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「アンドルー!! 」
厩から出てきたオリビアは、城代の名を叫びながら屋敷の敷地内を走り抜ける半裸の女を見かけ顔を曇らせた。
「サーカスの空中ブランコ乗りかしら? いやだ、こっちへ来るわ。」
桶を持ってぽかんとこちらを見ている女に気がついたファン・シアーはオリビアに駆け寄った。
「おい、君。アンドルーはどこにいる?」
「アンドルー様でしたら、この時間は執務室においでですが。」
オリビアは警戒しつつも答えた。
「そうか、わかった、ありがとう。おや、それを運ぶのか? 貸したまえ。」
ファン・シアーは、爽やかな笑みをオリビアに向けると、さっと馬糞の入った桶をオリビアから取り上げた。
「いえ、めっそうもありません。」
恐縮するオリビアに
「良いから、良いから。あっちへ運べばいいんだね。」
と、褐色の肌から覗く白い歯をキラキラとさせて言う。
「ご親切にありがとうございます。」
馬糞を運んでもらったオリビアは深々と頭を下げた。
「お安い御用さ。君のような女性にこんな物を運ばせて、ここの屋敷の男どもはどうしようもないな。また何かあったらいつでも言ってくれ。じゃ。」
ファン・シアーは人差し指と中指を額にかざしオリビアに軽く挨拶をすると、再びアンドルーの名を叫びながら走り去った。
「素敵な方……私とした事が、お名前を伺うのを忘れていましたわ。」
第一印象とは全く違う華麗な長身の美女をオリビアはうっとりと見送った。
聖戦士ファン・シアーには、昔から女性ファンが多いのだ。
「アンドルー!」
屋敷の執務室で書類に目を通していたアンドルーの前に、半裸の女が飛び込んで来た。
「そんな格好でウロウロするなと言ってるだろ。屋敷の品位が下がる。」
アンドルーは書類から目を離さずに素っ気なく言った。
「この、ボンクラ! お前がついていながら何という体たらく!」
ファン・シアーはアンドルーの手から書類をひったくった。
「何だとお? いきなり半裸でやってきた変態女にそんな口を利かれる覚えはないぞ。」
「おっさんが女に指輪をやるとか何とか、寝ぼけた事言ってんだ! おっさんどっか悪いんだろ? オーバーワークでオカしくなって、超えてはいけない境界を越えちまっただけなんだろ? そんなになるまで働かせちゃダメじゃないか!」
アンドルーはこめかみを抑えた。
だから俺は嫌だったんだ。面倒は避けたかったんだ。
しかし、アンドルーはファン・シアーから書類を奪い返すと、知らぬ顔を装って言った。
「奴がオカしいのは前からだ。指輪の女は何と言ったらいいのか、俺にはわからん。」
額に青筋を立てていたファン・シアーの顔が、少しだけ緩んだ。
「そ、そうか。恋人とかじゃないのか。じゃ、お母さんへの贈り物かな? 母の日の。」
「どうやら、その人は奴の妻になるつもりらしい。」
しかし、アンドルーのその答えに
「妻あ!? こん畜生、どこの馬のホネだ!」
と、口から火を吐かんばかり。
「聖戦士殿の口から出たとは思えない、神を冒涜する言葉を発しますなあ。」
「いいから、質問に答えろ!」
「アリントン公爵家の令嬢だ。」
公爵家の令嬢ーっ!?
一体この世に何が起こっているのだ!
「ババアか!? 」
ババアはお前だ、と言いたいところだが、それを言ったらさすがに命は無いのでアンドルーは黙っている。
「確か、十七歳とか。もうじき成人だから、それを待って婚儀ということになるかな。」
じゅうななあー!?
世の中の秩序が乱れつつあるのか!?
ファン・シアーは喘ぎながらもさらに問う。
「あれか、性格の悪い高慢ちきな悪役令嬢が婚約者の王子の怒りに触れて罰として田舎のキタナイおっさん男爵の嫁にやられたんだな。」
「失礼だぞお前。」
「だって、だって、不自然だろ!? あんな、おっさんで、武器オタクで、目を合わせて話もロクにできない奴なんかを!! 」
「ほんとに失礼だぞ、お前。」
「あんなおっさんを好きになる奴なんか、いる訳ないだろ!? 」
ファン・シアーは悲鳴に近い声を上げた。
「私以外に!! 」
お読みいただきありがとうございます!
ブックマーク、いいねありがとうございます。
こんな埋もれた小説を発掘していただいた上に、こんなに読み進めて下さってありがとうございます。
新キャラのゾゾム・ファン・シアーはあまり物語にからんでこないのですが、何か気に入ってしまったので無理やり出番を作ってしまいました。
引き続きお楽しみいただけたら嬉しいです。




