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誤用のご指摘をいただきましたので修正しました。ありがとうございました。
もしかしたら、工房から出てきたクライバンと顔を合わせる事ができるかも知れない。
そんな期待をしていたオリビアだが、料理人のエミリの言う通り、クライバンは工房に寝泊まりするつもりなのだろう。結局、姿を見ることはなかった。
しかし、ふと窓ガラスに映っている自分の姿に目をとめると、屋敷中を磨き上げていたために髪は乱れ、母のものだった部屋着を裏返して縫い合わせたドレスは皺と埃だらけでさらにみずぼらしくなっている。
いくら何でもこんな汚い花嫁など聞いた事がない。
クライバンが工房に篭りきりなのは幸いだったとオリビアは考えた。
しかし、一日の仕事を終えたオリビアが離れの家に戻ってみると、貴族の娘が身につけるにふさわしい趣味の良いドレスをはじめとした身の回りのこまごまとしたものが届けられていた。
洋品店の店主らしき者の書き置きも添えられており、「城代さまのお言いつけで揃えさせていただきました。お気に召さなければお取り替えいたします。」と記されている。
「アンドルー様がこれを……? ちょっと怖い方だと思っていたけれど、ドレスを都合してくださるなんて、優しいところがおありなのね。」
替えの下着の都合にも困っていたオリビアはありがたく使わせてもらうことにする。
しかし、オリビアは日中クライバンの肌着やシャツの洗濯をしていたから、彼がごく質素な物しか身につけていない事を知っていた。
いくら城代の計らいとはいえ、旦那さまよりも華美なものを身につける訳にはいかないし、仕事をするのにも動きにくい。
オリビアは綿のブラウスとスカートを二着ずつ、それに下着を数点取った。
そして、それを着てクライバンの横に並ぶ日を思い浮かべながら、絹のドレスを箪笥の引き出しの奥にしまった。
厨房でもらってきたお湯で身体をきれいにして、さっぱりした寝間着に袖をとおし、鏡の前で髪を梳かしながら、オリビアは明日の仕事の事を考えていた。
「そうそう、この前の鴨から羽毛がたくさん取れたから、きれいにしてクライバン様がお留守のうちにお布団の羽毛を取り替えましょう。」
日中、クライバンの洗濯物を取りに彼の寝室へ入ったことを思い出し、オリビアは鏡に映っている頬を染めた。
当たり前の話だが、オリビアが父親以外の男の寝室へ足を踏み入れたのはこれが初めてである。
皆の言うとおり、昨晩は工房で泊まったようなので、ベッドはきれいなままだったが、寝室は男の部屋だとすぐにわかる野性的な匂いに満ちていた。
いつの日か、あの部屋でこの寝間着姿を見せることになるのだろうか……。
「姉さまったら、えっちー。」
その声を聞くのとほぼ同時に、鏡に映っている部屋の壁紙が公爵家の義妹ベロニカの部屋のものに変わっている事に気がついたオリビアがぎょっとして振り返ると、
「やっほー、姉さまー。」
ベロニカがベッドに腰掛け手を振っていた。
公爵家のベロニカの部屋にある天蓋付きの豪華なベッドだ。
いつの間にか、オリビアはベロニカの部屋に立っていた。
「そのかっこで旦那さんの寝室に行きたいの? 今から連れて行ってあげようか?」
「ふえっ? なっ、何を言うの!? 私は、私はただ羽布団を……いえ、そうじゃなくて! 」
オリビアは両手と首をぶんぶん振りながら叫んだ。
「ベロニカさんたら、魔法を使ってはいけないと何度も言ってるじゃないですか!」
きっ、っと睨みつけるオリビアに、ベロニカは大きな瞳を潤ませた。
「姉さまが悪いのよ! 私に何にも言わないで黙って居なくなっちゃうからあー。」
「ごめんなさい……。」
義妹との別れは辛かったが、それ以上に新しい生活に心を弾ませていたオリビアは、涙を流す義妹を見て自身を責めた。
しかし、ベロニカは次の瞬間、ぺろっと舌を出した。
「もうっ。姉さまったら、すぐに騙されるんだもん。かえってつまらないわ。人が良すぎるのも良し悪しよ。」
「ベロニカさん!」
「それにしても、まさかお母さまがオリビア姉さまをこんなに簡単に手放すとは思わなかったわ。姉さまには女中と違ってお給料を払わなくてもいいから、一生屋敷で飼い殺しにする気かと思っていたのに。私がお母さまなら絶対そうするわ。相変わらず短期的なものの見方しかできないおバカちゃんなんだから。」
「ベロニカさん……。」
オリビアはため息と共に義妹の名を呼んだ。
冷遇されていた公爵家において、唯一の味方であり、仲良しの義妹だが、彼女の言動は何かとヒヤヒヤするのだ。
「いい事を教えてあげる。」
ベロニカは人差し指を唇にあて、声を落とした。
「お休み前のお祈りをするなら、窓辺じゃなくて、ちゃんとお外でしなきゃ。灯りは点けちゃだめよ、そして喋ってはだめ。夜の精霊は灯りが嫌いなの。それに、物音も。」
「精霊?」
ベロニカは何を言っているのだろう?
オリビアはふと窓ガラスの外を見た。
しかし、窓ガラスの向こうは真っ暗で何も見えず、オリビアの姿を映すのみだ。
「ベロニカさ……」
オリビアがもう一度振り返ると、ベロニカも天蓋付きのベッドも消えており、元のクライバン家の離れの部屋に戻っていた。
「もう、ベロニカさんたら。」
そう呟いたオリビアの口元は綻んでいた。
お転婆な義妹だが、封印を簡単に解いて自在に魔法を操れるベロニカがオリビアには羨ましくもあった。
肩身の狭かった公爵家へ里帰りなど考えもしなかったが、そのうちにベロニカに会いに行くのも良いかも知れない。
オリビアはそう考えた。
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