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オリビアがティーポットのお茶を替えようと席を外した隙を見て、オリバーは相変わらず撫然とした面持ちでクライバンに言った。
「お前のことは気に入らんが、娘を大切にしてくれてはいるようだ。それに、成人前の娘に手を出すような真似はしていないとみえる。」
「ぶっ。」
クライバンはお茶を噴き出した。
そんな事までお見通しとは、魔導士とはまことに恐ろしい。
オリバーはふんと鼻を鳴らした。
「日取りはおいおいこちらで決める。こちらにも都合がある。
実は……。」
オリバーは窓へ目を向け外を見た。
「そう遠くないうちに、西の果てから先代の聖女様がご帰還されるはずだ。
エルフの叡智を借りて選ばれし、次なる聖女の名を携えて。」
あっ、と、クライバンとアンドルーは互いに顔を見合わせた。
ファン・シアーが辺境で感じていた異変の理由はこれだったのか。
オリバーは先を続ける。
「そうだよ。聖女様の代替わりがあるのだ。
すでにざわざわと人の心が波打ちはじめている。
誰が選ばれるのか、誰が選ばれないのか。
様々な憶測が飛び、利権を巡って対立が起こりはじめている。
そんな人の心の隙をつき、魔物は力を蓄える。
思えば、俺もその隙をつかれたのかも知れん。
はじめは取るに足らないことからはじまり、少しずつ、蝕まれる。そのうち取り返しがつかなくなる。
つつがなく代替わりを終えるまで、アリントン家は聖女様を、聖都を、お支えせねばならぬ。
其方らの婚儀は無事に代替わりを見届けてからだ。
都合よく、
今回も都合よく勇者が現れるとはかぎらんのだからな。」
勇者……。
そうだ、と、クライバンは目を閉じた。
俺は、どこかで再び勇者殿とお会い出来る日を待っていた。
それが何を意味するかを、ろくに考える事もせず。
辺境の片田舎に、突然出現したあの方。
旅先でアンドルーが見い出すまでは、当時は誰もあの方のことを知らなかった。
この世界の危機に、聖女様が召喚されたのだと人々は噂したが、聖女様はそれについては肯定も否定もせず、真相は誰にも分からないまま、あの方は何処かへ「帰ってしまった。」
しかし、再び勇者殿のお手を煩わすことなどあってはならぬのだ。
自分の力で愛する人の棲まう世界を健やかに保つのだ。
それは、この命をかける価値のあることだ。
「心得ました。
有事とあらば、誰よりも先に参じます。」
戦士クライバンは言った。
「うむ。」
オリバーもそれに応えると、茶をひと口すすった。
先代の聖女の旅に同行している女戦士の名を口にするか、否か、オリバーは一瞬、迷ったものの、結局はそれだけ言うに留めておいた。
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「よく似合うよ。」
洋品店の試着室からローブを着て出てきたベロニカにアンドルーは言った。
「世界でも指折りの魔法学校の制服に袖を通した気分はどう?」
十一歳になったベロニカは、この秋から全寮制の魔法学校への入学が認められた。
公務に忙しい父や、その方面にはまるで明るくない夫人に代わり、アンドルーがベロニカの支度を手伝っていた。
「あんなとこ、牢獄も同じだわ。」
ベロニカはふん、と鼻を鳴らしたものの、鏡に映る自分の姿はまんざらでもないらしい。
「でも、学校にいる間は魔法は使い放題なのよね。」
「その代わり、学校の外で使えば即、退学ですからご注意下さいね。私のローブを無駄にしないで。」
ローブの裾をつめていた店の夫人が悪戯っぽく笑った。
「冗談じゃないわ。」
ベロニカはもう一度鼻を鳴らした。
「あーあ、おじさんのお船に乗せてもらって外国へ行くのも当分先の事ね。」
アンドルーは小さな友に笑いかける。
「大丈夫だよ、我がアンドルー商会は信用第一。約束はちゃんと守るよ。
そのうちにね。」
「そのうちにね。」
二人は同時に言った。
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「ようし、完璧だ! さすがはおっさん。」
クライバンが鍛え直したふたふりの白金の大太刀を諸手で軽々と振り回しながら、ファン・シアーは声を弾ませた。
辺境で度々起こる異変の原因が聖女の代替わりが近い事だと知り、張り切っているのだ。
「理由がわかればどうって事はない。魔物だろうが、死霊だろうが、この手で穢れを清め、祝福を授けてやるから覚悟していろ!」
「お前にやられる魔物どもは幸せだな。」
クライバンは苦笑した。
「そうよ、二度と地獄の門はぐぐらせないぜ、聖戦士の名にかけて、残らず昇天させてやるさ!」
聖戦士ゾゾム・ファン・シアーは、褐色の肌から白い歯を覗かせニヤリと笑った。
「じゃあな。また頼むぜ。あ、いや、しばらく鍛冶屋は休業だっけ?」
「……まあな。」
クライバンは、先日ファン・シアーが持って来たきり置きっぱなしになっている大斧を見た。
彼が戦士を廃業した時にファン・シアーに譲った大斧を。
次章は最終回になりますが、オマケの短編へと続きます。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございました。
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