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SAIGA《サイガ》  作者: 大西アキラ
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第12話 「ジャスティス」

香川浩介かがわこうすけ戸倉一心とくらいっしんに出会ったのは、二十歳の時であった。


その当時、香川は街の武闘派集団「ジャスティス」のリーダーであり、街で彼に逆らえる若者達は誰一人としていなかった時代であった。


すでに身長は百八十センチを超えており、体重は九十キロ程であった。


髪は漆黒の黒色で長かった。

両耳には各五個ずつのリング型のピアスをしており、街の若者達からは「五連ピアスの香川」と呼ばれ畏怖されていたのである。


香川浩介にとって、自分こそが最強であり、全てであった。


自分より強い人間には、ほとんど巡り会ったことがなかった。


しかし。


その思いは戸倉一心と出会うことで、脆くも崩れ去ったのであった。


あの日を境に・・・。




その日。


武闘派集団「ジャスティス」の集会が、いつもの様に行なわれていた。


集会は月に一回開催されており、いつも百人程度の若者達が集合していた。


場所は、街外れの貸し倉庫がたくさん並んでいる一角で行なわれていたのだが、リーダーの香川や幹部メンバー達は、倉庫の中に入って会議をしていた。


倉庫は鉄筋で組み立てられていたがかなり古いのか、ここ数年、香川達以外に使用されていた形跡がまったくなかった。倉庫内はかなり広く、錆びた鉄筋や使用しなくなった機械などが無造作に置き去りになっていた。


