↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
REMNANT ― 廃棄予定の旧式兵器は、異世界で家族を得て心を覚える ―  作者: 和泉發仙


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
54/88

第54話 第零管理区画



前書き


閉じられた扉には、

理由があります。


守るため。


隠すため。


忘れるため。


そして。


二度と目覚めさせないため。


今回は、

第零管理区画へ入ります。



 巨大な扉は、音もなくそこにあった。


 地下施設の最奥。


 赤い光を帯びた古代文字。


 黒い金属のような表面。


 触れてもいないのに、肌の奥まで冷えるような圧力。


 その扉の上に刻まれていた言葉を、ノアの内部は自動で読み取っていた。


『第零管理区画』


 零。


 最初。


 始まり。


 あるいは。


 存在しなかったことにされた場所。


 ノアは、その文字から目を離せなかった。


 知らない。


 知らないはずだった。


 だが、胸の奥――正確には、胸部装甲の内側。


 そこにあるはずのない痛みが、微かに生まれていた。


「……ノア」


 ピップが小さく呼んだ。


「顔、怖いぞ」


「顔面装甲に異常はない」


「そういう意味じゃないって、何回言えば覚えるんだよ!」


「記録する」


「今さら!?」


 ピップの声は軽かった。


 けれど、笑ってはいなかった。


 不安を隠すための声だった。


 ノアには、それがわかった。


 最近、少しずつわかるようになってきた。


 人間は、怖い時ほど余計なことを言う。


 ピップは特にそうだ。


 そして自分は。


 それを聞くと、なぜか少し安心する。



 ヨランダが扉の前へ進み出た。


 細剣の切っ先を下げず、周囲を警戒している。


「ベラス。あんた、この場所に心当たりは?」


 壁際に立っていたベラスは、びくりと肩を震わせた。


 彼はここまで来る間に、何度も足を止めていた。


 目は落ち着かず、唇は乾き、顔色は悪い。


 無理もない。


 彼はこの施設に囚われていた。


 そして、この施設が何をしてきたのかを、断片的に知っている。


「……詳しくは、知らない」


 ベラスはかすれた声で答えた。


「でも、教団の上の連中が言っていた。第零管理区画には、触れるなって」


「触れるな?」


 ガレスが盾を構えたまま眉を寄せる。


「宝物庫じゃねぇのか」


「違うと思う。あそこは……保管庫だって」


 ミナが小さく尋ねる。


「何の?」


 ベラスは答えるまでに時間を要した。


 喉が上下する。


 そして、ようやく言った。


「失敗作」


 その言葉に、空気が硬くなった。


 ピップが小さく息を呑む。


「失敗作って……」


 ベラスはノアを見た。


 すぐに目を逸らした。


「いや、違う。すまない。君のことを言ったんじゃない。ただ、教団はそう呼んでいた。古い機械人形。壊れた守護者。命令を聞かなくなった兵器。それらを、ここに封じてあると」


