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SAIGA《サイガ》  作者: 大西アキラ
13/60

第13話 「出会いと敗北」

倉庫内にいた香川浩介は、異様な音を体中で嗅ぎ付けた。


その音は倉庫内の一箇所から鳴り響いていた。


微妙な程の音量だが、たしかに聴覚に響いてくる。


「静かに~しろ~」


香川はそう言うと、長い髪の毛を右手の指でいじり出した。


倉庫内にいたチームの幹部メンバー達は、ピタリと動きを止めて香川を見た。


香川は音のする方向をすでに凝視していた。


倉庫の入り口。


幹部メンバー達も倉庫の入り口を見る。


鉄の扉が軋む音。


たしかに音が鳴っている。


「な、なんだ・・・」


一人の男がポツリと言った。


鉄の扉がギリギリと軋む音が倉庫内に響き渡る。


だが、倉庫内から太い鎖のチェーンで錠がしてあるので、開けることは不可能なのである。


香川は目を細めた。


すると、鉄の扉の中央部分が少し歪み開いたのだ。


「あ・・・・・!」


「え・・・・・?」


幹部メンバー達の目が大きく見開いた。


有り得ない。


そう、有り得ないのである!


鉄の扉の一部がぐんにゃり曲がるなどと言うことは、起きてはいけない現実なのである。


しかし。


香川と幹部メンバー達は見てしまったのだ。


その瞬間を。


そして、その中から十本の指がにゅるっと出てきた。


人間の指でありながらも、それは太く大きかった。


その光景は未知の生物が侵入してくるが如く、気味の悪い空気をピリピリと奏でている。


「な、なんだよ・・・あれは・・・」


一人の男が声を震わせて言う。


鉄の扉にかけられた鎖のチェーンは伸びきり、ギチギチと異音をたてている。


「・・・・・」


香川は息を押し殺して、入り口付近をさらに凝視した。


ぎちぎちっ。


鎖と鎖のこすれ合う異音が大きくなる。


ぎちっぎちっ。


そして、その瞬間はやってきた。


「うおりやあああーーーーー!」


倉庫の外から大声が聞こえたかと思うと、鎖のチェーンが砕け散り、鉄の扉がガコンと音をたてて開いた。


「あーーーーーー!」


「馬鹿な・・・・!」


幹部メンバー達は口々に大声を上げた。


香川は、すくっとその場で立ち上がると体をぶるっと震わせた。


(おいおい~何が来るんだ~?)


