第42話 「赤龍」
「お前達は何者ダ?」
刺青の男は、口の端から出ている赤い血を右手で拭き取った。
(この男・・・只者じゃないネ)
今までであれば、自分の攻撃を数発喰らえば、ほとんどの人間が面白い様に倒れていたのだが、この男は違うのである。
刺青の男は、香川浩介に李兄と同じ臭いを感じていた。
表の社会では到底生きていけない人間。
そして、非常に危険な人間であると。
裏社会で生きているが、その中でも群を抜いてレベルが違うと言うことを。
(だが、李兄には絶対に会わせられないネ!)
刺青の男は床を蹴った。
香川浩介の腰に飛び付く。
香川は両手を上空に上げると、刺青の男に腰を掴ませた。
倒れない様に上半身を前方に傾けると、上空に上げていた両腕を刺青の男の腰に巻き付けて、ぐるんと回転した。
どおすうぅん!
大きな男の体が二つ、空中で回転して床に落ちる。
刺青の男が下になり、香川浩介が馬乗りになった状態だ。
「お前には~お仕置きが必要だなぁ~」
香川浩介はそう言うと、両足で刺青の男の腹部を挟み込み、足首を絡ませて固定する。
その両眼は怪しい光を放ち、黒目の部分が異様に大きく肥大している。
快感が増してきている証拠である。
刺青の男は左右に体を動かして、香川から逃れようとするが、ピクリとも動かない。
「この野郎ガ!」
下方向から、左右の拳を放つ。
香川はそれらを軽く両手で抑え込む。
「これから~楽しいショーの~始まりだ~」
香川浩介は、長い舌をチロチロと出すと、刺青の男をジトッと見る。その眼はすでに焦点を失っている。
「ぐっ・・・・!」
(気持ち悪いネ・・・!コイツ!)
刺青の男は、背中に冷たい悪寒を感じた。
香川は、刺青の男の両鎖骨に両手を上から差し込むと、下方向に力一杯押し下げた。
ボキボキボキッ!
「グクッ・・・!」
刺青の男が呻き声を堪える。
左右の鎖骨を枯葉の如く折られ、刺青の男は両眼を大きく見開いている。とてつもない激痛が走る。
「我慢強いなぁ~お前~」
香川は、刺青の男の体に覆い被さる様にして、両手で両手首を抑え付ける。
「ぐ・・・クソッ!」
刺青の男は頭部を上空に振り上げる。
バチチッ!
香川の顔面に自分の額をぶち当てる。
香川の鼻から出た赤い血が、刺青の男の頬にポタリポタリと落ちる。
「いいね~なかなかの抵抗振り~最高じゃねぇか~」
香川はすばやく両手を動かすと、刺青の男の右手首を両手で掴んだ。
そして。
力一杯捩る。
みちみちみちっ。
「ぬぐうっ・・!」
刺青の男は、あまりの激痛の為なのだろうか、左右に体を動かしてもがく。
空いている左腕で、香川の顔面にパンチを放つが、下方向からの打撃なので威力がなく、効き目がほとんどない。
軽いパンチを数十発受ける香川浩介。
鼻からは赤い血がポタリポタリと落ちていく。
「もっと~俺に快感を~味あわせてくれよ~」
さらに力を込めて、刺青の男の右手首を捩っていく。
めちめちめちっ。
「クソ野郎ガアァーーー!」
刺青の男は体を上下に動かして逃れようとするが、香川浩介がガッチリと固定している為に逃れることができないのだ。
「いくぞ~いくぞ~いい声で鳴いてくれよ~」
香川は両眼を大きく見開くと、大きく息を吸って最後の力を振り絞った。
両腕の血管が大きく膨れ上がり、パワーが両手に全て伝わっていく。
ぶちぶちみちみちつっーーー!
