第41話 「招かれざる客」
中国裏社会組織「赤龍」。
彼らの縄張りは、市街から少し離れた中華街である。
市街から離れていると言っても、人の賑わいは多く、大きな繁華街と左程変わらない。
いや、逆に。
中華街には、中国系の飲食店や雑貨店がひしめき合い、地方から大量の観光客が押し寄せてくる大繁盛振りなのだ。
それだけの人間が集まり、大量の資金源が動く場所には、絶対にいろいろな問題が起こるのも確かであり、その問題を全て解決しているのが、日本在住の中国裏社会組織「赤龍」なのである。
「赤龍」の正式な呼び名は「チーロン」であり、現在のリーダーは李宗民で三代目になる。
一代目は李宗民の祖父であり、二代目は李宗民の父が継いでおり、李家が代々継いでいるのだ。
赤龍のメンバーは、総勢数百人とも言われている。
はっきりとした人数は、警察でも把握されておらず、基本は在日中国人が人員の中核を占める集団なのである。
赤龍のアジトは、中華街の真ん中にある五階建ての大きなビルで、一階は飲食店になっていたが営業をしておらず、観光客は誰一人として近付かない。
その反面、中華街に住む人間達は、いろいろな事件や問題が起きたら、気軽にそのビルに出入りした。
中華街と「赤龍」の関係は、主従関係ではなく、むしろ家族であるからだ。
日本人同士とは違い、中国人達の結束は仲間と言う枠を遙かに超えていた。
日本で生まれたにも関わらず、自分達が日本人なのか、中国人なのかもわからないまま育ち、大人になってもその答えすらも与えてもらえない環境。
そのやり場のない怒りを理解してくれるのは、やはり同じ境遇の人間だけなのである。
そして、その助け合い精神が、今の中華街と「赤龍」の強固な関係を生みだしているのである。
その五階建てのビルに、二人の男が入ってきたのは、夕方の五時を過ぎた頃だった。
一階の飲食店は営業されていなかったが、昔に営業されていた名残なのか、テーブルや椅子がそのまま残っていた。
そこに、「赤龍」のメンバーがいつも数人いて、中華街で起きる問題に対処しているのである。
入り口の扉がゆっくりと開いた。
一階の飲食店にいた赤龍のメンバー数名が、開いた扉の方向に目を向ける。
大柄な男が二人、静かに店の中に入って来る。
一人は白いタンクトップに革のズボンを穿いており、もう一人は白いスーツを綺麗に着こなしている。
「・・・・・」
赤龍のメンバーは、その二人の男を見た。
どうやら、雰囲気的に中華街関係の人間では無さそうである。
「この店は、営業していないネ。他行くネ」
飲食店と勘違いした観光客が、間違って店に入って来たと判断した赤龍のメンバーは、片言の日本語で言った。
二人の男は、その言葉を聞いたにも関わらず。
ゆっくりと歩を進めると。
入り口付近の椅子に座り、テーブルに肘を置いた。
「・・・・・」
赤龍のメンバーは、その二人の男を静かに見る。
「この店は営業していないネ。早く出て行くネ」
自分の発した言葉がうまく聞き取れなかったと思ったのか、もう一度言う。
二人の男は、その言葉を発した男を見た。
だが、その言葉を聞いても二人の男は椅子から立ち上がろうとしない。
飲食店にいた赤龍のメンバー達が、ゆっくりと椅子から立ち上がり、二人の男ににじり寄って行く。
その人数、五名。
「聞こえないのカ?すぐに出て行くネ」
赤龍のメンバーの一人が凄んで言う。
二人の男は、その男をじっくりと眺める。
「おいおい~出て行けだと~?」
二人の男の内の一人が、特徴のある話し方で言葉を発した。
そして、ゆっくりと椅子から立ち上がる。
体格がかなり大きく、赤龍のメンバーを見下ろす形になる。
身長・百八十五センチ。
体重・百五キロ。
顔はハンサムで、どこかの雑誌のモデルにでも十分なれそうな外見である。
首は太く、胸板は尋常ではないほどの厚さを誇っている。
腕もかなり太く、血管が隆々に浮き出ている。
特徴は、左右の耳に付いている五個のリング型ピアスである。