香川はうれしさと驚きが全身を駆け巡るのを感じた。


鉄の扉が中央からゴトゴトと左右に開くと、一人の男が静かに倉庫内に入って来た。


長い銀髪を後ろで一つに束ね、金色のフレームの眼鏡をかけている。

黒いシャツに真っ赤なネクタイを締めているが、筋肉の盛り上がりがシャツ越しにでも十分わかる程だ。

そして、白いスーツのズボンに白い革の靴を履いている。


その歩調は安定しており、躊躇したものでもなく、反対に焦りを匂わせるものでもない。


じゃりっ。


だが、威圧感がある。


じゃりっ。


血の匂いがする。


じゃりっ。


そして、暴力の香り。


「さてと、香川浩介君はいますか?」


戸倉は顎を撫でると言葉を発した。


黒いスーツを着た二人の男も倉庫内に入って来た。


チームの幹部メンバー達はじりじりと動き出し、香川を横目でチラリと見た。


「お前らは~動くな~」


香川はゆっくりと歩き出すと、戸倉に近付いていく。


「あなたがそうですか?」


戸倉は、まだ遠くにいる香川を眺める。


「俺が~香川だ~。お前は~何者だ~?」


香川は幹部メンバー達の中を掻き分けて、さらに戸倉に近付く。


「私は戸倉一心と申します」


戸倉は香川が近付いてくるのを眺めながら言った。


二人の距離が五メートル程になった時、香川はいつもと違う雰囲気を感じた。


今まで喧嘩や乱闘で感じたことのない異空間である。


「後ろにいる~二人は誰だ~?」


香川は歩きながら問いかける。


「この二人は、あなたが倒される瞬間を確認する立会人です」


戸倉はニコリと笑って言う。


「俺を~倒すだと~?」


香川はさらに歩調を進めていく。


「簡単に言いますと、あなたを倒しにきたんですよ。すみませんね」


戸倉は笑って言った。


「ははは~!俺を倒すだって~?」


香川は長い舌を出して笑うと、戸倉の目の前に両足を付けた。


そして。


二人の距離は六十センチ程になった。


空気の流れが歪み、香川の周りを戸倉の異空間が包み込む。


香川は全身からみなぎる精神でそれらを飲み込もうとしたが無理だと悟った。


そして、だんだんと息苦しくなってくる。


と。


思った瞬間。


香川は右手を大きく振り上げて戸倉の顔面に拳を放っていた。


(な、なんだ~?どうしたんだ~?俺~?)


香川自身もびっくりする程の行動だった。


体が勝手に相手への攻撃行動を起こしたのである。


それは、動物の本能であったのだろう。


自分の身に危険や死の恐怖を感じた時、動物は二つの選択をする。


一つは、逃げること。


そして、もう一つは相手を攻撃することだ。


香川の動物的本能が、戸倉の強さを感じ、衝動的行動を起こしたのである。


香川本人は、なぜ自分が攻撃したのかが、全然わかっていない様であった。


どごおおおん!


戸倉は両手を目の前で交差すると香川の右拳を受けた。


ずずっ。


香川のパワーで戸倉の体が少し後方に退く。


「おら~~~~~!」


香川はさらに左拳を加えて、戸倉の上半身に怒涛の攻撃を放つ。


戸倉は両腕で防御して、それらの攻撃を受ける。


「香川さん!ボコボコにしてやってくださいよ!」


「ぶっ殺せぇーーーーー!」


チームの幹部メンバー達も、香川の猛攻撃に安心したのか、大声で応援する。


「どうした~?お前は~亀か~!」


香川はひたすら左右の拳を飛ばす。


ずずっ。


ずずっ。


戸倉の体がじりじりと後退していく。


香川は舌を出して笑うと、だんだんとうれしくなってきていた。


優勢にたっているからではない。


今回の相手に対してである。


今まで簡単に倒れていた相手達が、今回はなんと耐え凌ぎ倒れないのである。


これほどのうれしさはなかった。


長い快感を味わうことができる!


最高の快感を!


(最高だ~!こんな快感~久しくなかったぞ~)


香川は長い舌を出すと、下唇をゆっくりと舐め回した。


そして、香川は右足で地面を蹴ると戸倉の脇腹に放った。


戸倉はその蹴り足を左腕でさばく。


「なるほど、これは危険ですね」


戸倉そう言うと、右手の掌を香川の顔面に飛ばした。


その動作は人間技ではなかった。


誰一人として見えてはいなかったであろう。


それぐらいのスピードであったのだ。


パアァン!


倉庫内に爆音が響いた。


香川の頭部が後方にぐらりと揺れた。


「ほう・・・」


戸倉は少し驚いた。


普通の人間ならば、今の平手を喰らった瞬間に数メートル飛んで地面に倒れていたからである。


(な~、なんだ~?今のは~?)


香川は後方に飛んだ頭部を力で前方に押し戻した。


顔面に激痛が走っていたが、視界はしっかりとしていた。


長い舌を出して唇を舐めてみると血の味がした。


(口の中を切ったか~)


香川はすばやく戸倉の姿を見た。


その瞬間。


右頬、いや、右側頭部に激痛が走った。


パアァン!


またしても戸倉の平手が飛んできたのだ。


(見えないぞ~こいつの攻撃が~)


香川は頭部への衝撃で首が千切れそうになったのを堪えた。


普通の人間ならば、軽く空中に飛び上がり地面に倒れていたことであろう。


「これは凄いですね。素人にしてはめずらしいです」


戸倉は軽く足を出すと、香川の膝裏に足首を掛けて手前に引っ張った。


「・・・・・」


香川の体がカクンと一瞬崩れた。


その瞬間を狙って、戸倉の平手が香川の左側頭部を襲った。


パアァアン!