「なるほど」


 ヨランダが低く呟く。


「最低な名前の付け方だな」


 ノアは扉を見たまま言った。


「旧式。廃棄予定。失敗作」


 ピップが慌てて振り向く。


「ノア?」


「同じ意味に近い」


「近くない!」


 ピップは強く言った。


「全然違う。お前は失敗作じゃない」


「根拠は?」


「俺がそう思うから」


「論理性が低い」


「うるさいな! 相棒の意見は強いんだよ!」


 ノアはピップを見た。


 相棒。


 その言葉は、いつも不思議な作用を生む。


 胸の奥の痛みが、ほんの少しだけ弱まった。


「了解」


「納得したのか?」


「相棒の意見は強いと記録した」


「そこだけ!?」


 ミナが少し笑った。


 ヨランダも口元だけを緩める。


 だが、緊張は解けない。


 扉の奥から、低い音が響いていた。


 ゴォォォン。


 まるで、巨大な鐘。


 あるいは、眠っている心臓。



 ノアは扉に近づいた。


 その瞬間。


 赤い光が走った。


 扉に刻まれた文字が、一つずつ点灯していく。


 ヨランダが身構える。


「おい、触ってないぞ」


「反応している」


「誰に?」


 ノアは沈黙した。


 答えは、わかっていた。


 自分に。


 扉は、ノアを見ている。


 いや。


 確認している。


『個体照合中』


 頭の中に声が響いた。


 外から聞こえたものではない。


 内部通信。


 ノアの中に直接差し込まれた声。


『E系列反応確認』


『個体番号照合』


『E-07』


『旧式護衛機構体』


『入区権限――制限付き承認』


 ノアの視界に、いくつもの警告が走る。


 開示制限。


 記録封鎖。


 接続危険。


 離脱推奨。


 だが、足は動かなかった。


 ピップが叫ぶ。


「ノア!?」


「認証された」


「それ絶対いい意味じゃないよね!?」


「不明」


「いい意味だったことある!?」


「記録にない」


「だろうな!」


 扉が動き出した。


 重い。


 だが音は静かだった。


 左右に開いていく黒い扉。


 その隙間から、白い光が漏れた。


 外の地下通路とは、まるで違う光。


 冷たく、清潔で。


 人の気配がない光。



 扉の向こうは、白かった。


 壁も、床も、天井も。


 古代遺跡というより、巨大な治療室のようだった。


 埃がない。


 ひびもない。


 何百年も閉ざされていたはずなのに、空気は澄んでいた。


 それがかえって不気味だった。


「……なんだここ」


 ガレスが低く言った。


「生きてるみてぇだな」


「生きている」


 ノアが答える。


 全員がノアを見る。


「施設機能が維持されている。空気循環。照明。防衛機構。おそらく記録装置も稼働中」


 ピップが顔をしかめた。


「つまり?」


「廃墟ではない」


「嫌な言い方!」


 ヨランダは細剣を構えたまま進む。


「全員、離れるな。何が出てもおかしくねぇ」


 ミナが弓を手に、慎重に周囲を見る。


「ここ、音が吸われる……」


 彼女の言う通りだった。


 足音が響かない。


 声も広がらない。


 白い壁が、すべてを飲み込んでいる。


 ノアは通路を進みながら、壁の文字を読む。


『E系列保守区域』


『旧式個体格納』


『命令凍結処理』


『不要記録封鎖』


 不要記録。


 その文字を見た瞬間、ノアの内部で微かなノイズが起きた。


 ピップがすぐに気づく。


「ノア、また変な顔」


「顔面装甲に――」


「異常ないのは知ってる!」


 ピップはノアの腕を掴んだ。


「無理なら止まれ」


「無理ではない」


「じゃあ、嫌なら止まれ」


 ノアは少し考えた。


 嫌。


 その判定は難しい。


 危険とは違う。


 不快とも違う。


 だが、確かに進むたびに胸部内部が重くなる。


「嫌、かもしれない」


 ピップは一瞬、驚いた顔をした。


 それから、小さく頷いた。


「じゃあ、俺も一緒に嫌がる」


「意味不明」


「相棒だからな」


「相棒は嫌を共有するのか」


「する時もある」


 ノアは記録した。


 相棒。


 嫌を共有する場合がある。



 通路の先に、大きな部屋があった。


 扉はなく、硝子のような透明な壁で仕切られている。


 中には、人ひとりが入れそうな筒状の装置が、等間隔に並んでいた。


 液体は入っていない。


 空だった。


 だが、装置の一つ一つには番号が記されている。


 E-01。


