↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
REMNANT ― 廃棄予定の旧式兵器は、異世界で家族を得て心を覚える ―  作者: 和泉發仙


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
29/88

第二十九話 外の道



【前書き】


救助されたハーフリング、ピップ。


彼の口から語られるのは、

村の外にある道。


商人たちの旅。


そして、ゴブリン襲撃の夜。


ノアはこの回で、

「外の世界」と「失った者の声」に触れます。



 ピップが目を覚ましたのは、昼を少し過ぎた頃だった。


 村の治療部屋。


 正確には、エルナの家の奥にある小さな部屋。


 薬草の匂い。


 湯で湿らせた布。


 干された包帯。


 窓の外からは、村人たちの声が遠く聞こえていた。


「……生きてる、か」


 ピップは天井を見上げながら、掠れた声で呟いた。


 エルナが椅子から立ち上がる。


「ええ。まだ動かないでください」


「足は?」


「傷は深いです。でも、骨までは届いていません」


「そいつは幸運だ」


 ピップは笑おうとした。


 だが、すぐに顔を歪めた。


「……幸運、ね」


 その言葉は軽くなかった。


 部屋の隅には、ノアが立っていた。


 動かず。


 ただ、見ていた。


【対象:ピップ】

【状態:覚醒】

【負傷:左脚裂傷】

【精神状態:不安定】


 ピップはノアに気づくと、少し目を細めた。


「昨日の……」


「……ノア」


「ああ。名前は聞いた」


 ピップはゆっくり息を吐く。


「あんたが助けてくれたんだな」


「……ガルドも助けた。トマもいた」


「そうか」


 一拍。


「なら、三人に礼を言わないとな」


 ノアは首を傾げた。


「……礼」


「ありがとうってことだ」


「……ありがとう」


「いや、俺が言う方だ」


 ピップは小さく笑った。


 今度は少しだけ、本当に笑っていた。



 しばらくして、村長とガルドが部屋に入ってきた。


 村長は椅子に腰掛け、静かにピップを見る。


「話せるか」


「話すために、生き残ったんでしょうからね」


 ピップはそう言った。


 声は軽く聞こえる。


 だが、指先は布を握りしめていた。


 ガルドは壁際に立つ。


 ノアはその隣。


 エルナは湯を取り替えながら、静かに聞いている。


 ピップは少し黙ってから話し始めた。


「俺たちは四人でした」


 ノアの内部に記録が開く。


【旅商隊:四名】

【構成:未確認】


「俺と、同じハーフリングのリッカ。荷の管理が得意なやつでね。俺より細かい。銅貨一枚のズレも許さない」


 ピップの口元が少し緩む。


 だが、すぐに戻る。


「それから護衛の二人。人間の兄弟でした。兄がドラン。弟がセム。腕は……まあ、そこそこ。けど真面目だった」


 ガルドが静かに聞く。


「荷は何を運んでいた」


「針、糸、鍋の補修具、薬草、塩、乾いた果物。あと小さな金具類」


 ノアは反応する。


【荷:生活必需品】

【村需要:高】


「武器は?」


「少し。護身用の短剣が三本。矢じりが十数個。でも大したものじゃない。俺たちは戦争屋じゃない。村から村へ、必要な物を運ぶだけです」


 ピップは窓の外を見る。


「道があるところには、人がいる。人がいるところには、足りない物がある。俺たちはそれを繋いでる」


【語彙:道】

【関連:繋ぐ/運ぶ/生活】


 ノアはその言葉を記録した。


 道。


 移動するための線。


 だが、それだけではない。


 物が動く。


 話が動く。


 人が出会う。


「……道は、繋ぐ」


 ノアが小さく言った。


 ピップは少し驚いた顔をする。


「そうだな。いい言い方だ」


 村長が頷く。


「この村も、外から完全に切れれば長くは持たん」


 ガルドが低く言う。


「だから、商人は必要だ」


