【番外編】押しかけ花嫁さんと田舎のおっさん男爵、街道を行く・中編
番外編の中編です。
「ふう。」
雑踏の中でひとりきりになったクライバンは汗を拭う。
「旦那さまはそのままで素敵ですのに、どうしてお顔をお隠しになるの?」
寂しそうに言うオリビアに、街の人が怖がるといけないから、と兜を被り顔を覆った。
しかし、実際は長らく田舎の屋敷に引きこもっていたクライバンは人前に出るのが恐ろしく、顔を覆えば、何かに隠れているような気がして安心できると思ったからだ。
このアイディアは正解だった。
さっきから女達がニヤニヤしながら俺の事をバカにしているような気がするのを、聞こえていないフリをして早足で歩いているが、顔を晒していたらとてもじゃないができない技だ。
目が泳いでオドオドしている顔をオリビアにも道行く人にも見られずに済んで本当に良かった。
それにしても、久しぶりに街へ訪れてみると、物価の高さに驚いてしまう。
尼僧院の宿坊は聖戦士ファン・シアーのおかげで割引き料金が適用されたが、それでも目玉の飛び出るような金額だった。
使用人のレベッカに教えてもらった話題のスイーツも、クライバンの考えていた夕食代をも軽く凌駕する金額で、金を払う手が震えた。
この様子だと、船賃も相当値上がりしていそうだ。
街の外れの方まで来てやっと、このくらいならまあ出せるかな、という値段の屋台を見つけたが、殺人も可能かと思えるほどに固いパンに、どこかの残飯のごった煮のようなスープしかない。
この金ならば俺の領区の食堂ならば、山盛りのミートボール入りスパゲッティが食えるぞ。
クライバンは憤慨して屋台を後にした。
そして、背嚢から茹で卵を取り出して頬張りながら、今更ながら、コッコちゃんを置いて来るべきではなかったと悔やんだが、後悔先に立たずだ。
アンドルーに手紙を書いて金を送ってもらうこともできるが、それもまた仕送りが足りなくなった学生みたいで、良い大人が情けない話だ。
みちみち、薬草採りや包丁の研ぎ直しでもしながら日銭を稼ぐしかない。
差し当たり、今夜は金を節約する為に野宿をしたいが、街の外とは違い、路上生活関係のみなさんの縄張りもあるので適当に寝る訳にもいかない。
こんなに大きな港町ならばアンドルーの会社の支店くらいはあるだろうが、自分がアンドルーの知り合いだと証明する手段もない。
尼僧院へ戻り、寺男に頼み込んで厩を使わせてもらおうか。ファン・シアーの知り合いだと言えば何とかなるかもしれぬ。
持つべき者は尼僧院にコネの効く友だ。
そんな事をあれこれ考えながら夜の街をうろついていると、
「戦士さま、ちょいと寄っておいきなさいよ。」
またも女に声をかけられた。
冗談ではない。俺には許嫁がいるのだ。それに、後からいかつい美人局が出てきて怖い目に遭うに決まっている。
実際にはクライバン以上にいかつい男などそうそういないのだが、昔むかし、まだ駆け出しな頃、美女に誘われるがままにふらふらとついて行き、よほど痛い目をみたのだろうか。
許嫁の話をしてもでっち上げだとバカにされるに決まっているから、クライバンはひと言、
「金がない。」
と、言うに留めておいた。
「けっ、お高くとまりやがって、この能無しが! 役にも立たないもんぶら下げやがって!」
女は急に態度を変え、吐き捨てるように言った。
(ううう、怖い。)
武装もしていない、あんなにか細い娘が、よくもまあ俺のような戦士に向かってあんな罵詈雑言を浴びせる事ができるものだ。俺が逆の立場ならばとても無理だ。
やはり女は怖い。
足速にその場を去ったクライバンの後ろを、
「おっさん、金が無いなら用立ててやろうか?」
そう言って肩を叩く者がいる。