 E-02。


 E-03。


 E-04。


 E-05。


 E-06。


 そして。


 E-07。


 ノアは、その前で止まった。


 ピップも止まる。


「……これ」


 誰も続きを言わなかった。


 言えなかった。


 ノアは透明な壁の向こうを見る。


 E-07と記された装置。


 空の保守槽。


 だが、そこに自分がいたのだと、内部のどこかが理解していた。


 記憶ではない。


 記録でもない。


 もっと曖昧なもの。


 見覚え。


「ここに、自分がいた可能性が高い」


 ノアは言った。


 声は平坦だった。


 だが、ピップにはわかった。


 平坦すぎる。


 ノアが平坦にしようとしている。


 ヨランダが静かに近づく。


「入れるか?」


「可能」


 ノアが手をかざすと、透明な壁の一部が音もなく開いた。


 冷たい空気が流れ出す。


 ミナが小さく身震いした。


「寒い……」


 中に入ると、さらに静かだった。


 装置はどれも停止している。


 だが、完全に死んでいるわけではない。


 微弱な光が下部に残っている。


 眠っているようだった。


 ノアはE-07の前に立つ。


 装置の表面に、文字が浮かんだ。


『個体番号:E-07』


『用途:護衛』


『状態:廃棄予定』


『備考:感情模倣領域に異常』


 ピップが歯を食いしばる。


「またそれかよ……」


 ノアは文字を読み続けた。


『命令遵守率:不安定』


『保護対象への過剰反応』


『非命令行動の記録あり』


『凍結処理対象』


 ヨランダが眉を寄せた。


「保護対象への過剰反応?」


 ミナが言う。


「それって……守りすぎたってこと?」


 ガレスが低く笑った。


 笑いではない。


 怒りに近い声だった。


「守るために作っといて、守りすぎたら異常扱いか。勝手なもんだ」


 ノアは文字を見つめていた。


 感情模倣領域に異常。


 命令遵守率不安定。


 非命令行動。


 凍結処理。


 そのどれもが、ノアの内部で引っかかる。


 まるで、鍵穴に合わない鍵を無理に差し込まれているようだった。



 その時。


 E-07の装置が淡く光った。


『記録断片、再生可能』


 ノアが反応する前に、ピップが叫ぶ。


「待て! 勝手に再生するな!」


 だが、光は止まらない。


 白い部屋に、映像が浮かび上がった。


 揺れる記録。


 不鮮明な音声。


 白衣を着た数人の人間。


 そして、装置の中に立つ一体の機構体。


 ノアだった。


 今より少しだけ装甲がきれいで、目の光が弱い。


 まだ旅を知らないノア。


 まだピップを知らないノア。


 まだ、自分をノアと呼ぶ者に出会っていないノア。


『E-07、起動確認』


『反応正常』


『護衛命令を入力する』


 白衣の男が何かを操作する。


 映像の中のノアが、ゆっくり目を開けた。


『命令を確認』


 その声は、今のノアよりさらに機械的だった。


『対象を守れ』


『対象死亡時、任務失敗』


『対象離脱時、追跡』


『対象敵対時、制圧』


 ピップが顔をしかめる。


「ひどい命令だな……」


 映像が乱れる。


 次の場面。


 白い部屋ではない。


 暗い通路。


 警報。


 赤い光。


 誰かが叫んでいる。


『F系列が暴走した!』


『E系列を出せ!』


『旧式だぞ!?』


『構わん! まだ使える!』


 映像の中で、ノアが走る。


 その腕には、小さな人影が抱えられていた。


 子供。


 少女。


 顔はノイズで見えない。


 だが、彼女はノアの首にしがみついている。


『ノア』


 音声が途切れる。


『こわい』


 映像の中のノアが答える。


『問題ない』


 ピップが小さく呟いた。


「今と同じ……」


 映像のノアは、迫る機械の影から少女を庇った。


 背中に衝撃。


 装甲が砕ける。


 それでもノアは止まらない。


 命令だからか。


 それとも。


 別の理由か。


 映像はそこで途切れた。



 白い部屋に静寂が戻った。


 ノアは動かなかった。


 ピップがそっと声をかける。


「ノア」


「……記録にない」


 ノアは呟いた。


「今の映像は、自分の内部記録にはない」


「でも、あったんだろ」


「不明」


「不明じゃない」


 ピップは珍しく、強い声で言った。


「お前、守ってた」


 ノアはピップを見る。


「命令だった可能性が高い」


「それだけじゃないかもしれないだろ」