「グゥツ・・・!」
刺青の男は、全身を震わせながらも痛みに耐える。
なんという忍耐力と精神力であろうか。
普通の人間であれば、大声を上げて涙を流しているか、あまりの痛みの為に失神していてもおかしくないレベルである。
香川浩介は、刺青の男の右手首から両手を離すと、両手を上空に上げて天井を見た。
その表情は恍惚としており、快感で全身を震わせている。
「最高だ~最高だ~」
香川浩介は全身をぶるっと震わせると、口の端から透明な涎を垂らした。
「殺してやるネ!お前を!ぶち殺してヤルネ!」
刺青の男は自分の右手首を見て叫んだ。
有りえない光景がそこにはあった。
自分の手首が、百八十度ぐんにゃりと捩れ、骨や筋肉の繊維が飛び出ているのだ。
「グ・・・クッ・・・」
刺青の男は頭を左右に振った。
(これは何ネ・・・?これは夢ナノカ・・・?)
口をパクパクさせて、香川浩介を見る。
赤龍の残りのメンバー二人も、刺青の男の右手首を見た瞬間、胃から胃液が込み上げてきたのか、その場で異物を嘔吐している。
「最高だ~この痛みにも動じないとは~最高だ~」
香川は全身をぶるっと震わせると、刺青の男の顔を覗き込む。
長い舌をチロリと出して、自分の鼻から流れ出ている赤い血をゆっくりと舐める。
「いつ~お前の心が壊れるか~楽しみだぜ~」
香川は、刺青の男の右手首を再度掴む。
「何度やっても同じネ・・・。俺達は絶対に・・・仲間や家族は売らないネ!」
刺青の男は、ぐちゃぐちゃになった右手首を掴まれているにも関わらず、二ヤリと笑顔で言った。
「こんな状態なのに~お前の指は~痛みを感じるか~知りたくないか~?」
香川は長い舌で、刺青の男の右手の人差し指を舐める。
「・・・・・」
(コイツ・・・頭がおかしいのカ?こんな状態の右手にまだ何かする気なのカ・・・?)
刺青の男の表情が一瞬歪んだ。
香川は両眼を怪しく光らせて、刺青の男の人差し指を左手で包み込む様に掴んだ。
ボキキッ!
「グフッーーー!」
刺青の男の頭部が上空に飛び上がる。
両眼は大きく見開き、歯を食い縛り耐える。
「お~だんだんと~いい反応をしてきたぞ~」
香川の表情は恍惚としている。
刺青の男の人差し指は、手の甲に向かってぐんにゃりと折れ曲がり痙攣している。
「これでわかっただろう~?そんな状態になっても~痛みは感じるものだと言うことが~」
香川浩介は、上から刺青の男の顔を見る。
「殺してヤル・・・クソッ・・・!」
刺青の男は、香川を睨み返している。
「なんだ~その目は~?」
香川は、刺青の男の右中指と右薬指を左手で掴む。
刺青の男の表情が一瞬曇る。
「いい表情だ~もっといい表情を~俺に見せてくれよ~」
香川は、与えられたおもちゃを楽しんで壊す様に、容赦なく潰していく。
メキメキメキッ!
「グハアァァーーー!」
刺青の男から、とうとう叫び声が上がる。
今まで、ずっと叫ぶことを耐えていたのだが、ついに限界がきたのであろう。
赤龍の残りのメンバー達は、足腰をガクガクと震わせて動けない。
香川浩介と言うあまりにも異常な人間の行動に、ただただ傍観しているしかないのだ。
「最高だぁ~いいぜ~お前~」
香川は恍惚の表情を浮かべて、刺青の男を見下ろす。
「殺してヤルーーー!」
刺青の男は、左拳をぶんぶんと振り回し攻撃する。
だが。
香川はその攻撃を馬乗りになって避ける。
「まだ~お前には痛みが~足りない様だな~」
香川はそう言うと。
刺青の男の左腕を両手で掴む。
「今度は~左腕を~壊すぞ~」
香川は両眼の焦点をフラフラとさせると、長い舌をチロリと出した。
「こ・・・この野郎ガ・・・!」
刺青の男は体全体を左右に動かして、なんとか香川浩介から逃れようとする。
だが。
香川浩介からは逃れられない。
蜘蛛の巣に引っかかった虫の様に、絶対に逃れることができずに、じわじわと体力を奪われて、喰い殺されるしかないのである。
