表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
REMNANT ― 廃棄予定の旧式兵器は、異世界で家族を得て心を覚える ―  作者: 和泉發仙


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
37/52

第37話 別れ

前書き


旅に出る前の最後の一日。

この回では、「帰る場所」をノアの中に刻みます。


強くなる前に。

戦う前に。


“待っている人”を知る回です。






 朝の村は、少しだけ騒がしかった。


 だが、それは祭りの騒がしさではない。


 誰かが旅に出る朝の音だった。


 荷をまとめる音。


 保存食を包む音。


 道具を確かめる音。


 そして。


 何かを言おうとして、やめる音。


 ノアは井戸の前に立っていた。


 水面を見る。


 映っているのは、自分。


 黒い髪。


 淡い灰色の目。


 まだ人に近いとは言えない顔。


 けれど以前より、“誰か”に見える。


 そんな気がした。


「難しい顔してる」


 後ろから声。


 ピップだった。


 干し肉の袋を抱えている。


「エルナさんが持ってけって」


「……多い」


「三回言ったよ、それ」


 ピップは笑った。


「村の人、みんな渡してくるんだよ。干し肉とか、薬草とか、意味わかんない石とか」


「石」


「お守りらしい」


 ノアは少し考えた。


「役に立つ?」


「気持ちの問題」


「気持ち」


「うん。たぶん、無事でいてほしいって意味」


 ノアは袋を見る。


 小さな布袋。


 中には丸い白石。


 価値は分からない。


 でも。


 リリが拾ってきそうな石だった。


「持っていく」


「うん」


 ピップは少し安心した顔をした。


 ノアは最近、少しずつ理解している。


 人は、“役に立つ”だけで物を渡すわけじゃない。


 意味。


 願い。


 そういうものも、一緒に入っている。



 ガルドの家の前では、朝から木を叩く音がしていた。


 ガン。


 ガン。


 一定の音。


 ノアが近づくと、ガルドは斧を止めた。


「来たか」


「……うん」


 地面には削られた木材。


 棒状に整えられている。


「槍?」


「歩き杖だ」


 ガルドは一本を投げた。


 ノアは受け取る。


 少し重い。


 だが、手に馴染む。


「森の外は、歩くだけで疲れる」


「疲れる」


「お前はまだ分かってないがな」


 ガルドは鼻を鳴らした。


「足場が悪い場所もある。崖もある。川もある。杖は武器だけじゃない」


 ノアは杖を見る。


 削り跡が残っていた。


 急いで作ったのだろう。


「……作った?」


「見りゃ分かるだろ」


「ありがとう」


 ガルドの手が止まった。


「……最近、ちゃんと言うようになったな」


「言われた」


「誰に」


「リリ」


 ガルドは苦笑した。


「だろうな」


 再び木を削る音。


 しばらく沈黙。


 だが、嫌な沈黙ではなかった。


「ガルド」


「なんだ」


「外は、怖い?」


 ガルドは少し考えた。


「怖いな」


「ガルドでも?」


「だから生きてる」


 ノアは聞いていた。


「怖くないと思って突っ込む奴から死ぬ。森でも、人でも、同じだ」


 ガルドは斧を置いた。


「お前は強い。だが、それで全部どうにかなるほど外は甘くない」


「……うん」


「人間もいる」


 その言葉で、ノアは顔を上げた。


「人間」


「ああ。魔物より面倒なのもいる」


「壊れてる?」


「壊れてなくても厄介だ」


 ガルドは腕を組む。


「嘘をつく。奪う。騙す。弱いくせに、弱いふりもしない」


「……分からない」


「そのうち分かる」


 ガルドはノアを見る。


「だがな」


「?」


「全部がそうじゃない」


 短い言葉。


 でも、重かった。


「外にも、ちゃんと生きてる奴はいる」


 ノアは頷いた。


「覚える」


「おう」



 昼前。


 リリはずっとノアの後ろをついて回っていた。


「ノア」


「なに」


「ノア」


「……なに」


「呼んだだけ」


 ピップが吹き出した。


 リリは頬を膨らませる。


「だって明日いなくなるし!」


「まだいる」


「でも明日いない!」


 その通りだった。


 ノアは黙る。


 リリは急に静かになった。


「ノア」


「うん」


「外って、広い?」


 ノアは森を見る。


「……たぶん」


「リリ、行ったことない」


「僕も」


「じゃあ同じだ」


 リリは少し笑った。


 その笑顔を見て、ノアの中で何かが少しだけ軽くなる。


「これ」


 リリが小さな袋を差し出した。


 布を縫ったもの。


 歪んでいる。


 たぶん自分で作った。


「……なに」


「お守り」


「また」


「また」


 リリは真剣な顔だった。


「今度のは特別だから」


 ノアは袋を開ける。


 中には、小さな鈴。


 欠けていた。


「壊れてる」


「違う!」


 リリが慌てた。


「それね、前に割れたやつなの。でも、お母さんが“欠けても音は鳴る”って」


 リリはノアを見た。


「ノアみたい」


 ノアは理解できず、少し首を傾げた。


「……壊れてる?」


「違うってば!」


 リリは笑いながら泣きそうになっていた。


「ちょっと変でも、大丈夫ってこと!」


 ノアは鈴を握る。


 小さく鳴った。


 リン。


