番外編 元筆頭魔術師たちの物語
人のいない山奥になぜかものすごく豪華な屋敷が一軒建っていることを知る者はいない。
その場所には一年中花が咲き乱れ、小鳥たちは幸せそうにさえずっている。
そこに暮らしている二人は、王国にたった一人しかいない筆頭魔術師の経験者だ。
だから、普通の人間にはなせないようなことも二人にかかればいとも簡単に叶ってしまう。
「……ここ?」
それは、私とアルベルトが結婚してから半年後のことだ。
唐突に届いた真っ白な封筒からは、薔薇の香りが漂っていた。
そして流暢な字で屋敷に招待する旨が書かれていたのだ。
「まだ生きていたか」
アルベルトはそんな言い方をしながらもとても嬉しそうだった。
それはそうだろう。なんだかんだ言ってもアルベルトは、フール様を尊敬していたのだから。
おそらく私がそういえば「尊敬なんかしていない」と答えることは容易に想像できるにしても……。
アルベルトに頼んで作って貰った移動の魔法陣。
フール様に譲って貰った魔石にため込んだ魔力を使うのは今しかないと、全部つぎ込んだ私は、一軒の大豪邸の前に立っていた。
薔薇の甘いかぐわしさが風に乗って流れる庭。
その庭の真ん中に、懐かしい金色の髪にエメラルドグリーンの女性が笑顔で立っていた。
「レイラ様!」
「お久しぶりね」
レイラ様は幸せそうに微笑んだ。
なんとなく、柔らかい雰囲気になったと思いながらもう一人を探す。
けれど、どこにもその姿は見当たらず私は徐々に不安でいっぱいになってきた。
「あの、ま、まさか……」
時間が少ないと口にしていたフール様。
もしやすでに……。その想像は、軽やかな笑い声に霧散した。
「ふふふ。あなたが来るからって、久しぶりに街に向かったのよ」
「な……なんだ」
「あの人案外しぶといから。まだ、大丈夫だと思うわ」
「……」
問題は完全に解決していないのだと思いながらレイラ様を見つめる。
けれど、暗い表情なんて少しも浮かべることなくレイラ様は微笑んだ。
「時間があとどれくらい残っているかなんて、誰にも推し量れないでしょう」
「それはそうですけど……」
「もちろん、残された時間を有意義にという意味では考える必要があるけれど、それだけでは楽しくないもの」
そういえば、いつもきつめに巻いていたレイラ様の髪がストレートになっている。
風になびけば、まるで金色の光が煌めいているようだ。
「……綺麗です」
「あら、以前の方が美しく着飾っていたわ」
「……でも、今のレイラ様の方がずっと」
「そう? でも、フールもそう言うのよ?」
レイラ様は幸せそうに笑い、つられて私も笑顔になった。
「ところで、アルベルト・ローランドは忙しいの?」
「ええ、筆頭魔術師ってとても忙しいのですね」
「うーん。私のころは周囲の小競り合いを統一するのに忙しかったけれど、そこまで権力が集中していたわけではないから……」
頬に手を当てたレイラ様がコテンッと首をかしげた。
なんとなく、バラバラだった記憶と人格が融合してレイラ様はよりレイラ様らしく成ったように思える。
そのとき、頭上に影が差した。
上を見れば、白銀の髪に銀色の瞳をした美しい男性が一人ふわりふわりと空から降りてくる。
「まあ、フールったらまた魔力の無駄遣いをして」
レイラ様がため息をついた。
それはそうだろう。フール様は魔力がなくなってしまったのだ。
空を飛ぶなんて魔石に込めた魔力をどれだけ消費するか想像もつかない。
「久しぶりだね。元気そうじゃないか」
「ええ、おかげさまで……。フール様は?」
「この通り、なんとか生きているさ」
「……」
「そんな顔しないでくれないか? そもそも僕らは君たちの十倍どころかそれ以上生きている。いつ終わりが来てもそれは些末なことだ」
「……」
「まあ、未来ある若者に言ってもわからないことか……」
フール様は楽しそうに笑って、一つの魔石をレイラ様に差し出した。
「ほら、欲しがっていた竜が隠していた魔石だよ?」
「まあ……。あら、仮説通り使い魔と同じ魔力を帯びているわね」
「そうだね。竜もあちらから来た高位の存在と言うことか」
「その仮説、詳しく聞かせてください!」
結局私たちは夜遅くまで、竜と使い魔のいる世界は同じなのではないかという仮説について議論した。
そして私は、その日帰る予定だったにもかかわらず寝落ちしてしまった。
***
「やあ、アルベルト」
「……お前が準備不足だったせいで寝る間もない」
「できる限りしたつもりだったけど……。君の実力が不足しているんじゃないか? やっと僕の偉大さが……」
「はあ、偉大だったことを実感しているよ」
「えっ……。君が素直なの気味が悪い」
「褒めたときくらい素直に受け取れ」
アルベルトが私を抱きかかえて立ち上がる。
「この距離を二人で移動するなんて無茶するねぇ……」
「それなら、もう少し近くに住めば良い」
「はは。検討しておく」
――気がつけばローランド侯爵家の夫婦の部屋のベッドにいた。
隣ではアルベルトがぐっすりと眠っている。
魔力が枯渇したに違いない……。
その寝息が規則正しいことを確かめて、私はそっと寄り添いもう一度眠りについたのだった。