振り返ると、入れ墨だらけの顔をした、えらく人相の悪い男がニンマリ笑いながら立っていた。
両腕にも入れ墨が刺されていて、元々の皮膚の色もわからなくなっている。
(ひいっ……こ、怖い……。)
クライバンは顔を覆う兜を着けていて本当に良かったと思った。自分の素顔の方がよっぽど怖いのだが、男の凶悪な顔に思わず立ちすくんだ。
(何の用だろう。早くあっちに行ってくれないかなあ。)
クライバンがものも言わずに突っ立っていると、男は勝手に話だした。
「ちょいと俺に着いて来たら、お白いを塗ったお姉さんと一晩過ごすくらいはわけなく稼げるぜ。」
なんだ、恐喝じゃないのか、びっくりさせるなよ、と安堵したものの、いかにも胡散臭そうな話だ。おおかた俺が宿無しのちんぴらと勘違いでもしているのだろう。
「悪党の片棒を担ぐ気はない。なんなら、あんたをここでぶった斬ろうか?」
緊張を悟られないよう、早口でブツブツと言ってみたものの、こんな街中で斧を振り回したら騒ぎになるのは必須、尼僧院にご迷惑がかかってしまう。
それに人間を斬るのはやはり怖い。
「はははははっ!」
しかし、男は破顔した。クライバンの肩に腕を乗せ、声を落とした。
「まあ、そう思われても仕方ねえな。残念、俺も悪党をぶった斬る方だ。ほら。」
男は腕に着けている皮の小手の下に隠れている腕輪をちらっと見せた。この街の警備を担う騎士団の紋が入っている。
職人のクライバンにはそれが本物である事はひと目でわかった。腕輪が穢れている様子もないから、盗んだ物でもないだろう。
「あ、いや、これはとんだご無礼を。」
「まあまあ」
男は周りを気にしながらクライバンの詫びを制す。
「良いってことよ。さっき、あんたがお姫さまを尼僧院に送り届けてるのを見てたんだ。あそこに繋がりがあるって事は、まともな人種って事だろ?
じつは、その先でちょっとした手入れをやるんだが。」
「手入れ?」
「廻船屋なんだが、それを隠れ蓑にして密輸や密売をやってるんだ。どうやら、内通してる奴がいるらしくて騎士団に応援は頼めない。向こうは用心棒に魔導士くずれを何人か雇ってることがわかってさ、人手が必要なんだ。」
「魔導士か。」
クライバンは頭を巡らせる。魔導士相手なら接近戦になることもない。間違えて殺してしまう心配もないだろう。
相手が魔法をかけ損じて自分の魔法でやられる事もあるかも知れんが、こちらの知った事ではない。
「魔導士は引き受ける。後はそっちで勝手にやってくれ。」
クライバンがそう言うと、男は満足そうにまたニンマリ笑った。
「そうこなくちゃな。さっきも言ったが礼なら弾むよ。俺は、バブズ。そっちは?」
「マルカムだ。」
「へええ。」
バブズと名乗る男は面白そうに目を見開いた。
「『鍛冶屋のマルカム』か。そう言えば雰囲気似てるな。いや、実物なんか知らねえけどさ。さては、意識してるな、おっさん。いい歳こいて。」
「い、いや違う、そう言う訳では……。」
「気にすんな。何も本名を言う必要もねえよ。咄嗟の時にどう呼んだらいいかわからないと困るから聞いただけさ。よろしくな、マルカムさんよ。」
「…………。」
「仕事にかかる前に腹ごしらえといこうか、奢るぜ。こっちだ。」
バブズは顎で行く先を指し、歩き始めた。
「何? 良いのか? かたじけない。」
変な残飯スープなんか買わなくて本当に良かった。俺はついているぞ。聖女様のご加護の賜物に違いない。
それにしても、廻船屋か。押収した船を一艘もらえないだろうか?そうしたら船賃も必要ないのになあ。などと、割と図々しいことを考えながら、クライバンはバブズの後を着いて行った。
後編に続きます。
次章こそ最終回です。
ゆるゆる恋愛ものに相応しいラストになるよう頑張ります。




