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頭の割れるようなこの痛みには覚えがある。
そう、魔王と対峙したあの日。
つるつるした板を爪で引っ掻いたような奴の声は耳を塞いでも頭に直接響いてきて、その度激しい痛みが身体中を襲った。
圧倒的なその力を前にして、俺の膝は恐怖でががくがくと震え立っているのもやっとで、俺は完全な足手纏いだと悟った。
せめて、殺られる前に一撃でも喰らわせて奴の体力を奪いたい。しかし、俺の力では奴の間合いに入ることすら出来ないだろう。
一秒でも時間を稼ぎ味方に攻撃の隙を与えること。あるいは、数億分の一でも奴の攻撃力を奪うこと。
この俺にできる事と言えばそれだけだった。
歯の根が合わないほどに震えていたのに、自分がどうやって勇者殿の前に立ち、盾となり得たのかはっきりとは覚えていない。
ひょっとしたら、一目散に逃げ出したところを撃たれたのだろうかと思ったくらいだ。
「それなら背中に大怪我をしているはずだよ。」
目を覚ました俺に、勇者殿は笑ってそうおっしゃった。
「なぜあんな無茶をしたの?」
自分が勇者殿の盾となった事すら覚えていない俺には理由を聞かれても答えられない。
ただ、もし理由があるとするならば、俺はこれ以上見たくなかったのだろうと思う。
勇者殿が倒れる姿を。
「僕はこの世界では死なないんだ。何度でも復活できる。君だって知っているだろうに。」
「しかし、私は勇者殿がお倒れになる姿を何度も見ました。何度も何度も見ました。」
涙を流す俺に、勇者殿はこの上もなく優しい眼差しをくださった。
「そうだったね。いつも一番心配してくれていたのは君だったね。」
さて。と、勇者殿はお立ちになる。
「そろそろ帰らなきゃ。本当はもっと早く帰るつもりだったけど、君が目を覚ますまではと思っていたから。」
「どちらへおいでになるのですか、お戻りはいつですか。」
勇者殿は俺の問いかけには答えず、にっこりと微笑むと背を向けられた。
「どうか私をお連れ下さい。どこまでもお供しますとお誓い申し上げましたのに。」
俺は身体を横たえたまま、遠ざかる勇者殿の背中に向かって訴えた。
しかし、勇者殿はとうとうこちらを振り返る事はなかった。
再び、割れるような頭痛が襲う。
この痛みには覚えがある。
そう、魔王と対峙をしたあの日。
⁂⁑⁂⁑⁂⁑⁂
「いででででで…………。」
痛みで目を覚ましたのか、目を覚ましたから痛みに気がついたのか、脈に合わせてドクドクと、こめかみから奥歯から激痛が襲いクライバンを苦しめる。
何日も飲まず食わず、寝る間も惜しんで工房に篭り、その上、ろくに呑めもしない酒をグラスに二杯も一気に飲み干したのだから、これくらいは当たり前だろう。
気がつけば、いつの間にか自室のベッドに横たわっていた。
「ああ、俺は一体、何をやっているのだ……。」
クライバンは頭を抱えて唸った。
「とりあえず、水、水はどこだ……。」
「お水ならここに。」
「ああ、すまん。」
口元にカップが差し出されたので、クライバンはカップに添えられている手ごと引き寄せ、喉を鳴らして水を飲んだ。
「ふー。」
ひと息ついて、カップを差し出した人物を見やると、手をこちらへ伸ばしたオリビアが目を伏せて頬を染めている。
オリビアの手はブリキのカップごとしっかりとクライバンに握られていた。
「おわあああっ!! 」
クライバンは手を離して飛び起きた。
「し、し、失礼しましたっ! 」
「いいえ。」
オリビアは俯き頬を染めたまま、握られていた手を胸に当て蚊の鳴くような声で囁いた。
「いでででで……うぅぅ。」
大声を出したクライバンの頭にまたも激痛が走り、頭を抱えた。
「ずいぶんお疲れでいらっしゃるようですので、しばらくゆっくりとお休み下さい。」
まだ顔を赤くしたまま、オリビアはクライバンのはねのけた掛け布団を直し、ずきずき脈打つこめかみに氷嚢を当てた。
「かたじけない。」
クライバンはそう言って目を閉じた。
いや、そうじゃなくて。
俺はオリビア殿に大切な話があるのだ。
こんなふうに優しくされたからと言って、満ち足りている場合ではない。
とても大切な、大切な話があるのだ。
しかし、もうこれ以上は何も考える事ができなかった。
冷たい何かが額に触れたので、それを手に取り傷痕の残る頬に押しつけた。
オリビアの白い手は、熱を持ち脈打つ傷痕にひんやりと心地よく、クライバンを眠りに誘った。
いつもお読みいただきありがとうございます!
おっさんも幸せそうなのでここで最終回でも良いくらいですが、もう少し続きますので、引き続きお楽しみいただけたら嬉しいです。