 静かな音。


 でも、不思議と残る音だった。



 夕方。


 エルナは台所に立っていた。


 鍋から湯気が上がる。


 いつもの匂い。


 村の匂い。


「ノア、お皿」


「うん」


 木皿を並べる。


 以前なら、ただ置くだけだった。


 今は少し考える。


 リリの位置。


 エルナの取りやすさ。


 鍋との距離。


 そういうことを考えるようになっていた。


「……成長したわね」


 エルナがぽつりと言った。


 ノアは顔を上げる。


「大きくなった?」


「そっちじゃない」


 エルナは笑った。


 でも、その笑顔は少し寂しそうだった。


「最初の頃は、何も見えてなかった」


「……」


「でも今は、人の顔を見るようになった」


 ノアは考える。


 たしかに、見る。


 怒ってる。


 悲しい。


 怖い。


 嬉しい。


 前より分かる。


「ノア」


「うん」


「あなた、自分のことを何だと思ってる?」


 突然の質問だった。


 ノアは止まる。


「……旧式」


 エルナは首を振った。


「違う」


「兵器」


「違う」


「じゃあ……」


 言葉が止まる。


 エルナは鍋の火を弱めた。


 それから、ノアの前まで来る。


「あなたは、うちの子よ」


 ノアは動かなかった。


 だが。


 内部のどこかが、大きく揺れた。


「子」


「そう」


「でも、僕は」


「関係ない」


 エルナは即答した。


「血が繋がってなくても、人じゃなくても、そんなの関係ない」


 ノアは理解しようとした。


 でも。


 理解より先に。


 胸の奥が熱かった。


「だから」


 エルナはノアの頬に触れる。


「帰ってきなさい」


 ノアは頷く。


 言葉が少し遅れた。


「……うん」



 夜。


 小さな食卓。


 リリ。


 エルナ。


 ノア。


 そしてガルドとピップもいた。


 いつもより料理が多い。


 たぶん、エルナが頑張った。


 リリはずっと喋っている。


「でね!帰ってきたら絶対お話して!」


「うん」


「山のこととか!」


「うん」


「谷のこととか!」


「うん」


「あと熊!!」


「熊」


 ピップが吹き出した。


「なんで熊なんだよ」


「旅って熊いるんでしょ!?」


「いるかもしれないけど!」


 ガルドが酒を飲みながら言った。


「熊より人間の方が怖い時もある」


「またそれ」


 エルナが呆れる。


 ガルドは肩をすくめた。


「事実だ」


 ノアは食卓を見る。


 笑っている。


 怒っている。


 呆れている。


 音がある。


 温かい。


 これが、帰る場所。


 そう理解し始めていた。



 食事の後。


 リリは眠ってしまった。


 ノアの腕を掴んだまま。


 エルナが苦笑する。


「離さないわね」


「……うん」


 ガルドが外を見る。


「明日は早い。少し寝ろ」


 ノアは頷いた。


 だが、すぐには動かなかった。


 リリの小さな手。


 温かい。


「ノア」


 ガルドが低く言う。


「帰ってこい」


「……うん」


「絶対とは言わん」


 その言葉に、エルナが少し顔を曇らせる。


 でもガルドは続けた。


「だが、生き残る努力はしろ」


「努力」


「全部守ろうとするな。無理な時は逃げろ。ピップを連れてでもな」


 ピップが顔を上げる。


「ガルドさん」


「お前もだ」


 ガルドは二人を見る。


「死んだら終わりだ」


 ノアは頷いた。


「……覚える」


 ガルドは短く息を吐いた。


「よし」



 その夜。


 ノアは眠れなかった。


 外へ出る。


 星が見えていた。


 村は静か。


 でも完全な静けさではない。


 誰かの暮らしの音が残っている。


 ノアは鈴を取り出す。


 リリから貰ったもの。


 軽く振る。


 リン。


 小さい音。


 壊れていても鳴る。


 ノアは空を見る。


 旅が始まる。


 山を越える。


 谷を越える。


 知らない場所へ行く。


 怖い。


 重い。


 でも。


 戻る場所がある。


 それだけで、少し違った。



 翌朝。


 まだ薄暗い時間。


 門の前に荷物が並ぶ。


 ピップは緊張で顔が硬い。


 ノアは杖を持っている。


 ガルドが最後の確認をする。


「水袋」


「ある」


「火打石」


「ある」


「縄」


「ある」


「頭」


 ノアは止まる。


「……ある?」


 ピップが笑い転げた。


 ガルドも少し吹き出す。


「まあいい。行ってこい」


 エルナがノアの服を直す。


「怪我したらちゃんと言うのよ」


「うん」


「隠さない」


「うん」


 リリは眠そうな目を擦りながら立っていた。


「……いってらっしゃい」


 ノアは頷く。


「行ってくる」


 リリは少し考えて。


 それから、小さく言った。


「おかえり、待ってる」


 ノアは、その言葉を胸の奥に入れた。


 そして。


 門の外へ、一歩踏み出した。




後書き


第37話は、「旅立ち前夜」の回でした。


ノアはまだ完全に人ではありません。

けれど、


* 帰る場所

* 待つ人

* 別れの寂しさ


を知り始めています。


次回、第38話「出発」から、

いよいよ“山を越え谷を越える旅”が始まります

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