第57話 帰還者たち
前書き
戦いには、
終わりがあります。
ですが。
戦いが終わった後にしか、
分からないこともあります。
失ったもの。
残ったもの。
そして、
これから進む道。
母胎中枢は停止しました。
しかし、
物語はここから、
新しい旅へ動き始めます。
⸻
静寂だった。
先ほどまで轟いていた機械音は消え、地下施設全体を包んでいた低い振動も止まっている。
青白く輝いていた無数の導管は一本、また一本と光を失い、広大な空間はゆっくりと暗闇へ沈み始めていた。
ノアは中央装置の前に立ったまま動かない。
胸部装甲のひび割れから、かすかに白い蒸気が漏れている。
【外殻損傷:32%】
【駆動系:軽度損傷】
【自己修復:開始】
ピップが恐る恐る近づく。
「……本当に大丈夫なんだよな?」
「問題ない」
「いや、見た目は全然問題あるんだけど!」
ヨランダが笑う。
「いつものやり取りが戻ってきたな。」
ガレスも肩の力を抜いた。
「さっきまで死ぬかと思ってたのにな。」
「俺は今も思ってる。」
「それはお前だけだ。」
全員が少しだけ笑った。
その笑いは、小さかった。
けれど、確かに生きている者の笑いだった。
⸻
その時だった。
ゴゴゴゴ……
床が震える。
ベラスの顔色が変わる。
「まずい!」
「どうした?」
ヨランダが振り向く。
「母胎は停止しました!」
ベラスは叫んだ。
「でも、この施設は母胎が管理していたんです!」
「つまり?」
「止まったことで維持機能まで止まります!」
ピップが青ざめた。
「え?」
天井から砂が落ちる。
遠くで何か巨大な柱が崩れる音。
ミナが呟く。
「崩れる……。」
ノアが周囲を見渡す。
【構造解析】
【崩落開始】
【安全限界:約十一分】
「脱出する。」
「そう来たかぁぁぁ!!」
ピップが叫んだ。
⸻
一行は走り始めた。
来た道を戻る。
しかし。
一本道だった通路は様変わりしていた。
壁が崩れ、
床には巨大な亀裂。
青い配管から蒸気が噴き出す。
ガレスが盾を前へ出す。
「俺が先頭だ!」
「了解。」
ノアは最後尾へ回った。
ヨランダが眉を上げる。
「後ろでいいのか?」
「全員を確認できる。」
その言葉だけで十分だった。
ノアは最後尾から仲間全員を見ている。
誰も置いていかない。
もう二度と。
⸻
ドォン!!
突然、通路の一部が崩れた。
巨大な瓦礫が落下する。
「危ねぇ!」
ガレスが盾で受ける。
しかし重い。
膝が沈む。
「ぐっ……!」
ノアが横へ入る。
両手で瓦礫を受け止める。
ミシミシと音を立てながらも、落下は止まった。
ピップが口を開ける。
「毎回思うけど、その腕どうなってんの!?」
「旧式。」
「意味が分からない!」
ヨランダが笑いながら叫ぶ。
「文句言ってないで通れ!」
「はいはい!」
全員が瓦礫の下を走り抜ける。
最後にノアが瓦礫を横へ押し飛ばした。
轟音が地下へ響く。
⸻
さらに先。
母胎中枢へ向かう途中で倒した機構体たちが転がっている。
黒い装甲。
赤い単眼。
今は完全に沈黙していた。
ノアは一瞬だけ立ち止まる。
E-07。
F-01。
廃棄予定。
命令。
名前。
少女。
すべてが頭をよぎる。
そして、小さく言った。
「……終わった。」
ピップが横に並ぶ。
「終わったんだよ。」
「……そうか。」
「そう。」
ノアは静かに頷いた。
⸻
途中。
研究区画を通る。
ガラス容器の中では、まだ眠り続ける未完成の機構体たち。
ノアは見つめる。
もし。
自分があのまま眠っていたら。
もし。
誰にも名前を呼ばれなかったら。
自分もああなっていたのだろうか。
リリ。
エルナ。
ガルド。
トマ。
ピップ。
ヨランダ。
ガレス。
ミナ。
みんなの顔が浮かぶ。
ノアは静かに呟いた。
「ありがとう。」
誰へ向けた言葉だったのか。
本人にも分からなかった。
⸻
その時だった。
ベラスが足を止める。
「あれ……?」
壁際に、小さな箱が落ちていた。
金属製。
手のひらほど。
中央には、母胎中枢と同じ紋章。
ノアの内部が反応する。
【旧文明記録媒体】
【保存率:92%】
「記録装置。」
ベラスが息を呑む。
「まだ残ってた……!」
ヨランダが言う。
「持ってけるか?」
「持っていきたい!」
ノアは箱を拾う。
軽い。
しかし。
その中には。
この文明の歴史。
兵器。
母胎。
少女。
すべての真実が眠っているかもしれない。
【重要物資】
【回収】
「行こう!」
ガレスが叫ぶ。
「崩れるぞ!」
⸻
一行は最後の階段へ飛び込む。
その瞬間。
地下深くから轟音が響いた。
ゴォォォォォォン!!
母胎中枢区画。
巨大な塔そのものが崩れ始める。
青い光が消え。
無数の導管が砕け。
数千年動き続けた施設は、
静かにその役目を終えようとしていた。
ノアは一度だけ振り返る。
少女の笑顔が脳裏をよぎる。
『生きて。』
ノアは小さく頷いた。
「了解。」
⸻
やがて。
眩しい光が見えた。
出口。
全員が最後の力で駆ける。
そして――
地上へ飛び出した。
ドォォォォォン!!
直後。
地下施設全体が崩落した。
山が揺れる。
土煙が空へ舞い上がる。
誰も言葉を失っていた。
ピップがその場へ座り込む。
「……生きてる。」
ガレスも地面へ座る。
「俺も。」
ヨランダは空を見上げた。
「終わったな。」
ミナが静かに微笑む。
「ええ。」
ノアは山を見る。
あの地下にはもう戻れない。
母胎は止まった。
F-01も眠った。
少女の願いだけが、自分の中へ残った。
【自己名称:ノア】
【自己廃棄命令:解除】
【任務:更新】
ノアは空を見上げる。
風が吹く。
どこか懐かしい風だった。
ピップが立ち上がる。
「帰ろう。」
ノアは頷く。
「帰る。」
「ただいまを言わないとな。」
「約束。」
全員が笑った。
夕日に照らされながら、
ノアたちはゆっくりと山を下り始めた。
その背中は、地下へ向かった時よりも少しだけ軽く見えた。
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後書き
今回は、
* 母胎中枢からの脱出
* 地下施設の崩壊
* ノアが過去に一区切りをつけたこと
* 旧文明の記録媒体の回収
* 「帰る」という新たな目的
を描きました。
次回からは地下施設編エピローグとなります。
村へ戻ったノアたちは、リリやエルナたちとの再会を果たします。
そして回収した記録媒体の解析により、ゼルヴァニア=クロノス文明の歴史と、**ノアが「なぜ廃棄予定になったのか」**という真実が、少しずつ明らかになっていきます。




