したのだ。しかし一体何の為に?


「リス! 走れ! とにかく<転移の館>まで走れ!」


 叫ぶ間にも、次々とNPCたちが屋根に飛び移ってくる。一番近くに着地してきた男のNPCを蹴り跳ばして、ジズもリスのあとを追って走り出す。状況は圧倒的に不利だった。NPCのパラメータが最大値まで高められているとすればその戦闘能力はレベル1000のジズに匹敵する。操作しているのが単純な思考回路しか搭載していないAIだというのがせめてもの救いだが、こちらは両手が塞がって攻撃手段すら限られている。


「いけ! 振り返るな! いけ!」


 光に群がる羽虫のようにNPCたちが次々と飛びかかってくる。ひとりが振り下ろした腕を搔い潜り、飛びついてくるひとりを路地に蹴落とす。


「マキシマイズ・マジック・アロー!」


 叫んだジズの眼前に、青白い球体が出現する。放電した球体はひと際大きく発光すると、破裂するように周囲に矢をまき散らした。ミューが使った魔法と同じだが、その本数は十八本に上る。しかし、自動的に敵性を判断し、ターゲットをホーミングするはずの光の矢はただまっすぐ飛んでいくだけだった。


(そうか、NPC相手だとホーミングが利かないのか!?)


「チェインド・ナパーム!」


 思考を切り替えて放ったジズの魔法が爆発を引き起こした。十数人のNPCを爆炎が飲み込む。


「きゃあ! すごいすごい!」


 腕の中で大騒ぎするミューを落とさないように気を付けながら、ジズは背後を振り返る。衝撃に吹き飛ばされたNPCたちは屋根や路地に打ち付けられ、派手に転がっていくが、一人も欠けることなくすぐに体勢を立て直して追いかけてくる。


非破壊属性インモータルプロパティはオンのままか──」


 つまり襲撃者たちは一人一人がジズと同じ力を持った疲れ知らずの不死の軍団ということだ。熱波でNPCを吹き飛ばし、次の屋根へと飛び移る為に歩幅を調整する。このままではいずれ捕まるのは目に見えている。何か方法はないか──。


「リス!!」


 煙突の影から突然身を躍らせたNPCにリスが襲いかかる。彼女は反射的に身を翻そうとして、──動きを止めた。背中に背負ったアカリに当たってしまうことを恐れたのだろう。NPCの振り下ろした拳がリスの顔を打つ。


「リス!!!」


 リスがもんどりうってそのまま路地に落下していく。ゆっくりと、彼女が闇に向かって落下していく。

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