香川達は、それらを倉庫内の端に全て移動させ、自分達の過ごしやすい空間を無断で作りあげていたのである。


香川浩介は、倉庫の真ん中に置かれている黒い本皮製のソファにずしりと腰を下ろしていた。

両サイドには、胸元がはだけたギャル系の女が二人いて、香川の体に密着して甘えている。


香川は目の前にいる男に言った。


「今月のお前の地区は~これだけか~?」


テーブルの上には、二百万円の札束が置いてあった。


香川は肩まである黒髪を左手で触った。


「すんません!来週はもっと努力して、挽回したいと思います!」


その男は顔面から気持ちの悪い程の汗をかいて言った。


倉庫内には三十人程の幹部メンバー達がいたが、全員が手を後ろで組み、姿勢を正して香川の表情をじっくりと見ていた。


「来月~目標額の売上が出来なかったら~お前を~壊すからな~」


香川はチロチロと長い舌を出した。


その男はゴクリと唾を飲み込むと、頭を下げて後ろに下がった。


周りにいた幹部メンバー達の額から冷たい汗がほとばしる。


脅し。


いや、そんな生易しいものではない。


現実に目標額の上納金を納められなくて、香川に潰された人間達を無数に見ているのである。


香川浩介への恐怖・畏怖・恐れ。


それのみで、チームの若者達は動いていた。


「次の地区の奴~お前はいくらだ~?」


香川が次の男を呼ぶ。




その頃。


倉庫の外では、倉庫内に入れない若者達が酒を飲んだり、大声を上げて叫んだり、語り合ったりしていた。


その数、約七十人程である。


それぞれが改造したバイクや車でやって来ているために、貸し倉庫の前は大量のバイクや車で埋まっていた。


そこに一台の白い車がやって来た。


蒼白いヘッドライトを上向きで照らし、ゆっくりとした速度で近付いてくる。

白い車で、前後左右の窓ガラスは黒いスモークガラスで覆われていて、車内を見ることはできない。


その車は、ゆっくりと進みながら若者達がいる目前で止まった。ヘッドライトが上向きのために、若者達の視界を激しく照らしていた。


「な、なんだ?」


「警察か?」


若者達の間でガヤガヤとしたざわめきが起こった。両手でヘッドライトの光を遮断して、その車を一斉に見る。


車の運転席と助手席から、二人の男がゆっくりと下りてきた。


黒いスーツを着た二人の男は、回りを舐め回す様に見ると後部座席のドアを静かに開けた。


ドアから白い靴が出てくると、地面をじゃりっと踏んで一人の男が出てきた。


銀髪の髪を後頭部で一つにまとめ、金色のフレームの眼鏡をかけている。服装は、白いダブルのスーツを華麗に着こなしており、黒いシャツに赤色のネクタイを締めていた。


異様な空気がその場を包んだ。


威圧感。


それも、尋常ではない程の威圧感であった。


そして。


その男こそ、戸倉一心であった。


この当時、年齢は三十四歳である。


身長は百七十六センチ。


体重は百キロ。


その掌は大きく、通常の成人男性の二倍はあるのではなかろうか。


そして、その頃から戸倉一心は、すでに「デビルハンド戸倉」「暴力の絶対者」と呼ばれていたのである。


「ここにいるのですか、その男が・・・」


戸倉は両手をズボンのポケットに入れたまま背伸びして、黒いスーツを着た二人の男に声をかけた。


「なんじゃい!おっさんがぁ!」


「おらーーー!ジャスティス舐めているんかい!」


「殺すぞーーー!コラーーーー!」


周りにいた若者達は相手が警察ではないと認識すると、大声を上げて、一斉に戸倉と二人の男を囲み始めた。


その数、約七十人程である。


それぞれが鉄パイプや金属バット、チェーンやナイフを手に持って、戸倉の数センチ近くまでにじり寄ると睨みを利かせてくる。


「どうしますか?戸倉様」


黒いスーツを着た二人の男が耳元で囁いた。


「できれば無駄な殺生はしたくないのですがね・・・」


戸倉はその言葉を言い終わらない内に、白いスーツの上着をバッ!と空中に投げた。


その瞬間には、戸倉の体は大きく跳ねていた。


地上に放たれた野生の猛獣如き動きである。


そして、目の前にいる若者の右頬を平手で叩いたかと思うと、隣にいた若者の腹を蹴り上げていた。


爆音が空気の粒子を震わせる。


戸倉を中心に、二人の若者が噴水の様に上空に飛び上がった。


周りにいた若者は驚愕した。


今、目の前にいた仲間達が、いきなり空中に飛び上がったからである。


戸倉はさらに体を回転させると、左右の掌で周りにいる若者達を次から次へと叩き潰していく。


異様な轟音が響き渡る。


叩かれた若者達は、空中で体を二回転程させて地面に倒れていく。


後頭部から地面に倒れる若者。


顔面から地面に叩きつけられる若者。


地面に倒れた若者達は、全員が体中を痙攣させている。


眼球が飛び出した者や前歯が全部無くなっている者、鼻が潰れて折れ曲がっている者や下顎がぐんにゃりと潰れている者など、顔面の原型をほとんど残してはいなかった。


戸倉は十人程の若者達に暴力を振るった後、ピタリと動きを止めた。


同じ様に、その他の若者達も動きを止める。


いや、動くことを恐れたのだ。


動くと殺される。


そう実感したのは間違いなかった。


戸倉に少しでも近付けば、倒れている仲間達の様になると判断したからだ。


静寂がその場を包む。


物音一つしない。


そして。


戸倉は右腕を前にゆっくりと出した。


空中に投げられた白いスーツの上着がその右腕に舞い落ちた。


「・・・・・」


戸倉を囲んでいた若者達は、じりじりと後ずさりをし始めた。


そして、目の前の凄惨な情景を呆然と見た。


数十人の若者達が一瞬にして、叩きのめされて地面に横たわっているのである。


若者達は、倒れている仲間達の状態を、固唾を飲んで眺めている。


「あ・・・俺の・・・顎が・・・」


一人の若者が自分の下顎を両手で触りながら嗚咽をあげていた。

股間からは小便を漏らし、足腰をガクガクと震わせている。


「目が・・・俺の目はどこだよぉーーーー!」


もう一人の若者は、飛び出した眼球を両手で丁寧に包みながら泣き叫んでいる。


若者達は背中に冷たい悪寒を感じていた。


チームのリーダー・香川浩介に劣らない程の恐怖を。


いや、それ以上の恐怖を感じていたのである。


「さてと、文句のある方はいますか?」


戸倉は周りをぐるりと見回して静かに言う。


沈黙が流れる。


誰一人として声を上げる者がいないのである。


「では、行きましょうか」


戸倉は、黒いスーツを着た二人の男に、白いスーツの上着を手渡すとゆっくりと歩を進めた。


じゃりっ。


じゃりっ。


戸倉はゆっくりと歩き出すと、若者達の群れに近付いていく。


じゃりっ。


じゃりっ。


「あ、あ、あ・・・」


若者達は戸倉から遠ざかるように動き出す。

戸倉を囲んでいたドーナツ型の円が見る見ると形を崩していった。


そして、戸倉を避けるように若者達の群れが割れていく。


そう、道を開けていくのである。


戸倉は若者達の視線をまったく気にしないで、ゆっくりと歩を進めていく。

スーツを着た二人の男達は戸倉の後姿を眺めながら歩いていたが、周りの若者達のギラギラした視線を感じているようだった。


戸倉の足は、香川浩介のいる貸し倉庫の入り口に向かっていた。


貸し倉庫の扉の前には二人の大きな若者がいた。


二人共が身長百八十センチを軽く超えている。


そして、戸倉一心を睨みつけて、その場を動こうとしない。


二人の若者にとって、その場を退くことは死を意味していた。

チームの幹部メンバーであろうが、香川浩介の承諾がない限り倉庫内には通してはいけない強固な任務を受けていたからである。


「そこを通してくれませんか?」


戸倉はゆっくりと丁寧に言った。


「それはできない・・・。それを許すと俺らがリーダーに殺される・・・」


二人の若者は度胸だけはあるようであった。


しかし、戸倉の先程の暴力を目の辺りにして、すでに体の奥底では震え上がっていた。


足が震えている。


人間の本能とは正直なものである。


戸倉は「そうですか、仕方ないですね」と小さく言葉を吐くと、一人の若者の腹に前蹴りを放った。


ぼっ!


