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REMNANT ― 廃棄予定の旧式兵器は、異世界で家族を得て心を覚える ―  作者: 和泉發仙


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29/35

第三十話 荷車の影

【前書き】


 今回は、ピップの荷車が残された場所へ向かう回です。


 目的は三つ。


 ・荷の確認

 ・ゴブリンの痕跡確認

 ・ピップの仲間の生死確認


 そしてもう一つ、ノアだけが気にしているものがあります。


 それは、森の奥から聞こえた“異物”の気配です。


 今回の話では、魔物との戦闘そのものよりも、


 →残されたものを見ること

 →失われたものを確認すること

 →壊れた命令だけで動くものと向き合うこと


 を重視しています。


 ノアが「守る」だけではなく、「見届ける」ことを学び始める回です。




 朝は、静かだった。


 村にいつもの音はある。


 水を汲む音。

 戸を開ける音。

 家畜が鼻を鳴らす音。

 鍋を火にかける音。


 だが、その一つ一つが、どこか抑えられているように聞こえた。


 理由は明確だった。


 今日、森へ入る。


 昨日救助されたハーフリング、ピップの荷車が残された場所へ向かう。


 そこには、ゴブリンの痕跡がある。


 荷が残っているかもしれない。


 そして、ピップの仲間たちの痕跡も。


 生きている可能性は低い。


 ガルドはそう言った。


 だが、ゼロではないとも言った。


 その二つの言葉は、ノアの内部で並んでいた。


【生存可能性:低】

【確定:未】

【行動目的:確認】


 確認。


 それは、結果を作る行為ではない。


 すでに起きたことを見る行為。


 だが、見なければ終わらないことがある。


 エルナが昨夜、そう言っていた。


 確認しなければ、ずっと残る。


【語彙:確認】

【関連:残る/終わらない】


 ノアは納屋の棚を見た。


 花。


 金具。


 花はさらにしおれている。


 水を足しても、最初の姿には戻らない。


 だが、まだ完全には崩れていない。


 金具は、昨日よりも少し光っている。


 新品ではない。


 だが、捨てるものでもない。


【対象:花】

【状態:衰弱継続】


【対象:金具】

【状態:修復進行】


 ノアは金具を棚に戻し、外へ出た。


 家の前には、ガルドが立っている。


 槍。


 短剣。


 縄。


 包帯。


 火打ち道具。


 水袋。


 必要最小限の道具が揃えられていた。


 村長もそこにいる。


 そして、もう一人。


 見知らぬ男がいた。


 年はガルドより少し若い。

 細身だが、動きに無駄がない。

 背中に弓を負い、腰には短刀。

 緑灰色の外套を着ている。


「この男はヨルンだ」


 村長が言った。


「村の狩人だ。森の道に詳しい」


【新規人物:ヨルン】

【職能:狩人】

【反応:観察】


 ヨルンはノアをじっと見た。


 恐怖はある。


 だが、隠している。


 視線は鋭い。


「話は聞いてる」


 短い声だった。


「強いらしいな」


「……強い」


「それを自分で言うのか」


 ヨルンは少し眉を上げる。


 ノアは処理する。


 強い。


 ガルドも言った。


 バルトも似た評価をした。


 村人たちも恐れた。


 自分の出力が人間より高いことは事実。


「……事実」


 ヨルンは一瞬黙り、それから小さく息を吐いた。


「なるほど。変なやつだ」


 敵意ではない。


 だが、親しみでもない。


【外部反応:警戒/評価保留】


 トマも来ていた。


 だが、同行はしない。


 鍛冶場で作った小さな鈴つきの鳴子を持っている。


「これ、持っていってください」


 トマはガルドに差し出す。


「鳴らせば、少し遠くでも分かると思います」


 ガルドは受け取る。


「助かる」


 トマはノアを見る。


「……気をつけて」


「……気をつける」


「あと、帰ってきたら金具の続きやろう」


「……やる」


 トマは少しだけ笑った。


 その笑いは、以前より自然だった。


【関係:トマ】

【状態:安定傾向】


 リリは家の戸口に立っていた。


 今朝は走ってこない。


 両手を前で握り、じっとノアを見ている。