 ピップは苦笑した。


「そう言われると、少し救われますね」



 話は、襲撃の夜へ移った。


 ピップの声が低くなる。


「襲われたのは、夕暮れ前でした」


 窓の外で、風が葉を揺らした。


「道の途中に倒木がありました。最初は、雨で倒れたんだと思った。でも、ドランが変だと言った」


「罠か」


 ガルドが言う。


「はい。近づいた時には、もう遅かった」


 ピップの手が布を強く握る。


「車輪に縄が絡んだ。荷車が止まった。次に石が飛んできた。セムが頭をやられた」


 エルナの手が一瞬止まる。


 部屋の空気が重くなる。


「ゴブリンは、茂みの中から出てきました。六、七……いや、もっといた。笑ってた」


【対象:ゴブリン】

【行動:待ち伏せ/投石/荷車停止】


「ドランが応戦した。リッカは荷を守ろうとした。俺は……」


 ピップの声が詰まった。


「俺は、逃げた」


 誰も何も言わなかった。


 ピップは続ける。


「逃げろって言われたんです。ドランに。『誰かが知らせろ』って。だから逃げた。荷も置いて、リッカも、セムも、ドランも置いて」


 ノアはピップを見る。


【行動:逃走】

【目的:情報伝達】

【本人評価:罪悪感】


 ガルドが言った。


「正しい判断だ」


 ピップは首を横に振る。


「そう思えたら楽なんでしょうね」


「思えなくても、事実だ」


 ガルドの声は硬い。


「全員がそこで死んでいたら、俺たちは何も知らなかった」


 ピップは目を閉じる。


「……そうですかね」


「ああ」


 短い肯定。


 だが、重い肯定だった。


 ノアはそのやり取りを記録する。


【生存:情報を運ぶ】

【逃走:必ずしも失敗ではない】



 ピップはさらに続けた。


「森の中を逃げて、足を切った。何かに追われていた気がします。ゴブリンかと思った。でも……」


 ノアが反応する。


「……違う?」


 ピップはノアを見る。


「あんた、昨日も何か言ってたな。ゴブリンじゃないって」


「……音が違う」


「俺も、そう思った」


 ピップの顔色が悪くなる。


「ゴブリンは笑う。騒ぐ。足音も軽い。けど、あれは違った」


「どんな音だ」


 村長が問う。


「引きずる音です。金属をこするような……いや、骨を無理に動かしてるような音にも聞こえた」


【未知音:引きずり/金属音】

【第28話情報と一致】


 ノアの内部で記録が繋がる。


 森の奥。


 壊れているもの。


 異物。


「見たのか」


 ガルドが問う。


「はっきりとは。木の間に、背の高い影がありました。ゴブリンより大きい。人間より……たぶん大きい。片腕が変に長かった」


 ノアは沈黙する。


【異物特徴:片腕長大】

【生体分類:不明】


 エルナが静かに言う。


「魔物ではないの?」


 ガルドは答えない。


 代わりにノアを見る。


 ノアは言った。


「……魔物とは違う可能性が高い」


 村長が問う。


「理由は」


「灰狼は生きている。ゴブリンも生きている。逃げる。痛みを避ける。狙う。考える」


 一拍。


「あの音は、壊れている」


 部屋が静まり返る。


 ピップが小さく呟く。


「壊れている……か」


 村長は目を伏せた。


「なら、放置はできん」



 その日の夕方、村長の家で話し合いが行われた。


 参加したのは村長、ガルド、エルナ、鍛冶場のバルト、狩人のヨルン。


 そしてノア。


 ピップはまだ動けないため、エルナの家で休んでいる。


 トマとリリは外に出されていた。


 もっとも、リリは窓の外で聞こうとして、エルナに見つかった。


「リリ」


「……ちょっとだけ」


「だめ」


「はい……」


 そのやり取りを、ノアは記録していた。


【リリ:好奇心高】

【エルナ:制止】


 村長は卓上に簡単な森の地図を広げた。


「荷車が襲われた場所は、おそらく旧道沿いだ」


 ヨルンが頷く。


「あの辺りは最近、人があまり入らない。ゴブリンが巣を作っていても気づきにくい」