みちみちみちっ。
香川は太い両腕に力を込めると、刺青の男の左腕を捻じっていく。
みちみちみちっ。
肘の辺りから異様な音が聞こえる。
骨と筋肉と神経細胞が悲鳴を上げている声だ。
「グギイイッ・・・!ヤメロ・・・」
刺青の男は小さな呻き声を出した。
みちみちみちっ。
「お~?どうした~?」
香川はうれしそうな表情をする。
ぶちぶちぶちっ。
細い繊維や筋肉が千切れ、異質な物音が空気中を駆け巡る。
「いくぞ~思いっきり捻って~ぶっ壊してやるからな~」
香川は声のトーンを上げて言う。
その時。
「ヤ!ヤ!やめてくれエーーーー!」
刺青の男は、顔中から大量の汗を吹き出して大声で叫んだ。
両眼からは溢れるほどの涙を流し、歯をガチガチと鳴らしている。
完全なる敗北。
敵に対する懇願である。
人間の想像力。
これ程、壮大なものはない。
頭の中で無尽蔵に描けるキャンパス。
幸せな未来や、勝利への渇望に想像力が使われることには、なんら問題はないであろう。
だが、その反面。
悪い未来や、絶望への思想に想像力を働かした時には、その壮大な想像力が仇になるのだ。
その想像力で、自分の両腕がぐちゃぐちゃに壊された状態を描いた瞬間、刺青の男は恐怖で全身が縮み上がる思いを感じた。
この両腕が一生使い物にならなくなったらどうするのだ?
全身から異様な程の冷や汗が出る。
今後、両腕が使えない状態で、俺は生きていけるのか?
ゴクリと唾を飲む。
この苦痛から逃れたい。
その為には、香川浩介に許しを請うしか方法がないのである。
左右の鎖骨を折られ、右手首の破壊。
さらには、右手の人差し指と中指と薬指を無残に圧し折られているのである。
このまま、左腕まで破壊されたら、刺青の男は二度と立ち直れなくなるに決まっているのだ。
自分の強さに絶対の自信を持っている男が、強さを失くしてしまったら、何を糧に精神を保つことができるのであろうか。
心が壊れる。
そう、叫んでいるのだ!
「俺様に懇願か~?いいのか~お前~」
香川は刺青の男の顔を覗き込む。
「あぁ!あぁ!許してくれネ!」
刺青の男は首を縦に振って懇願する。
「いや~駄目だね~。お前が許しても~俺が許さねぇ~」
香川浩介はそう言うと。
全腕力を使って、刺青の男の左腕を捻じった。
ぼきぶちみちちっ!
飲食店のフロアに気持ちの悪い異音が鳴り響く。
「ギイヤアアァァァァーーーーー!」
刺青の男は大声で叫ぶと、過呼吸気味に息を吸い込んだ。
それは、常識を通り越した激痛だった。
今までに味わったことのない痛みが左腕を襲っているのである。
「あアァーーー!あアァーーー!」
刺青の男は涙を流しながら、自分の左腕を見る。
そこには、見るのも避けたくなるような異常な光景が広がっていた。
肘から上部が百八十度捩じ曲げられ、肘の部分からは骨や筋肉の繊維、数十本の神経細胞が飛び出している。
「ヤメテ・・・もう、ヤメテ・・・」
刺青の男は、顔面を蒼白にして小さく叫ぶ。
赤龍のメンバー二人は、刺青の男の両腕を見ながら呆然としていた。
なんなのだ?あの腕は?
もう一生、使い物にならないのでは?
一人は腰を抜かして床に倒れ込み小便を漏らした。もう一人の男も、香川浩介を眺めながら震えてしゃがみ込んでいた。
「いい表情に~なってきたじゃねぇ~か~?」
香川は、両手を上空に上げると、恍惚の表情で刺青の男を見下ろして笑う。
自分の快楽の為だけに、相手を人形の様に壊す。
まさしく、快楽の狂戦士である。
「グフッ・・・グフッ・・・」
刺青の男は、泣きながら嗚咽を上げている。
その時。
コツ。
コツ。
一階フロアから二階へ上がる階段から、足音が聞こえてきた。
その歩調は軽やかであり、だが力強さを感じる。
二階から一階に降りてきているようである。
コツ。
コツ。
そして。
一人の男が、階段から一階フロアに降り立った。