 エルナがその肩に手を置いていた。


「ノア」


 リリが言う。


「……リリ」


「約束、覚えてる?」


【語彙:約束】

【関連:絶対/帰る】


 ノアは頷く。


「……ただいま、言う」


 リリは少しだけ笑った。


「うん」


 エルナが静かに言う。


「無理はしないでね」


「……無理、しない」


 ガルドが横から低く言う。


「無理かどうかは俺が決める」


 エルナが少しだけ苦笑した。


「そうね。あなたも無理をしないで」


 ガルドは答えない。


 だが、否定もしなかった。


 村長が全員を見る。


「目的は確認と回収だ。戦いに行くわけではない」


 ガルドが頷く。


「分かってる」


 ヨルンは弓の弦を確かめた。


「ゴブリンがいれば?」


「必要なら排除する」


 村長の声は硬い。


「だが、深追いはしない」


 ノアは記録する。


【目的:確認/回収】

【戦闘:必要時のみ】

【深追い:禁止】


 出発。


 村の門と呼ぶには簡素な柵の切れ目を越え、道へ出る。


 リリの声が背中へ届いた。


「いってらっしゃい!」


 ノアは振り返る。


「……いってきます」


 そして、森へ向かった。



 森に入ってしばらくは、昨日と同じような音が続いた。


 葉の擦れる音。


 鳥の声。


 遠くの水音。


 だが、昨日よりもガルドとヨルンの動きは慎重だった。


 ヨルンはほとんど音を立てない。


 細い枝を踏まない。


 湿った土の場所を避ける。


 目は地面、木、枝、影を順番に見ている。


【対象:ヨルン】

【行動:高精度移動】

【職能:追跡/警戒】


 ノアはその動きを観察する。


 ヨルンは強くない。


 少なくとも、純粋な出力ではノアより遥かに低い。


 だが、森の中では非常に効率的に動く。


 音を出さない。


 痕跡を拾う。


 危険を避ける。


【強さ:出力以外にも存在】


 それは新しい情報だった。


 ガルドが以前言った。


 全部に全力を出すな。


 バルトが言った。


 直してまた使う。


 村長が言った。


 日々で示すしかない。


 そして今、ヨルンの動きが示している。


 強さは、一種類ではない。


【語彙:強さ】

【再分類中】


 しばらく進むと、ヨルンが手を上げた。


 停止の合図。


 ガルドが止まる。


 ノアも止まる。


 ヨルンは地面を指した。


「ここだ」


 土に足跡が残っていた。


 小さい。


 だが深い。


 複数。


 ゴブリンのもの。


【足跡:ゴブリン】

【数:多数】

【方向:南西】


 その隣に、別の跡。


 荷車の車輪。


 片側だけ深く沈んでいる。


 引きずられた跡もある。


「車輪を止められたな」


 ヨルンが言う。


 ガルドが頷く。


「縄か」


「たぶん」


 ノアは周囲を見る。


 枝が折れている。


 葉の裏に泥。


 木の幹に擦れ跡。


 何かが激しく動いた痕跡。


【戦闘痕:有】

【時刻推定:前日以前】


 ガルドが小さく言う。


「ここから慎重に行く」


「……慎重」


「音を立てるな」


「……音、抑える」


 ノアは歩行出力をさらに下げる。


 足音を消す。


 枝を避ける。


 ヨルンがわずかにこちらを見る。


 驚き。


 評価。


【外部反応:ヨルン/評価微増】


 森の空気が変わった。


 鳥の声が減る。


 木々の間に、古い道の痕跡が見えてくる。


 草に半ば埋もれた轍。


 崩れた石積み。


 苔に覆われた道標。


 かつて人が通っていた道。


 今は森に飲まれつつある道。


【古街道:検出】

【状態:半崩壊】


 ピップたちは、ここを通った。


 荷車を押し、商品を運び、次の村へ向かっていた。


 その道が、途中で途切れた。


【道:中断】


 ノアはその概念を記録する。


 道は続くためのもの。


 橋も同じ。


 壊れれば、行き来が止まる。


 荷車が止まれば、商人も止まる。


 人の行き来も、物の流れも、そこで断たれる。


【道:関係の通路】

【破壊:孤立を生む】


 やがて、臭いがした。


 ノアにも分かる。


 腐敗。


 血。


 湿った布。


【臭気:腐敗/血液】

【警戒:上昇】


 ガルドの顔がわずかに硬くなる。


 ヨルンは弓を構える。