倉庫内に爆音が響く。


倉庫内にいた人間達は両手で自分の耳を塞いだ。


それ程の音量である。


香川の体は、空中で一回転程すると地面に倒れた。


人間の中枢本部である脳が大きく揺れた。


目の前の景色がぐんにゃりと歪み、戸倉の姿が二重にも三重にも見える。


「まだやりますか?」


戸倉は倒れている香川に問いかける。


「貴様~殺すぞぉ~」


香川は、もそっと中腰で起き上がると戸倉を睨んだ。


鼻と口から赤い血を流しながら、目だけは充血してギラギラとしている。


だが、驚くべきことは、香川の耐久力であった。


普通の人間なら確実に死んでいるか、失神しているかのどちらかである。


「ほう、これは素晴らしいです」


戸倉は香川に右手の親指を立てて笑った。


「殺すぞぉ~お前~」


香川はゆっくりと立ち上がると戸倉に近付いていく。


そして、地面を蹴って飛び跳ねると、戸倉の体に全体重を乗せた両足蹴りを飛ばした。


戸倉はそれを避けると、香川の顔面に前蹴りを放つ。


ばぐん!


香川の体が空中で横に回転して三メートル先の地面に倒れる。


「こ~殺す~お前を~ぶっ殺してやる~」


だが、香川はのそっと起き上がり、充血した両目で戸倉を睨む。


戸倉一心も化け物だったが、この香川浩介も普通ではなかった。


倉庫内にいる人間達は、固唾を飲んで二人の戦いを見守っていた。


誰一人として声をあげる者はいなかった。


それほど張り詰めた空気だったのである。


「そろそろ終わりにしましょうか」


戸倉はゆっくりと香川に近付くと、顔面に向かって平手を飛ばした。


香川の顔面に吸い込まれる様に、戸倉の巨大な掌が迫っていく。


香川は充血した両目でその掌を凝視した。


そして。


信じられないことが起こった。


香川はその攻撃を避けたのである。


「・・・・・!」


戸倉にとっても驚きの現象であった。


香川は両手を伸ばすと、戸倉の腰を包み込むように動いた。


「凄いですよ、あなたは!」


戸倉はうれしくなって驚嘆の声を上げた。


香川は戸倉の背中に両手を回して指と指を組みロックした。


「へへへ~殺してやるからな~」


香川はにちゃりと笑うと戸倉を舐める様に見た。


両腕に力を込めて戸倉の腰を締め付けていく。



通称・さば折り。


さば折りとは、相手の腰に両手を回し締め上げるつかみ技で、相手の背骨・脊椎を破壊することを目的とした恐ろしい技である。


相撲の決まり手にも、さば折りと言うのがあるのだが、こちらは腰に手を回して下方向に体重と力で押し付ける技なので、根本的に目的が違う。



「へへへ~死ねよ~」


香川はそう言うと、戸倉の顔面に唾を吐きかけた。


びちゃっ!


赤い血染まった唾は戸倉の頬にべっとりと付く。


その瞬間、戸倉一心の表情が一変した。


「何をしたんですか・・・?あなたは・・・」


戸倉は香川の両目を覗き込んだ。


「お前には~お似合いじゃないのか~へへへ~」


香川は両腕に力を入れると、戸倉の背骨をぎちぎちと締め付けていく。


「何をしたんですか・・・?」


ギリギリ・・・。


異様な音が戸倉の体から発せられる。


ギリギリ・・・。


何かが軋む音である。


「お前の背骨が~壊れる音だぞ~」


香川は長い舌を出してチロチロと振り回す。


ギリギリ・・・。


異様な音が響き渡る。


「・・・・・!」


香川は何かがおかしいと思った。


違う。


そう、違うのだ。


ギリギリ・・・。


異音がしているのはたしかだった。


戸倉の体の一部から発せられているのもたしかである。


だが、それは背骨の壊れる音ではない。


「な~なんだ~?」


香川は戸倉の口元を見た。


ギリギリ・・・。


歯と歯が擦れ合って起こっている音である。


歯軋り。


そう、歯軋りである。


「おどれ・・・ワシの顔に・・・何、吐きかけとるんじゃい」


戸倉の口調が、優しい丁寧語からドスの効いた関西弁に変わっている。


そして、表情が鬼の様な形相になっていた。


左右の眉は吊り上がり、眉間には縦に五本ものシワが現れ、目は大きく見開かれて血走っている。


「あ~なんだ~お前~?」


香川は戸倉の口調・表情が変わったことに少し動揺した。


戸倉は両手をゆっくりと動かすと、香川の両腕を掴んだ。


みちっみちっ。


香川が腰に回している両腕を、戸倉が両手でワシ掴む。


そして。


力を入れていく。


戸倉の指に血管の筋が浮き上がり、万力の如く締め付けていく。


「あ~」


(こ~こいつ~なんていう力だ~)