この男こそ、日本裏社会「暴武」部門のルーキー達の中でも、一番危険とされている男・香川浩介である。
またの名を、「サディスト香川」「快楽の狂戦士」とも言う。
「俺達は~ここに用事があって~来ているのだ~」
香川浩介は、両眼を剥いて長い舌をチロリと出した。
「・・・・・」
赤龍のメンバー達も、香川浩介の異常な表情に度肝を抜かれている。
「ここに、李宗民さんはおられますか?」
もう一人の男が静かに問いかける。
その男は金色のフレーム眼鏡をかけて、長い銀髪を後ろで束ねている。
身長は百七十六センチ。
体重は百キロ。
その掌は大きく、成人男性の掌の二倍はあるのではなかろうか。
拳の部分はボコボコと隆起していて、拳ダゴができている。
そう、戸倉一心である。
日本裏社会「暴武」部門の頂点に君臨する男であり、またの名を「ゴッドハンド戸倉」「暴力の絶対者」である。
「李兄に?」
赤龍のメンバーの一人が言い返す。
彼らは、李宗民のことを尊敬の言葉を込めて「李兄」と呼んでいた。
「いるのだろう~?早く出せよ~」
香川浩介は、目の前にいる赤龍のメンバーの顔を覗き込む。
その時。
奥の部屋から、一人の男が出て来た。
体格は大きく、上半身裸である。
両肩から両肘にかけて、鮮やかな龍の刺青が彫られており、黒い髪は綺麗に整えられている。
「何か用カ?お前ら?」
その男はゆっくりと歩くと、香川浩介に近付く。
身長は香川浩介と同じぐらいで、体重が百キロを少し切るぐらいだろうか。
「兄貴・・・!」
赤龍のメンバー達が一斉に、その男に近付いだ。
どうやら、赤龍のメンバーの中でも格上の存在の様である。
身長は百八十五センチ。
体重九十九キロ。
体からは、異常な程の殺気が溢れ出ており、かなりの強者であることがわかる。
「何か用かだと~?李宗民を早く出せよ~」
香川浩介は、刺青の男を睨み付ける。
「李兄を出せだと?お前殺すゾ・・・」
その男はそう言うと、香川の額に自分の額を押し付けた。
赤龍のメンバー達は、テーブルの下に隠してある包丁を取り出すと、一斉に構えた。
何時いかなる時があるのが中華街の揉め事である。
常に道具をいろいろな場所に隠しているのだ。
戸倉一心がゆっくりと椅子から腰を上げた。
「勘違いしないでもらいたいのですが・・・。私は、あなた達の組織には興味はありません。ただ、個人的に李宗民さんに会いたいのです」
戸倉はそう言うと、両手を上空に上げた。
敗北のポーズである。
「李兄はいないネ。早く出て行けヨ」
刺青の男は、香川の胸を右手で強く押した。
香川浩介の長い舌がピタリと止まった。
「お前~死ぬか~」
香川はそう言うと、刺青の男の首を真正面から右手で掴んだ。
そして押す。
刺青の男も負けてはいない。
同じ様に、右手を出すと香川浩介の首をガシッと掴んだ。
お互いがお互いの首を掴んでじりじりと押し合う。
みちっ。
みちちっ。
刺青の男の周りにいる赤龍のメンバー達は、その様子を、包丁を握りながらニヤニヤと笑いながら見守っている。
その笑いは、余裕の表れであり、刺青の男が負ける筈がないと言う自負である。
「てめぇは~何してくれているんだぁ~?」
香川は長い舌をチロチロと出す。
右腕に力を込めて押していく。
「お前殺すゾ・・・」
刺青の男も、それに負けじと右腕に力を込めて押していく。
「やれやれ・・・」
(香川君を連れて来ると、絶対にこうなりますね・・・)
戸倉一心は、上空に上げていた両手をゆっくりと下に降ろした。
香川浩介と刺青の男の力比べ。
ぎちぎちっ。
みちみちっ。
お互いの力が、お互いの首を絞め付け、押し合っていく。
赤龍のメンバー達は、あいかわらずニヤニヤと笑っている。
それ程、刺青の男の強さに自信を持っているのだ。
均衡が崩れたのは数分後であった。
じりじりと、香川浩介が押し始めたのである。
「・・・・・」
刺青の男の首が締まり、頭部がゆっくりと後方へと移動する。
「・・・・・!」
赤龍のメンバー達は驚愕して、香川浩介を見た。