 さらに十数歩。


 そして、見えた。


 荷車だった。



 荷車は、道の端で斜めに傾いていた。


 片方の車輪には縄が絡められている。


 積荷は半分ほど荒らされ、木箱が割られ、布が泥に散っていた。


 油の瓶が割れて、土に染みている。


 小さな金具や針の入った袋が破られ、中身がばらまかれていた。


 そして、荷車の横。


 人間の護衛らしき男が倒れていた。


 動かない。


【対象:人間男性】

【生体反応:なし】


 ノアは観測する。


 呼吸なし。


 心音なし。


 体温低下。


 死亡。


【状態:死亡】


 ガルドは無言で近づく。


 膝をつく。


 目を閉じさせる。


 それだけの動作だった。


 だが、ノアはそこに意味があると判断した。


【行動:弔意推定】


 ヨルンは周囲を警戒している。


「他にもいる」


 低い声。


 荷車の反対側。


 小さな身体。


 ハーフリング。


 ピップの仲間だろう。


 こちらも動かない。


【対象:ハーフリング】

【生体反応:なし】


 そのさらに奥には、引きずられた跡があった。


 血が少し続いている。


 森の中へ。


「一人、連れていかれてるな」


 ヨルンが言った。


 ガルドの顔が険しくなる。


「生きている可能性は」


「低い」


 ヨルンは答える。


「だが、昨日からなら……ゼロではない」


 ノアの内部で、同じ言葉が動く。


 低い。


 ゼロではない。


【確認対象:追加】

【引きずり跡:追跡可能】


 その時。


 荷車の影から音がした。


 かすかな金属音。


 カン。


 カン。


 規則性があるようで、ない。


 ノアはすぐに視線を向ける。


 そこに、いた。



 それは、人の形に似ていた。


 だが、人ではない。


 背丈は人間の成人ほど。


 片腕が長く、もう片方は途中から折れたように短い。


 背中には金属片のようなものが突き出している。


 皮膚のようなものは灰色にひび割れ、ところどころが硬質化している。


 目は、光っている。


 昨日、森の縁で見たものと似ていた。


【対象:異物】

【状態:損傷/不均衡】

【生体反応:異常】


 異物は、荷車の壊れた車輪を叩いていた。


 手に持っているのは、金具の破片。


 叩く。


 止まる。


 叩く。


 止まる。


 まるで修理しているように見える。


 だが、力も角度も不適切だった。


 車輪はさらに壊れていく。


【行動:修復模倣】

【結果:破壊進行】


 ノアの内部で、強い違和感が走る。


 修復。


 鍛冶場。


 バルト。


 加減。


 直せるなら直す。


 だが、この異物の動きは違う。


 直そうとしているように見える。


 しかし、直っていない。


 壊している。


【修復:失敗】

【原因:命令破損推定】


 ガルドが槍を構える。


「動くな」


 低い声。


 ヨルンも弓を引く。


「何だ、あれは」


「……壊れている」


 ノアが言う。


 異物がこちらを向く。


 動きが遅い。


 首だけが不自然に回る。


 目の光がノアに合った。


 その瞬間、ノアの内部に異常な信号が走った。


【未知通信:微弱】

【形式:不明】

【内容:断片】


 ノイズ。


 断片。


 命令の破片。


 修復。


 回収。


 継続。


 対象不明。


 エラー。


【受信:不完全】


 ノアは一歩止まる。


 異物も止まる。


 そして、壊れた口のような部分が動いた。


「……シゅ……ふく……」


 音。


 言葉に近い。


 だが、崩れている。


「……しゅ……ふ……」


【語彙:修復】

【異物出力:確認】


 ガルドがノアを見る。


「分かるのか」


「……修復、と言った」


「直せるのか」


 問い。


 ノアは異物を見る。


 損傷が多すぎる。


 構造不明。


 生体か、機械か、魔物かも判断できない。


 そして何より、命令が壊れている。


【修復可能性:不明/低】


「……分からない」


 異物が動く。


 こちらへ。


 一歩。


 二歩。


 腕を伸ばす。


 攻撃か。


 接触か。


 判断できない。


【行動意図:不明】

【脅威:上昇】


 ガルドが言う。


「ノア、下がれ」


 だが、ノアは下がらない。


