表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/47

第十五章……やりきれない思い



 一ヶ月の謹慎が解け、俺は憂鬱な気分を抱えたまま三係へ出勤した。今日、俺の処分が下される。

 三係へ入った途端に、周りからの冷たい視線を浴びた。当然だ。俺が巻き込んだせいで、係長は死んだのだから。

 俺は、大胡の仕組んだ罠にまんまと引っかかってしまった。

 最初から、何もかもが不自然だった。あいつがでっち上げた容疑を認めたことも、俺と親友だと言ったことも。

 全ては、あの瞬間のためだった。

「川原、よく聞けよ」

 湯原先輩の声で、俺は俯かせていた顔を上げた。

 椅子に座りながら、湯原先輩はとげのある口調で言った。

「お前が、係長を殺したようなものだ」

 俺はその言葉を聞き、胸が張り裂けそうな思いだった。もう何も言わないでくれ。頼むから……。

「なんで係長が殺されなきゃいけなかったんだよ」

 後ろから、怒気を含む声が飛んできた。塩田先輩だ。

「係長はお前のために、多大なリスクを覚悟して付き合ったんだろう。お前が死ぬべきだった」

「塩田、止めろ」

 湯原先輩の口調は、どこか疲れきっていた。言った後に、深いため息をついて俺を再び見上げた。

「誰なんだよ。係長を撃ったやつは」

「知りません」

 消え入りそうな声で、俺は答えた。

「本当に知らないのか」

 黙って頷くと、湯原先輩は失望したまなざしを向けてきた。

「じゃあ、お前が犯人だと疑っている黒総大胡とは、何者なんだ?」

「それは……」

 俺は口ごもってしまった。

 全てを打ち明ければいいのだろうか。そうすれば、大胡を全力で捕まえてくれるのだろうか。

「彼はいいやつだ。人殺しなんか出来るわけがない」

 湯原先輩は、大胡のことをいいやつだと思い込んでしまっている。俺が過去を話したところで、信じてもらえるとは思えない。

「本来なら、お前には辞職してもらうところだった」

 そうしてもらえると、ありがたかった。刑事という肩書きが、逆に俺を動きづらくさせている。一般人として、俺は大胡と向き合いたかった。 

「けど、黒総君は今回の不当捜査を訴えない代わりに、お前を辞めさせないでくれと申し出たんだ」

「どういうことですか?」

 何を考えているんだ、大胡のやつは。

「お前は、刑事を辞めたいのか?」

「多分……辞めたいです」

 本当は、辞めたくない。けど、これ以上周りを巻き込まないためにも、俺はここを去ったほうがいいと考えている。俺のせいで、犠牲者がでるのはもう耐えられないのだ。

 けどやつは、この不当捜査を訴えない条件として、俺を辞めさせないことを提示してきやがった。上のやつらは、おそらくその条件を喜んで呑むだろう。

 つまり、あいつとの決着がつくまで刑事を辞められないということだ。

 刑事を辞められたら、どんなにいいことか。少々無理なことをしても、他の皆が迷惑を被ることはない。

 そう考えていたのに。

「上層部が、お前を残すことを決定した」

 周囲の視線が、いっそう冷たく突き刺さるのを感じた。ここにいる人たちは皆、俺を辞めさせたがっている。俺が、係長を殺したようなものだからな。

 上層部の連中は、体裁を優先にした。俺はこれからずっと、その罪悪感を背負って生きていくことになるんだ。

「納得いかないですよ」

 塩田先輩が、抗議してきた。

「マスコミはどうするんですか? いくらその黒総っていう男が訴えないといっても、銃殺された事件は報道されます。身元とかも発表されれば、言い逃れは出来ないんじゃないですか?」

 もっともな意見だった。最終的にそのような結果になるのであれば、俺を辞めさせたほうがいいのではないだろうか。

「いや、その辺は抜かりない。この件について、一切報道されないことになっている」

「ちょっとそれって、どういうことですか?」

 湯原先輩の言葉に、俺は納得がいかなくて思わず反論してしまった。

「それじゃあ、係長はただの無駄死にじゃないですか。これは全て、大胡が仕組んだことなんです。係長の死をマスコミに報道させてください。そうすればきっと、大胡が全ての黒幕だということが分かりますから」

「あんまり、調子乗ったこと言っているんじゃないぞ」

 声のトーンを低くして、湯原先輩は言った。拳を震わせている。本気で怒っているのだ。

「お前の今までの失態は、係長に免じて目をつむってきた。けど、今回ばかりは我慢できない。俺だってお前を辞めさせたい。係長の死だって報道したい。このままこの事件の真相を、闇に葬り去ることはしたくない。

 だがな、上層部の判断は絶対なんだよ。市民からの信頼を失うわけにはいかないんだ。失った信頼を取り戻すには、かなりの時間を要してしまう。今回のことが報道されてみろ。誰も、警察を頼ろうとはしなくなる。

 全て、お前のせいなんだ。お前が起こした事件なんだ。それを生意気に、辞めさせてくださいとか、係長の死を報道してくださいとか、ふざけたこと言っているんじゃねえよ。今度そんなこと言ったら、ぶっ飛ばすぞ」

 一方的に、湯原先輩はまくし立てた。俺は何も言えなかった。反論の余地がない。これを聞き、俺はとんでもないことをしたのだと、改めて思い知らされた。

 どうしようもない。俺は、本当に最低な刑事だ。

「少し頭を冷やして来い。ここにいたら、居心地が悪いだろうからな」

 黙って頷いて、俺は三係を後にした。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