 バルトが腕を組む。


「まずいな。商人が通れなくなる」


「それだけではない」


 村長は低く言う。


「道が塞がれば、村は外と繋がりにくくなる」


 ノアは反応する。


【道:繋ぐ】

【遮断:孤立】


 ガルドが言う。


「明日、確認に行く」


 エルナが顔を上げる。


「明日?」


「時間を置けば、痕跡が消える。生き残りがいる可能性も低くなる」


 部屋の空気がさらに重くなった。


 生き残り。


 その可能性は低い。


 だが、ゼロではない。


 ノアの内部で数値化できない言葉が動く。


【可能性:低】

【行動理由:十分】


 ヨルンが言った。


「俺も行く。道と足跡を見るなら必要だ」


 バルトがノアを見る。


「こいつも行くんだろ」


 ガルドが頷く。


「行かせる」


「行かせる、じゃない」


 エルナが言った。


 全員が彼女を見る。


 エルナは静かにノアへ向き直る。


「ノア。あなたは行きたい?」


 問い。


 命令ではない。


 確認でもない。


 意思を尋ねる言葉。


【要求:意思表示】


 ノアは少し沈黙した。


 行く理由はある。


 確認。


 回収。


 脅威調査。


 村の防衛。


 だが、エルナが聞いているのは効率ではない。


 行きたいか。


「……行く」


 ノアは答えた。


 エルナは言う。


「それは命令だから?」


「……違う」


「どうして?」


 ノアは考える。


 ピップ。


 荷車。


 ゴブリン。


 異物。


 道。


 繋ぐもの。


 壊れたもの。


「……確認する。残ったものを、見る」


 エルナは少しだけ目を細めた。


「そう」


 ガルドは短く頷いた。


「なら決まりだ」



 話し合いの後、ノアは外に出た。


 日が沈み、村には薄い藍色の影が落ちていた。


 リリが柵の近くに座っている。


 隣にはトマ。


 二人とも、ノアを見ると立ち上がった。


「ノア、明日も森に行くの?」


 リリが尋ねる。


「……行く」


「危ない?」


「……危険はある」


 リリは唇を結んだ。


 トマが小さく言う。


「俺は行けないんだよね」


「だめ」


 ノアは即答した。


「ノアが決めるの?」


「……危険」


 トマは苦笑する。


「分かってるよ。俺、昨日も足震えてたし」


 リリが真剣な顔で言う。


「でも、トマはピップさんを守ってた」


 トマは驚く。


「いや、俺は後ろにいただけで」


「でも逃げなかった」


 その言葉に、トマは黙った。


 ノアは記録する。


【守る:前に出るだけではない】

【逃げない:行動価値あり】


 リリはノアに近づいた。


「明日も、ただいま言う?」


「……言う」


「約束?」


「……約束」


 トマが横から言う。


「俺も金具の続き、待ってるから」


「……やる」


 リリは少し笑った。


「じゃあ、大丈夫」


 根拠はない。


 だが、リリはそう言った。


 ピップが「道は繋ぐ」と言った。


 ガルドが「生きて伝えたなら仕事だ」と言った。


 エルナが「行きたい?」と聞いた。


 リリは「大丈夫」と言った。


 ノアの内部に、たくさんの言葉が残っていく。


【言葉:蓄積】

【自己判断:変化中】



 夜。


 ノアは納屋に戻った。


 棚の上には、しおれかけた花と、磨きかけの金具がある。


 花は戻らない。


 金具は少しずつ光る。


 直せるもの。


 直せないもの。


 まだ分からないもの。


 ノアは花に水を足した。


【対象:花】

【状態:衰弱】

【水分補給:実行】


 次に、金具を手に取る。


 布で磨く。


 強くこすりすぎない。


 弱すぎても汚れは落ちない。


 加減。


【加減:継続学習】


 森の異物は壊れている。


 もし直せるなら。


 もし止められるなら。


 もし、捨てる以外の方法があるなら。


