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オリビアが素顔を見ても変わらず自分を慕ってくれる事がわかったものの、クライバンは相変わらず工房に籠もっていた。
辺境伯から請けている仕事がたてこんでいたのももちろんだが、屋敷内で鼻を伸ばして若い恋人とイチャイチャしているところをアンドルー他使用人達に見られるのが気恥ずかしかったのもあるし、何よりも、昼間の日の光の下でオリビアと顔を合わせるのはまだ怖くもあった。
月が明るく照らしているとは言え、闇夜の下で見えるものには限界があるだろう。
傷痕なんかなくても、元々アンドルーのような男前とは程遠い容姿だし、そもそもおっさんである。至近距離に耐えられる自信はなかった。
それに、野外の草木の香りやどこからか漂ってくる馬糞の匂いに紛れれば、自分の体臭もごまかされるような気がする。
オリビアにとっても、子供の頃にさんざん読んだ物語の恋人達がするような月夜の密会は、ロマンチックでありながらも刺激的で、今のところは充分に満ち足りていた。
そんなこんなで、クライバンとオリビアが会うのは相変わらず夜の庭や森だった。
「お待ちし申し上げておりました。」
オリビアはいつもブラックベリーの絡まる木戸のところで待ってくれていてくれ、恥じらいながらそんなふうに出迎えてくれる。
クライバンが前の晩に贈った花を髪や腰のベルトに指してくれている事もあった。
それを見ると、クライバンは年甲斐もなく胸がきゅんとなる。そして、そのうちにこんな花などではなく、宝石をあしらった指輪を贈ってあげるのだ、と心に誓うのだった。
オリビアは昼間に使用人達と控室でいただくおやつや、夕食の残りをサンドイッチにしたりして持って来てくれた。
またある夜は、葉っぱに乗せた早生の木いちごを口に入れながら、二人は並んで倒木に座り月を眺めた。それだけで二人にとっては何ものにも替え難い至福の時だった。
クライバンは特に空腹な訳ではないが、可愛い恋人から差し出されるおやつを拒むはずもなく、幸せな人はこうやって太ってゆくのだな、と思いながらも勧められるがままに口に入れていたので、仕事の忙しい合間をぬっての肥満防止のトレーニングも新たな日課に加わった。
来るべき時が来れば、夜におやつを食べる以外の行為をする事になるはずだ。
きっと来るはずだ。
そんな大事な場面でぷにぷにしていたら、いたく失望させてしまう事だろう。
いえ、これはあなたが食べさせたおやつによるものです、などと言い訳をしたところで納得してはくれまい。
おっさんばかりはどうする事もできないが、それ以外に関しては持続可能な取り組みで多いに改善の余地があるはずだ。
さて。
森の中にある倒木はすっかり二人の愛を語る場所になっている。
もっとも、クライバンに愛を語れるはずもなく、剣だの槍だのの材質や強度についての取り止めのない話をして聞かせるのみだったが、それすらも尽きてしまうと、もう何を話して良いかわからない。
「そう言えば、使用人達に行儀作法を教えて下さっているんですって?」
さすがに黙りきりではそのうち愛想を尽かされてしまう。
クライバンは何とか話題を探して話しかけた。
「はい、私自身未熟者ですが、少しでも皆さんのお役に立てればと思いまして。」
「オリビア殿がここの暮らしに慣れたらいずれそう言ったこともお願いしたいと考えていましたのに、ご自分からなさって下さるとは、大した機転の利くお方だ。」
「そんな、めっそうもございません。自分の未熟さに恥いるばかりですわ。なぜクライバン様は私のようなふつつかな娘をご所望になったのかしらと。」
ベロニカに指摘されて始めた事を自分の手柄のように褒められて居心地の悪いオリビアは、そんなふうに言った。
思えば、あの時に無理をして余計な話をしないでいつものように黙って座っていれば良かったのだ。
人嫌いに加え、長年、武器職人という対人スキルをそれ程必要としない仕事に就いていたせいか、おっさんのくせに、否、おっさんだからこそと言うべきか、こういう場合は、質問者が文面通りの回答を求めている訳では無いことに、クライバンは気がつかなかった。
「いえいえ、何をおっしゃるのですか、そんなことはありませんよ。」
そんなふうに言って笑いかけるだけでオリビアは満足してくれただろう。
しかし、起こってしまった事は仕方がない。こぼしてしまった水は盆の中に戻す事はできないのだ。
クライバンは自身の知りうる情報を提供する事こそ、誠実の証とばかりに語り出した。
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