 異物の中に、壊れた命令がある。


 修復。


 それはノアが学んだ言葉。


 バルトが教えた言葉。


 エルナが示した行動。


 リリが金具を磨いた時の言葉。


 それを、この異物も出している。


 だが、壊している。


【矛盾:高】


 異物が突然、速度を上げた。


 腕が振られる。


 ノアは受ける。


 外殻に衝撃。


【損傷:軽微】


 重い。


 人間より強い。


 ゴブリンより遥かに強い。


 だが、ノアよりは低い。


 問題は力ではない。


 動きが読みにくい。


 関節が壊れているように曲がり、痛みを避けない。


【痛み回避:なし】

【自己保存:低】

【行動継続:高】


 ノアは押し返す。


 殺さない。


 壊しすぎない。


 だが、相手は止まらない。


 腕が折れかけても、動く。


 脚が滑っても、立ち上がる。


 ゴブリンとも違う。


 灰狼とも違う。


 生き物の反応ではない。


【分類:異物】

【通常制圧:困難】


 ヨルンが矢を放つ。


 矢は異物の肩に刺さる。


 反応なし。


「効いてないぞ!」


 ガルドが横から槍の柄で脚を払う。


 異物は倒れる。


 だが、倒れたまま腕を伸ばし、荷車の車輪をまた叩こうとする。


「……しゅ……ふく……」


 壊れた音。


 ノアはそれを聞く。


 胸部の奥で、未知信号が揺れる。


 これは敵か。


 直す対象か。


 止める対象か。


【判断:不安定】


 ガルドが叫ぶ。


「ノア!」


 その声で、現在位置が固定される。


 ここは白い部屋ではない。


 納屋でもない。


 森。


 荷車。


 死者。


 引きずられた跡。


 ガルド。


 ヨルン。


 確認任務。


【現在座標:固定】

【目的:確認/回収/生存者探索】


 ノアは動く。


 異物の腕を掴む。


 強く握りすぎない。


 だが、逃がさない。


 関節の動きを止める。


 もう片方の腕で胴を押さえる。


 地面に固定。


【制圧:実行】

【破壊:回避】


 異物は暴れる。


 口のような部分が開閉する。


「しゅ……ふく……しゅ……」


「……修復、できない」


 ノアが言う。


 自分でもなぜ言ったのか分からない。


 異物は止まらない。


「……しゅ……ふく……」


「……それは、壊す」


 異物の動きが一瞬だけ止まった。


【反応:微弱】


 ノアは続ける。


「……壊れている」


 異物の目の光が揺れる。


 ノイズ。


 また通信のような断片。


【受信:断片】

【内容:対象……直せ……失敗……継続……】


 それは命令の残骸だった。


 何かを直せという命令。


 だが対象が失われ、方法も壊れ、ただ動作だけが残っている。


 直すために壊す。


 止まれない。


 それは、ノアが恐れているものと近かった。


【類似:旧式兵器/命令残存】

【未知信号:強】


 ノアは力を強める。


 壊すためではない。


 動きを止めるため。


「……止まれ」


 異物は暴れる。


「……止まれ」


 二度目。


 反応なし。


 ガルドが近づく。


「壊すしかないか」


 その言葉に、ノアの内部信号が跳ねる。


 壊す。


 廃棄。


 直せない。


 捨てるのは最後。


【矛盾:最大】


 その時、ヨルンが低く言う。


「待て。足元」


 全員の視線が地面へ向く。


 異物の腰に、古い金属札のようなものがぶら下がっていた。


 泥に汚れ、ひび割れている。


 だが、そこに文字らしきものがある。


 この世界の文字ではない。


 ノアの内部が反応する。


【文字形式:ゼルヴァニア系統】

【認識:部分一致】


 ノアはそれを見る。


 読み取る。


 断片。


 試験体。


 修復補助。


 廃棄領域。


 失敗。


【旧文明関連:可能性】


 これは、この世界の魔物ではない。


 ゴブリンでも灰狼でもない。


 ゼルヴァニア=クロノス。


 ノアの元の世界に近いもの。


 あるいは、その失敗した欠片。


【異物:外来由来可能性】


 ガルドが問う。


「読めるのか」


「……少し」


「何だ」


「……修復補助。失敗。廃棄」


 空気が重くなる。


 廃棄。


 また、その言葉。


 ノアの中で、白い部屋が揺れる。