香川は戸倉の掌の大きさにも驚いたが、その握力の強さに驚愕した。


みちっみちっ。


「早くこの手を離さんかい、おどれ」


戸倉はさらに力を込めていく。


みちっみちっ。


(こいつ~化け物か~)


香川の表情が苦痛に変わっていく。


その握撃。


それは人間の領域を確実に超えていた。


握力。


成人男性の平均握力は、二・三十代で四十九キロ程度であると言われている。


そして、相撲の力士の平均握力は八・九十キロ程であり、握力のある力士でさえ、百キロを少し超えるぐらいだそうだ。


では、戸倉一心の握力はいくらなのか?


なんと。


二百キロを越えるのである。


化け物。


そう、現実的には考えられない程の握力である。


では、動物の世界で最高の握力を持っているのは何なのか?


それは、ゴリラである。


その握力は、なんと四百~五百キロもあるらしい。


動物界最強の握力王がゴリラならば、人間界最強の握力王は戸倉一心と言えよう。


その握撃で締め付けられる香川の両腕。


みちっみちっ。


みるみると香川の両腕が紫色に変色していく。


両腕の血管が強力な力で締め付けられて、血の流れが止まっているのがひと目でわかる。


だが、香川も戸倉の腰に回した両手を意地でも離さない。


「おどれ、ワシを怒らすなや・・・」


戸倉は静かな関西弁を投げ掛けると、両手の握撃にさらに力を込める。


みちっみちっ。


(この~化け物め~)


香川の両腕に信じられない程の激痛が走る。


「ぐぅ~この野郎~」


香川は両腕が痺れ震えてくるのを感じた。


そして。


じわりじわりと。


戸倉の腰に回して組んでいた指のロックが外れていく。


(くそっ~離したら~終わる~)


香川は顔を真っ赤にして粘る。


この手を離したら、とんでもない地獄がやってくると悟った。


香川は生まれて初めて恐怖と言うものを感じたのだった。


「この野郎~化け物め~!」


香川が叫んだ瞬間。


香川の両腕が戸倉の腰から外れた。


戸倉は香川の両腕を両手で掴んだまま静かに立っている。


「あ~あ~あ~」


香川は背中に気持ち悪い程の悪寒を感じた。


恐怖。


そんなモノの存在すら、今まで知らなかった。


怯え。


それは自分にはない感情だと、今まで思っていた。


だが。


目の前にいる男に、香川は心底から浴びせられているのであった。


戸倉は香川の両腕を掴んだまま、前蹴りを発射した。


どぱん!


爆音が倉庫内を駆け巡る。


香川の腹部に前蹴りが突き刺さる。


「ぐぼおおお~っ!」


香川の両足が地面から数十センチ浮いた。


戸倉が香川の両腕を掴んでいるので、香川の体はおもちゃの様に扱われている。


そして。


戸倉は両手を回転させて、香川の両腕から手を離した。


香川の体が両腕を中心に空中で回転する。


さらに。


空中に浮いている香川に、戸倉は前蹴りを放った。


香川の顔面に前蹴りが、ぶち当たる。


「ぐは~っ!」


香川の体が飛んで地面に当たって跳ねる。


その時にはすでに戸倉は動いていた。


周りにいた人間達は、言葉さえ出なかった。


いや、出せなかったのだ。


恐怖の塊である街最強の男・香川浩介が、虫ケラの様に扱われているのである。


信じられない光景。


見てはいけない情景。


「ワシの顔に泥塗りやがって・・・このゴミが!」


戸倉はそう言うと、香川の腹に蹴りを放つ。


どすん!


ばすん!