刺青の男は、赤龍のメンバーの中でもかなりの猛者なのだ。今までに起きた中華街での修羅場を、いくつも潜り抜けて勝ち続けてきた男なのである。
その刺青の男が、わけのわからない男に力で負けているのである。
「兄貴・・・!」
赤龍のメンバー達は、刺青の男が力で負ける姿など、ほとんど見たことがなかった。
「どうした~?お前の力は~こんなモノか~?」
香川は、長い舌で上唇をニチャリと舐めた。
刺青の男の頭部がじりじりと後方に下がる。
完全に力負けしているのだ。
「この野郎ガ・・・」
刺青の男は、右手に力を込めて押し返す。
だが、香川浩介の力が凄まじく、ビクリともしない。
刺青の男の首が徐々に締まり、背中が弓なりに曲がっていく。
「ぐ・・・ぐ・・・」
刺青の男は唸り声を上げる。
そして。
香川浩介が力強く刺青の男の首を押した。
どすん。
と言う音と共に、刺青の男は尻から床に倒れた。
香川浩介は、長い舌を出しながら笑っている。
「あ・・・あ・・・」
赤龍のメンバー達は、顔面を蒼白にして刺青の男と香川浩介を交互に見た。
刺青の男も、香川浩介を見上げながら唖然としていた。
それはそうであろう。
今まで、力で負けたことなどほとんどなかった人間が、いきなりやって来たわけのわからない人間に、簡単に力負けしたのである。
「お前・・・死んだネ」
刺青の男の顔色が一気に変わる。
両眼は血走り、顔は赤く紅潮している。
ゆっくりと立ち上がり、右腕を大きく振り上げた。
「やるのか~?」
香川は、まだ長い舌をチロチロと出して笑っている。
刺青の男の右拳が唸りを上げる。
ずばばあぁぁん!
香川の左頬に、刺青の男の右拳がぶち当たる。
と。
香川はその衝撃を利用して、体全体をぐるんと回転させると。
左腕を大きく横に振った。
そして。
刺青の男の顔面に左拳を放った。
どごおぉぉん!
爆音と共に、刺青の男の体が吹き飛んだ。
入り口から順番に並んでいたテーブルを全てなぎ倒し、一階フロアの端に飛んでいく。
「あぁ・・・」
その光景を見た赤龍のメンバー達は、口をあんぐり開けた。
香川はズカズカと前に進むと、目の前にいる赤龍のメンバーの顔面に拳を放つ。
ぐしゃっ!
一人。
めきっ!
二人。
ぐちゃっ!
三人。
面白い様に、人間が空中で回転し、舞い上がる。
手に持っていた包丁は、使用されることなく飲食店の床に音を立てて落ちていく。
「お前ら~皆殺しだぁ~!」
香川が四人目の男に向かう所で、フロアの端から煙が上がった。
大きな風が巻き起こり、その中から右拳が飛んで来る。
香川浩介は、その右拳を紙一重で避けた。
白い煙の中から、刺青の男が飛び出て来る。
その男の鼻は折れ曲がり、上唇が切れている。
「強烈なパンチだネ・・・」
そう言うと。
両手で香川浩介の両手首を掴んだ。
そして。
頭部を後方に力一杯引き伸ばすと。
腰から反動を付けて、前に飛んだ。
ぐしやあぁぁーーー!
刺青の男の頭部が、香川浩介の顔面に減り込む。
「ぐはっ~!」
香川浩介は、鼻頭に強烈な激痛が走ったのを感じた。
だが、香川も怯まない。
鼻から出た赤い血を長い舌で舐め取ると。
同じ様に頭部を後方に引き伸ばし、力一杯前に飛ばす。
ぐしやあぁぁぁーーー!
今度は、香川の頭部が上半身裸の男の顔面に減り込む。
「ウグッ・・・!」
刺青の男は、顔面に激痛を感じたが、香川の両手首からは手を離さない。
そのまま両足を空中に上げて飛ぶと、香川の腹部に蹴りを放つ。
どごおぉぉーーーん!
刺青の男の全体重が乗った蹴りを、腹部に喰らう。
「ちっ~!」
香川の体が後方へ三メートル程飛んだ。
刺青の男は首を左右に振ると、香川浩介を睨み付けた。
赤龍のメンバー三名が床に倒れてピクリとも動かない。残りの二名は、包丁を握って刺青の男の後ろに陣取っている。
「やってくれるじゃねぇかぁ~お前~」
香川の両眼は怪しく光っている。
長い舌をチロチロと口内から出すと、すばやく引っ込めた。