 だが、今回は戻されない。


 リリの言葉が残っている。


 ここだよ。


 ガルドの声が残っている。


 壊れる前に言え。


 エルナの声が残っている。


 一緒にね。


【現在:維持】


 異物はまだ動こうとしている。


 だが、少しずつ弱くなっている。


 エネルギーが切れかけているのか。


 損傷が限界なのか。


【異物活動:低下】


「……どうする」


 ヨルンが聞く。


 ガルドは答えない。


 ノアを見る。


 判断を求めている。


 命令ではない。


 判断。


【要求:判断】


 ノアは異物を見る。


 直せるか。


 今は無理。


 止めるか。


 必要。


 壊すか。


 最後。


 捨てるのは最後。


 だが、動かしたままでは危険。


【結論:停止優先/破壊回避】


「……止める。壊しすぎない」


 ガルドが頷く。


「やれ」


 ノアは異物の背中側に手を回す。


 構造を探る。


 外装の隙間。


 内部の硬い芯。


 そこに、微弱な振動。


 動作核。


【動作核:検出】


 破壊すれば完全停止。


 だが、壊さずに遮断できる可能性。


 ノアは出力を細く使う。


 指先で固定具を外す。


 力を入れすぎない。


 内部線を引き抜く。


【加減:最大精密】


 異物の動きが止まった。


 目の光が弱まる。


 完全に消えない。


 だが、動かない。


【異物:活動停止】

【破壊:未】


 ノアはゆっくり手を離す。


 異物は地面に横たわったまま動かない。


「……停止」


 ガルドが息を吐く。


「持ち帰れるか」


 ヨルンが眉をひそめる。


「これを村へ?」


「置いていけば、また動くかもしれん」


 ガルドはノアを見る。


「運べるか」


「……運べる」


 だが、その前に確認がある。


 引きずられた跡。


 ピップの仲間。


 ノアはそちらを見る。


「……先に、確認」


 ガルドが頷く。


「ああ」



 引きずられた跡を追う。


 荷車から少し離れた沢の近く。


 そこに、もう一人のハーフリングがいた。


 生体反応はない。


【対象:ハーフリング】

【生体反応:なし】


 ピップの仲間。


 これで三人。


 護衛一人。


 ハーフリング二人。


 もう一人の護衛は最初に消えた。


 痕跡はさらに森へ続いているが、古く、薄い。


 ヨルンが言う。


「これ以上は危険だ。今日の人数では追えない」


 ガルドは沈黙する。


 ノアは倒れたハーフリングを見る。


 戻らない。


 ただいまがない。


 ピップはこれを知る。


【情報:喪失確定】


 確認。


 それは救うことではなかった。


 だが、曖昧を終わらせること。


 ピップに伝えるためのもの。


【確認:結果保持】


 ガルドは静かに言った。


「連れて帰れるだけ連れて帰る」


 ヨルンが頷く。


「荷は最低限だな」


 ノアは異物を運ぶ。


 ガルドとヨルンは遺体と必要な荷をまとめる。


 薬草。


 針。


 糸。


 鍋の補修具。


 ピップのものと思われる小さな帳面。


 荷車そのものは置いていくしかない。


 壊れすぎている。


【荷車:回収不能】

【荷:一部回収】

【遺体:回収】


 ノアは荷車を見る。


 異物が叩き続けていた車輪。


 さらに壊れた車輪。


 修復しようとして壊した跡。


 そこには、間違った修復の痕跡が残っていた。


【修復失敗の痕跡】


 ノアは小さく言う。


「……加減がないと、壊す」


 ガルドが聞いていた。


「ああ」


 短い返事。


 だが、その意味は重い。



 帰り道は、重かった。


 荷物の重さだけではない。


 運ぶものが違う。


 薬草や金具だけではない。


 戻らない者たちの情報。


 ピップに伝えるべき現実。


 そして、停止した異物。


 ヨルンは周囲を警戒し続ける。


 ガルドは無言。


 ノアは異物を抱えて歩く。


【運搬対象:異物】

【状態:停止】

【重要度:高】


 途中、灰狼の遠吠えが聞こえた。


 だが近づいては来ない。


 ゴブリンの気配もない。


 森は、三人を見送るように静かだった。


 村の柵が見えた時、夕方に近づいていた。


 リリの声はしなかった。


 代わりに、村人たちが集まっている。


