第十五章……やりきれない思い
一ヶ月の謹慎が解け、俺は憂鬱な気分を抱えたまま三係へ出勤した。今日、俺の処分が下される。
三係へ入った途端に、周りからの冷たい視線を浴びた。当然だ。俺が巻き込んだせいで、係長は死んだのだから。
俺は、大胡の仕組んだ罠にまんまと引っかかってしまった。
最初から、何もかもが不自然だった。あいつがでっち上げた容疑を認めたことも、俺と親友だと言ったことも。
全ては、あの瞬間のためだった。
「川原、よく聞けよ」
湯原先輩の声で、俺は俯かせていた顔を上げた。
椅子に座りながら、湯原先輩はとげのある口調で言った。
「お前が、係長を殺したようなものだ」
俺はその言葉を聞き、胸が張り裂けそうな思いだった。もう何も言わないでくれ。頼むから……。
「なんで係長が殺されなきゃいけなかったんだよ」
後ろから、怒気を含む声が飛んできた。塩田先輩だ。
「係長はお前のために、多大なリスクを覚悟して付き合ったんだろう。お前が死ぬべきだった」
「塩田、止めろ」
湯原先輩の口調は、どこか疲れきっていた。言った後に、深いため息をついて俺を再び見上げた。
「誰なんだよ。係長を撃ったやつは」
「知りません」
消え入りそうな声で、俺は答えた。
「本当に知らないのか」
黙って頷くと、湯原先輩は失望したまなざしを向けてきた。
「じゃあ、お前が犯人だと疑っている黒総大胡とは、何者なんだ?」
「それは……」
俺は口ごもってしまった。
全てを打ち明ければいいのだろうか。そうすれば、大胡を全力で捕まえてくれるのだろうか。
「彼はいいやつだ。人殺しなんか出来るわけがない」
湯原先輩は、大胡のことをいいやつだと思い込んでしまっている。俺が過去を話したところで、信じてもらえるとは思えない。
「本来なら、お前には辞職してもらうところだった」
そうしてもらえると、ありがたかった。刑事という肩書きが、逆に俺を動きづらくさせている。一般人として、俺は大胡と向き合いたかった。
「けど、黒総君は今回の不当捜査を訴えない代わりに、お前を辞めさせないでくれと申し出たんだ」
「どういうことですか?」
何を考えているんだ、大胡のやつは。
「お前は、刑事を辞めたいのか?」
「多分……辞めたいです」
本当は、辞めたくない。けど、これ以上周りを巻き込まないためにも、俺はここを去ったほうがいいと考えている。俺のせいで、犠牲者がでるのはもう耐えられないのだ。
けどやつは、この不当捜査を訴えない条件として、俺を辞めさせないことを提示してきやがった。上のやつらは、おそらくその条件を喜んで呑むだろう。
つまり、あいつとの決着がつくまで刑事を辞められないということだ。
刑事を辞められたら、どんなにいいことか。少々無理なことをしても、他の皆が迷惑を被ることはない。
そう考えていたのに。
「上層部が、お前を残すことを決定した」
周囲の視線が、いっそう冷たく突き刺さるのを感じた。ここにいる人たちは皆、俺を辞めさせたがっている。俺が、係長を殺したようなものだからな。
上層部の連中は、体裁を優先にした。俺はこれからずっと、その罪悪感を背負って生きていくことになるんだ。
「納得いかないですよ」
塩田先輩が、抗議してきた。
「マスコミはどうするんですか? いくらその黒総っていう男が訴えないといっても、銃殺された事件は報道されます。身元とかも発表されれば、言い逃れは出来ないんじゃないですか?」
もっともな意見だった。最終的にそのような結果になるのであれば、俺を辞めさせたほうがいいのではないだろうか。
「いや、その辺は抜かりない。この件について、一切報道されないことになっている」
「ちょっとそれって、どういうことですか?」
湯原先輩の言葉に、俺は納得がいかなくて思わず反論してしまった。
「それじゃあ、係長はただの無駄死にじゃないですか。これは全て、大胡が仕組んだことなんです。係長の死をマスコミに報道させてください。そうすればきっと、大胡が全ての黒幕だということが分かりますから」
「あんまり、調子乗ったこと言っているんじゃないぞ」
声のトーンを低くして、湯原先輩は言った。拳を震わせている。本気で怒っているのだ。
「お前の今までの失態は、係長に免じて目をつむってきた。けど、今回ばかりは我慢できない。俺だってお前を辞めさせたい。係長の死だって報道したい。このままこの事件の真相を、闇に葬り去ることはしたくない。
だがな、上層部の判断は絶対なんだよ。市民からの信頼を失うわけにはいかないんだ。失った信頼を取り戻すには、かなりの時間を要してしまう。今回のことが報道されてみろ。誰も、警察を頼ろうとはしなくなる。
全て、お前のせいなんだ。お前が起こした事件なんだ。それを生意気に、辞めさせてくださいとか、係長の死を報道してくださいとか、ふざけたこと言っているんじゃねえよ。今度そんなこと言ったら、ぶっ飛ばすぞ」
一方的に、湯原先輩はまくし立てた。俺は何も言えなかった。反論の余地がない。これを聞き、俺はとんでもないことをしたのだと、改めて思い知らされた。
どうしようもない。俺は、本当に最低な刑事だ。
「少し頭を冷やして来い。ここにいたら、居心地が悪いだろうからな」
黙って頷いて、俺は三係を後にした。