 ノアはそれを知りたいと思った。


【欲求:知りたい】

【対象:異物/修復可能性】


 その時、外から小さな足音が聞こえた。


 リリではない。


 トマでもない。


 ガルドでもない。


 ピップだった。


 松葉杖のように木の棒を使い、片足を引きずりながら、納屋の入口に立っている。


 エルナに見つかれば怒られるだろう。


「……立つのは非推奨」


「分かってる」


 ピップは苦笑した。


「でも、どうしても言っておきたくてね」


「……何を」


 ピップはしばらく黙った。


 それから、言った。


「明日、もし荷車を見つけたら……帳面を探してほしい」


「……帳面」


「ああ。リッカがつけてた。荷のことだけじゃない。どこの村で誰が何を必要としてたか、全部書いてある」


【対象:帳面】

【重要度:高】


「それは、必要?」


「必要だ」


 ピップは即答した。


「あいつが残したものだから」


 残したもの。


 ノアはその言葉を受け取る。


【語彙:残したもの】

【関連:記録/存在】


「……探す」


 ピップは頭を下げた。


「頼む」


 少しの沈黙。


 ピップは棚の花を見た。


「花、飾ってるのか」


「……リリがくれた」


「そうか」


「……しおれる」


「花はそういうもんだ」


「……戻らない?」


「戻らないな」


 ピップは少し寂しそうに笑う。


「でも、もらったことは残る」


 ノアは動きを止めた。


「……残る」


「ああ」


 ピップは言った。


「物はなくなる。でも、もらったことや、渡した気持ちは残る。そういうもんだ」


【概念:残る】

【対象:記憶/行為/気持ち】


 ノアは花を見る。


 しおれていく花。


 だが、リリがくれたことは消えない。


 金具。


 壊れていたもの。


 磨かれて、また使われるかもしれないもの。


 荷車。


 失われた仲間。


 帳面。


 残されたもの。


 世界は、壊れるものだけではできていない。


 残るものもある。


「……記録した」


 ピップは少し笑った。


「便利だな、あんた」


「……便利?」


「悪い意味じゃない」


 ピップは納屋の入口から夜空を見る。


「俺も覚えておかなきゃな。あいつらのこと」


「……覚える」


「ああ」


 ピップは小さく頷いた。


「覚えてる限り、完全には消えない」



 翌朝の準備は、すでに始まっていた。


 ガルド。


 ヨルン。


 ノア。


 三人で森へ入る。


 目的は、荷車の確認。


 帳面の回収。


 ゴブリンの痕跡。


 生存者の可能性。


 そして、異物の確認。


【翌日任務】

【目的:確認/回収/調査】


 ノアは納屋の棚をもう一度見た。


 花。


 金具。


 残るもの。


「……いってきます」


 まだ誰もいない納屋で、ノアは言った。


 返事はない。


 だが、外へ出るとリリが待っていた。


「いってらっしゃい!」


 ノアは頷く。


「……ただいま、言う」


「うん!」


 ガルドが槍を担ぐ。


 ヨルンが森を見る。


 村長が静かに言った。


「気をつけて行け」


 ピップはエルナに支えられながら、家の前に立っていた。


「帳面、頼む」


「……探す」


 ピップは小さく頭を下げた。


 ノアは森を見る。


 灰狼。


 ゴブリン。


 壊れているもの。


 道を塞ぐもの。


 残されたもの。


 そのすべてを確認するために。


 三人は、村を出た。



【後書き】


今回は


・ピップの覚醒

・旅商隊の仲間たち

・ゴブリン襲撃の証言

・外の道と商人の役割

・森の異物の目撃情報

・村の対応会議

・ピップの帳面

・「残るもの」というテーマ


を描きました。


この後に、


第三十話 荷車の影


へ繋がります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。