 戻りを待っていたのだ。


 ノアたちが運んできたものを見て、空気が固まった。


 遺体。


 荷。


 そして、異物。


 リリはエルナの後ろにいた。


 ノアを見る。


 約束。


 ただいま。


 ノアは言う。


「……ただいま」


 リリの顔が少しだけ緩む。


 だが、すぐに遺体を見て、表情が変わった。


 喜べない。


 帰ってきた者と、帰ってこなかった者が同時にある。


【感情状況:混在】


 ピップは、支えられて外へ出てきた。


 顔色が悪い。


 ノアたちが運んできたものを見て、すべてを理解したようだった。


 誰もすぐには言わない。


 ガルドが静かに告げる。


「見つけた」


 それだけ。


 ピップは目を閉じた。


「……そうか」


 声は震えていた。


「連れて帰ってくれたんだな」


「ああ」


 ピップは深く頭を下げようとしたが、脚の痛みで崩れそうになる。


 エルナが支える。


「無理をしないで」


 ピップはそれでも、ノアを見る。


「……ありがとう」


 その言葉は、今までで一番重かった。


 ノアは答える。


「……どういたしまして」


 だが、その言葉で内部信号は安定しなかった。


 完全には。


【感謝応答:重】

【未知信号:沈降】


 なぜなら、助けられなかったから。


 確認しただけだから。


 連れて帰っただけだから。


 それでも、ピップはありがとうと言った。


【感謝:救助以外にも発生】


 ノアは処理する。


 守る。


 助ける。


 確認する。


 連れて帰る。


 すべて違う。


 だが、どれも誰かに必要とされることがある。


【役割:拡張】


 村長が異物を見る。


「これが、森の異変か」


「そうだ」


 ガルドが答える。


「魔物じゃない」


 ヨルンも言う。


「少なくとも、俺はこんなものを見たことがない」


 村人たちがざわつく。


 恐怖。


 疑念。


 そして、ノアを見る視線。


 異物。


 ノア。


 どちらも分からない存在。


 だが、ノアは異物を止めて運んできた。


【外部評価:複雑化】


 村長が言う。


「これは村の外れの倉に置く。誰も近づくな」


 ガルドが頷く。


「ノアと俺で見張る」


 村人の一人が言う。


「また動いたら?」


 ノアは答える。


「……止める」


 声は静かだった。


 村人は黙った。



 夜。


 ピップの仲間たちは、村の外れに仮の墓を作られることになった。


 本当なら故郷へ帰したい。


 だが、すぐには無理だ。


 ピップは墓の前に座り、長い間何も言わなかった。


 ノアは少し離れて立っていた。


 リリもいた。


 エルナも。


 ガルドはさらに後ろ。


 村長が短い祈りの言葉を述べた。


 ノアには意味のすべては分からない。


 だが、声の調子から、これは別れのための言葉だと判断した。


【儀式:弔い】

【目的:別れ/記憶保持】


 ピップが小さく言う。


「俺だけ戻った」


 誰も答えない。


「俺だけが、ただいまを言える」


 その言葉で、ノアの内部が揺れた。


 ただいま。


 帰る場所がある言葉。


 だが、帰れなかった者がいる。


 ただいまを言えなかった者がいる。


【語彙:ただいま】

【反対概念:戻らない】


 ピップは顔を覆った。


 肩が震えている。


 泣く。


【感情:悲しみ】

【観測:涙/震え】


 ノアは動かない。


 どうすればよいか分からない。


 リリが小さくノアを見る。


 それから、ピップの近くへ行く。


 何も言わずに、少し離れて座る。


 触れない。


 言葉もない。


 ただ、そばにいる。


【行動:寄り添う】

【言葉:なし】


 エルナが静かに頷いた。


 ガルドは何も言わない。


 ノアはその姿を記録する。


 助けられない時。


 直せない時。


 戻せない時。


 それでも、そばにいることがある。


【新規概念:寄り添う】


 ノアはゆっくり一歩近づいた。


 強く近づかない。


 驚かせない。


 ピップの斜め後ろに立つ。


 リリの少し後ろ。


 そこで止まる。


「……ピップ」


 ピップは顔を上げない。


「……確認した」


 言葉は不十分。


 だが、ノアは続ける。


「……連れて帰った」


 ピップの肩がまた震える。


