65.許昌防衛戦・後編 ――黒い回路、断たれず
巨人が倒れ、アリの群れが沈黙した原野。
しかし黒々とした塊だけは、まるで、そこだけ別の世界のように、不気味な脈動を続けていた。
曹操は剣を収め、塊を睨みつける。
「……やはり、消えぬか」
夏侯惇が眉をひそめる。
「殿。あれは、我らの武器ではどうにもならぬようです」
夏侯淵が弓で射貫くが、矢は塊をすり抜け、空を切った。
「……幻のようだ」
曹操は静かに頷いた。
「廠殿の言っていた回路、とやら、か」
許褚が拳を握る。
「殿。廠殿を呼びましょう。あの方なら、何か分かるかもしれません」
曹操は即座に決断した。
「神域へ伝令!『許昌原野に黒い塊、未だ消えず』と伝えよ」
伝令が馬を走らせ、許昌の城門を抜けていった。
曹操は空を見上げた。
黒い塊の上空には、薄い裂け目がゆらゆらと揺れていた。
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紅陽の治療が続く静かな幕舎の外で、廠は織と共に地図を広げていた。
そこへ、神域からの伝令が駆け込んできた。
「廠殿! 曹操殿より急報!」
廠は顔を上げた。
「許昌に……黒い塊が現れたと?」
「はい。巨人は討ち取ったものの、塊は消えず、武器も通らぬとのこと」
織が息を呑む。
「……また回路が……?」
廠は立ち上がり、槍を手に取った。
「行こう、織。曹操殿を放ってはおけない」
織は頷き、すぐに支度を始める。
その時、幕舎の布が揺れた。
「……殿……俺も行く……」
紅陽だった。
包帯に覆われ、まだ全身に痛みが残っているはずなのに、
彼はしっかりと立っていた。
廠は驚き、駆け寄る。
「紅陽、無理をするな。まだ身体が……」
紅陽は笑った。
「馬には乗れます。殿が行くなら、私も行きます」
廠はしばらく紅陽を見つめ、やがて静かに頷いた。
「…分かった。だが無茶はするな。
お前はまだ、完全ではない」
紅陽は頷いた。
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廠は、織と紅陽、そして神軍の精鋭数百を率いて、
洛陽を出た。
残りは、洛陽付近に駐屯させていた。
神域にも近く、補給も受けられる。
夜明け前の洛陽を出発し、
許昌へ向けて馬を走らせた。
廠は、許昌へ向けて馬を走らせらながら、呟く。
「タイムマシンを壊せるのは、織だけだ」
織は廠の横で、黒い塊の方向をじっと見つめていた。
「…感じる。あの塊…まだ」
廠は頷いた。
「行くぞ。回路を断つ」
夜明け前の空に、黒い裂け目が薄く光っていた。
まるで――
次の異形が、こちらを覗いているかのように。
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許昌近郊の原野。
巨人の死骸が横たわり、黒い霧が風に流されていく。
そこへ、馬の蹄音が響いた。
「廠殿だ! 廠殿が来られたぞ!」
曹操軍の兵たちがざわめき、
廠、織、そして紅陽を先頭にした
神軍の一団が姿を現した。
曹操は馬を進め、廠の前に立った。
「廠殿、よく来てくれた」
廠は馬を降り、曹操に一礼した。
「曹操殿。伝令を受け、急ぎ参りました。
巨人は……討たれたようですね」
曹操は頷き、巨人の死骸を指した。
「許褚がやってくれた。
だが――」
曹操の視線は、
原野の中央に浮かぶ“黒い塊”へ向いた。
廠もその方向を見つめ、眉をひそめる。
「……まだ、消えていないか」
織が廠の隣に立ち、静かに言った。
「廠……あれ、まだ“繋がってる”。
洛陽のものと同じ……でも、もっと深い」
紅陽が馬上で槍を握りしめる。
「なら、壊すだけだ」
曹操は苦笑した。
「紅陽殿……まだ本調子ではないと聞いたが」
紅陽は肩をすくめた。
「この状況で、寝てはいられません」
廠は紅陽の肩に手を置いた。
「無理はするな。だが……頼りにしている」
紅陽は笑った。
「お任せください」
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廠、曹操、織、紅陽、夏侯惇、夏侯淵、許褚。
主要な将が黒い塊の前に集まった。
塊は脈動を続け、まるで心臓のように鼓動している。
廠が槍を構え、試しに突き出す。
――すり抜けた。
曹操が言う。
「我らの武器では、どうにもならぬ。
廠殿、織殿……洛陽でのように、何か分かるか?」
織は目を閉じ、塊に手を伸ばした。
「……これは……洛陽のものより“深い”。
時空の奥にある……“本隊”に近い回路」
廠は息を呑む。
「核に繋がる……回路か」
織は頷いた。
「うん。でも……今は斬れない。
洛陽の時とは違う。“鍵”がまだ揃ってない」
曹操が眉をひそめる。
「鍵……とは?」
廠は静かに答えた。
「核を破壊するための条件……
まだ、何かが足りないということです」
紅陽が槍を肩に担ぎ、塊を睨む。
「では、いかがなされますか?」
廠は塊を見つめ、ゆっくりと答えた。
「……戦いは、まだ続く。
だが今は、ここを守り、情報を集めるしかない」
曹操は頷いた。
「ならば、許昌は我らが守る。
廠殿は核の手がかりを探してくれ」
廠は曹操の手を握った。
「曹操殿……感謝します。
必ず核を見つけ、この戦いを終わらせる」
曹操は力強く頷いた。
「期待しているぞ、廠殿」
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夕日が沈み、原野が赤く染まる。
黒い塊は、まるで呼吸するように脈動を続けていた。
廠は塊を見つめながら呟いた。
「……核は、必ず見つける。
異形の回路を断ち切り、未来を変える」
織が廠の隣に立つ。
「廠……一緒に行こう。どんな未来でも、二人で」
紅陽が笑う。
「殿、私もおります」
曹操は空を見上げた。
「異形との戦いは、まだ続く。
だが……我らは負けぬ」
風が吹き、黒い塊の表面が揺らめいた。
まるで――
次の戦いの幕が、静かに上がろうとしている
かのように。
今度は三国志の真っただ中にいます
完
次回作へ続く。