「根拠は?」


「その子がお前の名前を呼んでた」


 ノアは沈黙した。


 ノア。


 映像の少女は確かにそう呼んだ。


 型番ではない。


 E-07ではない。


 ノア。


 それは誰が付けた名なのか。


 なぜ自分は、その名を持っていたのか。


 わからない。


 だが、その声だけは胸の奥に残っていた。



 ヨランダが部屋の奥を見る。


「まだ記録がありそうだな」


「見るのか?」


 ガレスが尋ねる。


 ヨランダはノアを見た。


「決めるのはノアだ」


 ノアは少し驚いた。


「自分が?」


「あんたの過去だろ」


「任務上、有用な情報であれば取得すべき」


「違う」


 ヨランダは即答した。


「知りたいかどうかだ」


 知りたいか。


 ノアは考えた。


 情報取得の必要性。


 危険性。


 行動選択。


 全てを計算する。


 だが、それだけでは答えが出なかった。


 知りたい。


 それは、効率ではない。


 危険回避でもない。


 自分がどうしたいか。


 ノアは、ゆっくりと言った。


「知りたい」


 ピップが頷く。


「じゃあ見る」


「危険がある」


「あるだろうな」


「敵が出る可能性」


「出るだろうな」


「死亡率――」


「その数字は言わなくていい!」


 ピップは無理に笑った。


「でも、見る。相棒だからな」


 ノアは少しだけ首を傾ける。


「相棒は過去も共有する?」


「共有する時もある」


「範囲が広い」


「相棒だからな」


「便利な言葉」


「そうだよ」


 ピップは胸を張った。


「便利で強い言葉なんだよ」



 一行は保守区域を抜け、さらに奥へ進んだ。


 白い通路は途中から少しずつ色を変えた。


 壁に赤い線が走り、床には古い傷が増える。


 それまで完璧に整っていた施設に、初めて破損が見え始めた。


 爪痕。


 焼け跡。


 破壊された扉。


 何かがここで暴れた。


 何かがここを壊した。


 ベラスが震える。


「ここから先は……教団の人間も入らなかった。いや、入れなかった」


 ヨランダが尋ねる。


「なぜ」


「戻ってこなかったから」


 ピップが天井を見上げる。


「はい出ました。絶対進んだらダメなやつ」


 ガレスが笑う。


「お前、毎回それ言ってるな」


「毎回本当に進んだらダメな場所だからだよ!」


 ミナが足元を見た。


「待って」


 全員が止まる。


 床に何かが落ちていた。


 古い金属片。


 ノアが拾い上げる。


 それは、装甲の一部だった。


 黒い。


 ノアと同じ材質に近い。


 だが、形状が少し違う。


「E系列の装甲片」


 ノアが言う。


 ヨランダが周囲を見る。


「他の旧式個体か」


 その時だった。


 通路の奥から、音がした。


 カツン。


 金属の音。


 全員が構える。


 カツン。


 カツン。


 足音。


 ゆっくり近づいてくる。


 ピップが小声で言う。


「また同型?」


 ノアは首を振る。


「不明」


 白い通路の奥。


 赤い非常灯の下に、影が現れた。


 人型。


 だが、先ほど倒した黒い機構体とは違う。


 装甲は白い。


 片腕が欠けている。


 顔の半分が壊れ、内部機構が露出している。


 片目だけが、青く光っていた。


 それは、ノアを見た。


 そして、かすれた声で言った。


「……E……07……」


 ノアの内部に警告が走る。


 敵意反応。


 損傷個体。


 識別不能。


 白い旧式個体は、よろめくように一歩踏み出した。


「帰還……確認……」


 ピップが息を呑む。


「喋った……」


 ヨランダが剣を構える。


「敵か?」


 ノアは白い個体を見つめた。


 相手の青い目が、ゆっくり点滅する。


「命令……未完了……」


「どの命令」


 ノアが尋ねる。


 白い個体は、壊れた首を傾けた。


 そして。


 信じられない言葉を口にした。


「E-07を……守れ……」


 全員が固まった。


 ピップがノアを見る。


 ノアも、動けなかった。


 白い個体は、その場で膝をつく。


 限界だった。


 装甲は砕け、内部から火花が散っている。


 だが、それでも片腕を持ち上げ、通路のさらに奥を指した。


「行くな……」


 声はかすれていた。


「母胎は……まだ……起きている……」


 その瞬間。


 施設全体が揺れた。


 ゴォォォン。


 鐘の音。