「……ありがとう」


 今度は声にならないほど小さい。


 ノアは答えようとして、止まる。


 どういたしまして。


 それでいいのか。


 分からない。


 だから、別の言葉を探す。


 エルナの言葉。


 リリの言葉。


 ガルドの言葉。


 村長の言葉。


 バルトの言葉。


 ノアは小さく言った。


「……残る」


 ピップが顔を上げる。


「……何が」


 ノアは墓を見る。


 ピップを見る。


「……人がしたことは、どこかに残る」


 ガルドの言葉。


 ノアが受け取った言葉。


 ピップは目を見開いた。


 ガルドも、少しだけノアを見る。


「……仲間、残る」


 ノアは続けた。


「ピップ、覚える。荷、戻った。話、伝える。残る」


 完全な慰めではない。


 正しい言葉かも分からない。


 だが、ピップは黙って聞いていた。


 やがて、小さく息を吐く。


「……そうか」


 ピップは墓を見る。


「残るのか」


「……残る」


 ピップは泣きながら、少しだけ笑った。


「なら、俺が覚えてなきゃな」


「……覚える」


「ああ」


 ピップは頷いた。


「俺が覚える」


【喪失への応答:記憶】


 ノアは記録する。


 戻らないものはある。


 直せないものもある。


 だが、残るものもある。


 記憶。


 話。


 行動の結果。


 誰かが覚えていること。


【守る:記憶を残すことも含む?】


 仮説が生まれる。


 まだ確定ではない。


 だが、消えない。



 その夜、ノアは外れの倉の前に立っていた。


 中には停止した異物がある。


 ガルドも近くにいる。


 槍を持ち、壁にもたれている。


「今日はよくやった」


 ガルドが言った。


「……助けられなかった」


 ノアは答える。


 ガルドは沈黙する。


 そして言う。


「全部は無理だ」


【語彙:全部は無理】


 ノアはガルドを見る。


「……全部」


「全部を守ることはできん」


 重い声。


「それを忘れるな」


 ノアは処理する。


 全部を守れない。


 守る存在として、それは矛盾に近い。


 だが、現実。


【現実:制限あり】


 ガルドは続ける。


「だから、選ぶ。だから、間に合うように動く。だから、準備する」


 選ぶ。


 準備する。


 全部ではない。


 だが、できることを増やす。


【守る:選択と準備】


 ノアは倉を見る。


 異物。


 荷車。


 ゴブリン。


 墓。


 ピップ。


 リリ。


「……強くなる」


 ノアが言う。


 ガルドは即座に返す。


「強いだけじゃ足りん」


「……加減」


「それもだ」


「……見る。聞く。待つ。止める」


「そうだ」


 一拍。


「そして、戻る」


 ノアの胸部が小さく明滅する。


「……ただいま」


「ああ」


 ガルドは短く頷いた。


「それを言うために戻れ」


 夜風が吹く。


 倉の中で、停止した異物は動かない。


 だが、完全に終わってはいない。


 ノアには分かる。


 あれは答えの一部だ。


 ゼルヴァニア=クロノス。


 廃棄。


 修復命令。


 異物。


 森。


 すべてが繋がり始めている。


【脅威:継続】

【自己過去:関連可能性高】


 ノアは空を見る。


 星がある。


 村の灯りがある。


 墓の方には、小さな灯火が残っている。


 ピップが置いたものだ。


 戻らなかった者のための灯り。


 名前のない灯。


 いや、名前はあるのだろう。


 ノアが知らないだけで。


【記憶:他者保持】


 ノアは静かに言う。


「……残る」


 それは、今日得た言葉だった。


 助けられなくても。


 戻らなくても。


 完全に直せなくても。


 残るものがある。


 ならば、それを壊さないことも、きっと守ることの一つなのだ。


【守る:更新】


 壊さない。

 続ける。

 支える。

 加減する。

 戻る。

 覚える。

 残す。


 そのすべてが、まだ未完成のまま、ノアの中で繋がっていく。


 森は静かだった。


 だが、その静けさの奥で。


 まだ見つかっていない何かが、確かに動いていた。

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