大きなタイヤを鉄のパイプで力一杯叩いた様な爆音。


その様な蹴りを香川はボディに受ける。


その速度は未知数で、何発蹴られたのかさえ、わからない程であった。


ばばばすん!


どばっばっ!


ただ言える事は、このままだと殺されると言うことだ。


「ぐえええ~~~~~~~!」


香川は口と鼻から血を吐き出して叫んだ。


(こ~殺される~うおおお~)


香川は両腕でその蹴りを防御しようとしたが、すでに感覚を失っている両腕はほとんど動かず、香川は戸倉の強烈な蹴りを防御なしの腹部で受けるしかなかった。


「ゴミの分際で、誰に唾を吐きかけとるんじゃい!」


戸倉の動きは止まらない。


地獄絵図。


まさしく、その光景は地獄絵図であった。


「こ~殺して~やる~」


香川は口と鼻から血を吐き出しながら言う。


戸倉の蹴りを腹に数発喰らっても、立ったまま戸倉を睨んでいる。


なんという執念。


なんという根性。


黒いスーツを着た二人の立会人は驚いていた。


素人で、戸倉一心の暴力にここまで耐えた人間を見たことがなかったからだ。


戸倉は蹴り足を止めると、静かに右手を上空に上げた。


「こ・殺してやる~ぶっ殺して~やる~・・・」


香川は戸倉の顔を睨みつけたまま立っている。


しかし、両腕は紫色に変色して腫れ上がり、口や鼻からは血が吹き出している。足腰はすでにガクガクと震えていたが、気力だけで立っていた。


「そろそろ、おしまいじゃ」


戸倉は低い声で言うと、香川の頭部に向かって振り下ろした。


どおぉん!


爆音が貸し倉庫内に響き渡る。


香川の頭部に戸倉の右掌が当たり、香川の体は地面に力強く叩きつけられた。

倉庫内の地面が、地震でも起こった様にビリビリと震えた。


そして。


香川浩介は、口から血を吐き出して気を失っていた。


「ご苦労様です」


黒いスーツを着た二人の立会人は、戸倉一心に駆け寄り声をかけた。


「おっと、少し興奮してしまった様ですね・・・」


戸倉は興奮から冷めたのか、口調が丁寧語に戻っていた。


倉庫内にいる若者達は、呆然と戸倉一心を眺めていた。


誰一人として、戸倉を襲うわけでもなく、声すらもかけない。


「これで仕事は終了ですね。ところで、この男ですが・・・少し私に預からせてもらえますかね?」


戸倉は立会人の二人に言った。


「私達の役目は、この男があなた様に倒されることを確認することです。そして、そのことを依頼人に報告するまで。あとはどうなさろうと御自由で御座います」


立会人の一人が静かに言う。


「では、預かっていきますね」


戸倉はそう言うと、気を失って倒れている香川を右腕で軽く持ち上げると、自分の左肩に乗せた。


「その男を、どうなさるお気持ちで?」


立会人の1人が聞いた。


「いえいえ、素人にしては面白い人材なので、私の所でちょっと面倒見てみようかな?と」


戸倉はニコリと笑うと、ゆっくりと歩き始めた。


「そうですか」


二人の立会人も静かにその後に続く。


倉庫内にいる若者達は、何が起こっているのか、何が起こったのかさえもわからずに、ただ戸倉一心と二人の立会人の姿を呆然と眺めているだけだった。


香川を左肩にかついで歩く戸倉一心。


倉庫の外に出ると、数十人の若者達が固唾を飲んで立っていた。


皆が皆、真っ青な顔をして立っている。


それはそうであろう。


あの様な戦いを見たのだから。


戸倉は乗ってきた白い車まで歩くと、後部座席のドアを開けて、香川を中に放り込んだ。


二人の立会人は、ゆっくりと白い車に乗り込んでエンジンをかけた。


「あ、みなさん、お疲れ様でした」


戸倉一心はそう言うと、そこにいる若者達に声をかけた。


そして、白い車の後部座席に乗り込んだ。


声をかけられた若者達の反応はなく、ただ静かに黙り込んでいるだけであった。


白い車はゆっくりと弧を描いて方向転換をすると、そのまま暗い闇の中に消えていった。



こうして、香川浩介は戸倉一心に出会い、そして、敗北したのである。


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