空気が裂ける轟音が響き、戸倉の白い靴がその若者の腹に突き刺さる。


「ぐええっえーーーーーー!」


その若者は鉄の扉に激しく背中と後頭部を打ちつけて、口から汚物を吐き出した。


そのままバウンドして、体ごと地面に崩れ落ちる。


それを見たもう一人の若者は、歯をガチガチと鳴らした。


恐怖のあまり、人間の生存本能が危険信号を発しているのだ。


「私を前にしてよくがんばっていますね」


戸倉はそう言うと、左手を大きく振りかぶった。


掌がその若者の顔面を覆った。


その瞬間。


その若者は飛んでいた。


側転をするかの様に、空中を三回転して地面に叩き付けられていたのである。


周りにいた他の若者達は、戸倉を凝視したままであった。


仲間が飛び上がり地面に叩き付けられたことを、視覚で認識できなかったというのが正直な意見であった。


「・・・・・!」


慌てた若者達は、飛ばされた仲間の方向に視線をやる。


首が根元から九十度程曲がり、口から赤い泡を吹き出して痙攣していた。


「あ・・・わわ・・・」


数人の若者達が腰を抜かして、その場にへたり込んだ。


戸倉は貸し倉庫の扉を眺めた。


扉は鉄の扉でかなり錆びており、中央から二枚の扉が左右に開く構造になっていた。

中から鎖の錠がしてあるのか、表からはビクともしない。


「へへへ、その扉は開かないぜ!中から鎖で錠がしてあるからな!表から開けることは不可能なんだよ!」


一人の若者が勝ち誇った様に戸倉に言った。


「なるほど、そうですか」


戸倉は鉄の扉の前で腰を落とすと、大きな両手を鉄の扉の隙間に捻じ込んだ。

中央で左右の扉が閉まっていたが、指が入る隙間があったのだ。


「まさか・・・戸倉様・・・」


黒いスーツを着た二人の男が静かに戸倉を見た。


周りにいた若者達は黙ってその様子を眺めていた。


誰一人として、言葉を発する者はいない。


鉄の扉を開けることなど事実上百パーセント不可能である。


誰もがそう思っている。


だが、本当にそうであろうか。


そんな思いが、若者達の脳裏を駆け巡っていた。


戸倉一心の圧倒的暴力を目の前で見た若者達にとって、もう百パーセントありえない、などと言う常識は通用しなくなっていた。


できるはずがない。


いや、この男ならできるかもしれない。


周りにいた若者達の脳裏に、可能と言う言葉と不可能と言う言葉の意見が交差する。


戸倉は両手に力を入れると、鉄の扉を左右に押し広げる。


ぎりぎりっ。


鉄の扉が軋む異音が鳴った。


戸倉は息を大きく吸うと、両腕・両手・十本の指に力を込めた。


みりみりっ。


がちがちっ。


鉄の扉の内側に掛けられている鎖が悲鳴を上げているのがわかった。


ぎちぎちっ。


戸倉の顔が真っ赤になっていく。


両腕には太い血管の筋が浮かび上がり、体中からは蒸気の様な白い煙が立ち昇った。


錆びた鉄の扉は、戸倉の力に抵抗している様だったが、戸倉の力は人間の域を超えていた。


両手で掴んでいる部分が外側に捲れ上がり、内側に掛けてある鎖が断末魔を上げた。


鉄の扉が外側に捲れ上がったのだ。


ありえない光景である。


周りにいた若者達は夢を見ている様であった。


だが、夢でも幻想でもなかった。


現実。


そう、それこそが現実である。


そして、戸倉が大きく叫んだ。


「うおりやあああーーーーー!」


それと同時に、内側に掛けられていた鎖の錠が砕け散って、鉄の扉がガコンと揺れて開いたのである。


信じられない。


そう、信じられないことが現実に起こったのだ。


黒いスーツを着た二人の男は、ゴクリと唾を飲み込んだ。


「ば、ば、馬鹿な・・・」


「そんなこと・・・あるわけねぇーよ・・・」


若者達はざわざわと騒ぐと、それぞれが現実を受け止めようとはしなかった。


「さて、あとは中の男を倒して終わりですね」


戸倉は両手をぶらぶらと空中で振って、貸し倉庫の中にゆっくりと侵入して行った。


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