46
「俺のせいだ。オリビアの事はアビゲイルに任せきりだったし、アビゲイルが去ってからは……誰もきちんとこの子を見てやる者はいなかったようだから。
アビゲイルとの思い出の品でもあるその書物に、オリビアが並々ならぬ親しみを抱いているのも知っていたから、手元に置くのをつい許してしまったのだ。オリビアよ。」
オリバーは娘の方を向いた。
「お前の母の残したこの書物はアリントン家のものだ。お前にとっては同じ事かもしれんが、この書物は聖都に在らねばならぬものなのだ。聖女様のお膝元にな。」
「そうでしたのね。」
オリビアは寂しそうに呟いた。
オリビアは、ここへ来る時に通行手形を購入するのに売ってしまった、母の形見の絹の手袋の事を考えていた。
この書物を手放すとなると、母との繋がりがなくなってしまうような気持ちになった。
けれども、そう言う事情ならば仕方がない。むしろ、門外不出の書を今まで手元に置かせてもらえただけでも父に感謝するべきだ。
「わかりましたわ。この書物はお父様がお持ち下さいな。」
「すまぬ。」
オリバーは娘に頭を下げた。
ずっと放置していた娘から母の形見まで取り上げてしまう残酷な自分を、父と呼べるものだろうかと自問しつつ。
「ようございましたな、お父上。それがしも誤解が解けてひと安心でございます。」
しかし、クライバンに父親呼ばわりされるいわれはそれ以上にない。
オリバーはオリビアの横でホッと安堵しているおっさんに厳しい目を向けた。
「しかし、魔力を持たざるオリビアにはわかる筈もなかろうが、見たとこ、お前さんにはこの本が反応する程度には魔力が宿っているようだ。それにも関わらず気がつかんとは情け無い。そんな事だから、いつまで経っても平民上がりの田舎者と聖都の人間からバカにされるのだ。」
「くうっ、お恥ずかしい。面目しだいもございません。」
義父の鋭い指摘にクライバンは返す言葉もない。
もちろん、ここ最近の精霊達のただならぬ気配をクライバンも感じてはいた。
しかし、それ以上に若く美しい花嫁が出し抜けにこんな田舎暮らしのおっさんの元へやってくる事のほうがずっと異常事態だったので、ほとんど気にも留めなかった。
それどころか、公爵家の護符の書を鍋敷きや漬け物石に使っていたとは、悪党呼ばわりどころか、謀反人としてお縄になっても文句は言えまい。
使っていたのはオリビアだが、この義父にはそんな言い訳は通用しないだろう。
クライバンは義父に頭を下げながら冷や汗を拭った。
「それから、妻から出奔して行方知れずになったと聞いたのを鵜呑みにしていたが、所在もわかった事だし、オリビアの除籍願いを取り下げる。」
オリバーは、城代アンドルーの方を向き、極めて事務的に言った。
「お父様!」
「お父上!」
オリビアとクライバンは同時に声をあげた。
二人の仲を知ったうえで、オリビアの除籍を取り下げると言うことは、オリビアをアリントン家から正式にクライバン家へ嫁がせることを意味している。
オリバーは娘に顔を向けた。
「オリビアよ、今までのことは償っても償いきれるものではないが、公爵家の名に恥じぬよう、できるだけの支度はさせておくれ。そしてこれからも義妹のベロニカを支えて欲しい。」
「もちろんですわ。お父様。」
オリビアは駆け寄り、オリバーを抱きしめ、頬にキスをした。
父にこんな事をするのは、本当に小さなころ以来だった。
「オリビアはやっぱり、大きくなっても父様のお嫁さんになるのはやめておきます。」
小さなオリビアは父の膝の上でそう宣言した。
その手には先日せがまれて買ったばかりの書物、『勇者の勲』がしっかりと握られている。
「ほら、このご本に出てくるマルカム・クライバン男爵様のお嫁さんになる事にします。だってほら、恋人に去られて、ひとりぼっちで森に住んでいるなんてお可哀想だわ。」
「ならぬ。公爵家と男爵家では格が違いすぎる。」
「まあ、あなたったら、そんな小さな娘の話を間に受けて。」
アビゲイルが笑ってたしなめた。
「だめなものは、だめだ。そんな田舎者のところへ娘をやれるものか。」
オリバーは膝の上の娘をぎゅっと抱きしめ、ほっぺたにキスをした。
「よかった、よかった。本当に良かったですな、オリビア殿、お父上。」
感涙にむせびながらいかつい顔を歪めてそう言うクライバンをオリバーは一蹴した。
「お前のようなおっさんに父などと呼ばれる覚えはない!」
あと二章ほどでこのお話も終わりになります。
たくさんの方に読んでいただき、とても励みになっています。もう少しお付き合いいただけたら嬉しく思います。