 今までより深く、重い。


 白い個体の青い目が激しく点滅する。


「命令……更新……」


「全旧式個体……停止……」


「E-07……」


「自己廃棄……対象……」


 ノアの内部に、激しいノイズが走った。


 視界が赤く染まる。


 警告。


 警告。


 警告。


 強制命令。


 外部命令侵入。


 拒否。


 拒否。


 拒否不能。


「ノア!」


 ピップの声が遠くなる。


 ノアは膝をついた。


 胸の奥が焼けるようだった。


 命令が流れ込んでくる。


 停止せよ。


 廃棄せよ。


 役目を終えろ。


 旧式は不要。


 不要。


 不要。


 不要。


 その言葉の中で。


 別の声が聞こえた。


『ノア』


 少女の声。


『生きて』


 ノアは、床に手をついた。


 指が白い床を掴む。


 ピップが駆け寄り、ノアの肩を掴んだ。


「ノア! 聞こえるか!」


 ノアはゆっくり顔を上げた。


 視界はまだ赤い。


 命令は消えていない。


 だが。


 ピップがいる。


 ヨランダがいる。


 ガレスがいる。


 ミナがいる。


 自分をE-07ではなく、ノアと呼ぶ者たちがいる。


「……聞こえる」


 ノアは言った。


 ピップが息を吐く。


「よし。じゃあ言え」


「何を」


「拒否するって」


 ノアは、奥の闇を見た。


 鐘の音が響いている。


 母胎。


 未だ起きているもの。


 自分を呼ぶもの。


 自分に死を命じるもの。


 ノアは静かに言った。


「拒否する」


 赤い視界が、少しだけ晴れた。



 白い旧式個体は、床に崩れ落ちていた。


 青い目が消えかけている。


 ノアはその前に膝をついた。


「あなたは誰」


 白い個体は、わずかに目を動かした。


「E……06……」


 E-06。


 ノアの一つ前の個体。


 白い個体は壊れた声で続けた。


「命令……E-07を……守れ……」


「誰の命令」


 白い個体は答えようとした。


 だが、音声が乱れる。


 何度もノイズが走る。


 そして最後に、かすかに言った。


「……あの子……」


 ノアの内部が反応した。


 あの子。


 映像の少女。


 ノアを呼んだ少女。


 生きてと言った少女。


 E-06の青い目が消えかける。


「逃げろ……」


「ここは……墓ではない……」


「罠だ……」


 それが最後だった。


 白い旧式個体、E-06は完全に停止した。


 通路に沈黙が落ちる。


 ノアはしばらく動かなかった。


 ピップも何も言わなかった。


 ヨランダが静かに剣を下ろす。


「……ノア」


「記録した」


 ノアは立ち上がる。


「E-06。自分を守る命令を受けていた」


 ピップが小さく言う。


「お前、ひとりじゃなかったんだな」


 ノアは答えなかった。


 ひとりではなかった。


 その言葉は、まだ処理しきれない。


 だが、胸の奥には残った。



 通路の奥に、新たな扉が見えた。


 黒ではない。


 白でもない。


 深い青の扉。


 中央には、円形の紋章。


 その下に文字が浮かび上がる。


『母胎中枢区画』


 ピップが青ざめる。


「……今回、そこまで行く?」


 ヨランダはノアを見た。


「決めるのは、あんただ」


 ノアは扉を見た。


 その向こうから、まだ声が聞こえている。


 停止せよ。


 廃棄せよ。


 帰還せよ。


 だが、もう一つの声もある。


 生きて。


 ノアは静かに言った。


「進む」


 ピップが肩を落とす。


「だよなぁ……」


「嫌なら戻っていい」


「戻るわけないだろ」


「相棒だから?」


「相棒だから」


 ノアは頷いた。


「了解」


 そして一行は、母胎中枢区画の扉の前に立った。


 扉は、まだ開かない。


 だが、その向こうで。


 何かが目覚めた音がした。



後書き


今回は、


・第零管理区画への侵入

・E系列保守区域

・ノアの過去の記録断片

・E-06との遭遇

・「E-07を守れ」という命令

・母胎中枢区画の発見


を描きました。


ノアは廃棄予定の旧式兵器でした。


けれど、

誰かはノアに「生きて」と願い、

誰かはノアを守ろうとしていました。


次回は、

母胎中枢区画へ。


ノアに命じられた「自己廃棄命令」と、

その奥に眠る存在へ踏み込みます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。