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本編へ戻り、場面は聖都の公爵家へ移ります。
「おじさんのお目当てはオリビア姉さまだったのね。」
ぎょっとして振り返ると、歌のレッスンを受けているはずのベロニカ嬢が手を後ろに組んで立っていた。
一瞬、慌てたアンドルーだが、屋敷から聴こえてくるあの拙い歌声は目眩しの魔法だとすぐに思い当たった。
産まれながらに高い魔力を持つ者は一定数いるものだが、上流階級のしきたりでは、こんな年端のいかない子供の魔力は、然るべき時が来るまで封印されているはずだ。
「お母さんが連れてきたエセ魔導士の封印なんか簡単に解けちゃったわよ。花瓶でも何でも、すぐに騙されて偽物をつかまされるんだから。」
アンドルーの顔つきから、彼の考えを悟ったらしく、ベロニカは言った。
「でも、君の力は偽物じゃないみたいだね。」
アンドルーはベロニカに悟られないようさりげなく間合いをとる。
長らくの田舎暮らしですっかり平和ボケしているから、魔女と対峙するのも久しぶりだ。
まだほんの子供だが、親の前でネコを被っているじゃじゃ馬娘だ。下手に機嫌を損ねないほうが身のためだろう。
「そんな事より、おじさんはオリビア姉さまにどんな用事があって来たの? 姉さまは、お母さんに騙されて田舎の男爵家へ行っちゃったのよ。おバカなメイド達から聞いたでしょう? あーあ。姉さまのかわりにあたしが行きたかったなあ。聖都の公爵令嬢が田舎で奴隷みたいに死ぬまで働かされるなんて、物語の主人公みたいだもん。」
「君が大人しく女中に身をやつすとは思えないけど。」
アンドルーは、母親とも義姉のオリビアとも似ていないその少女に興味を持った。
「もちろんよ。みんなが寝てる間に仕返しをしてやるわ。私をコキ使う意地悪な人達の髪の毛をみんな抜いてやるの。」
「髪の毛を? そりゃ大変だ。」
アンドルーが整った顔をくしゃっとさせて笑ったので、ベロニカは少しだけ狼狽えた。
この人、おじさんだと思っていたけど笑うと素敵ね。お母さんやメイド達が夢中になるのもわかるわ。
「その筋書きもなかなか面白そうだけど、あいにく、クライバン家には髪の毛を抜かれるような意地悪はいないよ。それに、俺はもっと違う話を考えていたところだ。」
「例えば?」
「例えば、女中に身をやつした公爵令嬢が、お館さまに見染められて幸せな結婚をする、とかね。」
「ありきたりね。」
ベロニカはふんっと鼻を鳴らした。
「でもまあ、オリビア姉さまには意地悪しない方が身のためね。」
「と、言うと?」
アンドルーは用心深く先を促す。
「えーっと、それはね、そう、私が仕返しをするからよ。私は姉さまが大好きなんだもの。ところでおじさんは、」
しかし、ベロニカも口を滑らせるつもりはないようだ。
「おじさんはお船を持ってるんでしょ?私をお船に乗せてよ。異国へ行きたいなあ。」
「そのうちにね。」
アンドルーはベロニカにウインクをした。
ベロニカも真似をしてウインクをしようとしたが、片目だけつむるのに慣れていないのか、両目をぎゅっとつむってみせた。
その子供らしいしぐさに、アンドルーの顔も思わずほころんだ。
屋敷で夫人やメイドの相手をしていた時のアンドルーは、にこやかに笑みをたたえつつも氷のような冷たい目をしていた。
しかし、ベロニカの目に映るアンドルーの眼差しは優しく、可笑しそうに青い瞳が瞬いている。
運命の恋人には出会った瞬間にそうとわかる、などという話はまやかしに過ぎないとアンドルーは考えている。
しかし、生涯の友ならば、顔を合わせた瞬間にわかるものだ。
お互いに見つめ合ううち、自分と同じ匂いを嗅ぎつけたのだろう、二人の間には年齢や性別を超えた堅い絆が結ばれた。
「さて、そろそろ失礼しようかな。お話できてとても楽しかったよ。レディ・ベロニカ。」
「もう行っちゃうの?」
ベロニカはがっかりした声をあげた。
せっかく、これから面白いことが始まりそうな予感がしていたのに。
「良かったら、今度クライバン家へ遊びにおいでよ。お姉さんに会いにね。君なら『いつでも』大歓迎だよ。」
「おじさんの『お話』の片棒を担がせる気ね。」
「だめかな?」
「良いわ。そのかわり、お船に乗せてね……
そのうちにね。」
「そのうちにね。」
二人は同時にそう言った。
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