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遥か高みの召喚魔帝  作者: 黒井泳鳥
五月編 後編
48/656

48話

「戻ったぞ」

「ん~」

 夕食の少し前の時間になると出掛けていたリリンたちが戻ってくる。リリンが外に出るのも珍しいが、ロッテの散歩でもしてきたのかねぇ~? ってこれじゃ本当に犬扱いだな。犬だけど。

「さて、と。ゲームの続きをやらなくては」

 部屋に戻るやゲームへ一直線。子供か己は。見た目は子供だけども。

「そうそう。昼にロゥテシアにネギを大量に食わせたがなんともなかったぞ」

「ぶっ!」

 お、お前なんてことを……。無事だったから良いものの下手すら死んでるじゃねぇか。そんな内容のことを突然放り込んでくんなよ。心臓に悪いな。

「というわけで最大関門のネギという草を乗り越えたので主と同じ食い物は大概食える。はずだ」

 リリンに抗議しようと思ったが、ロッテの誇らしげ且つ嬉しそうな表情を見ると怒る気も失せるな。尻尾ブンブン振りやがって可愛いな。

「じゃあ今日からしばらく同じ物食うか」

 リリンも最初の最初はそうしてたしな。食う量がけた違いですぐに追加していきメニュー網羅してたが。

「う、うん。……くぅ~」

 頭を撫でるとさらに尻尾が激しく振られる。お前撫でられるの好きだなぁ。よし。いつも頭だけだが今日は顎もかいてみよう。

「ん?」

 手を伸ばそうとすると端末にメールが届く。開いて内容を確認してみると。

「またか……」

 書かれていたのは週末の演習試合について。またA組のヤツから指名だとよ。なんで二連続で上のヤツとやらないかんのじゃ。たしかにリリンは別格だしB組のヤツとやったときは可哀想なくらい圧勝してたけども。だからってわざわざ指名て……。

「あ~めんどくさいなぁ~。もう」

 俺は最近自分に変化がある。それは感じている。普通のヤツなら変わった自分を試したくなると思う。が、俺はそんなに焦ってないんだよ。三年もあるんだぜ? なんで一ヶ月で劇的な変化してそれ試さなくちゃいけないのか。もっとゆっくりのペースで良いよ俺は。

「どうしたんだ?」

 ロッテが心配そうに見つめてくる。頭を撫でると安定の心地の良い手触りが応えてくれる。落ち着くわ~癒されるわ~。今の俺の癒しはお前だけだよロッテ。

「ちょっとなぁ~……。あ、リリン土曜に試合の予定入ったから」

「そうか」

「そうかって……。空けとけよ? ゲームでやることあるなら今のうちに終わらせてさ」

「フム。悪いか土曜は我は行かん」

「……は? いやいや、お前がやらないなら誰が……」

「そこにいるだろ? うってつけのが」

 影で示されたのは俺が今撫でている麗しの君ロッテ。お、おいおい。まさか……。

「ロッテにやらせろってことか?」

「あぁ。どうせこちらの諸々は経験させるつもりなのだろう? であれば週末の事も含まれるだろ」

 そりゃそうだけど……。俺まだロッテのこと把握しきれてないから不安なんだが……。それに。

「今週末はさすがに……。相手はA組なんだよ」

「ほう。前にヤった畜生と同レベルか」

「同じクラスだからたぶん」

「ならば肩慣らしには丁度良いんじゃないか? あ、いや。今のお前だとあの畜生でも役不足か」

 おい。それジュリアナ・フローラのこと言ってるよなちゃんと。めちゃめちゃ苦戦した相手がたった二週間で楽な相手になっちゃってんの? 俺今どうなってんの? ねぇ?

「とにもかくにも、だ。我は出ん」

 か、頑なだなぁ……。ま、まぁロッテもリリンとまともに張り合えるくらい強いし。潜在能力ポテンシャルは申し分ないんだが。あとは俺がどれだけ引き出せるかだよな……。

「……」

「……?」

 心配だ……。縮んでるし。……つか、最悪負けても良いか。成績は下がるかもだがまだ一年だし。そもそもE組だし。なにを勝つのが前提なんて考えてんだ俺は。たしかにリリンが負けるところとか見たくないけど。ロッテに関してはそのあたりの感情まだ薄いから、ケガの心配のが強いんだよな。

「よし。やってみるか」

「……???」

 唐突だが、ロッテのデビュー戦が決まった。説明してないから本人はまだ理解してないがな。



「あ~あ。通っちゃった」

 とある一年女子の部屋。部屋の主は暗い部屋の中で端末を眺めながら呟く。

「ま、通ってもらわなきゃ困るんだけどね」

 端末を離し、体を起こす。おもむろにストレッチを始め、体を伸ばす。

「ん~……! スタッレ。ちょっと付き合ってよ。どうせいるんでしょ」

 一瞬空間が歪むと、身長190㎝程で全身黒ずくめの男が姿を現す。フードを深く被りマスクもしているため、暗がりという事を差し引いても顔はまったく見えない。

「組手か?」

「うん。良いでしょ?」

「構わん」

「ありが……と!」

 ノーモーションで男に向かい回し蹴りを放つ。しかし男は一歩近づいて膝の関節部分を受けるようにして威力を殺す。彼女は狼狽えず続けてあらゆる打撃を行使する。拳打。貫手。手刀。足刀。肘鉄。膝蹴り。至近距離でも柔らかい体を駆使し回りながらのハイキックまで。が、そのことごとくをいなされる。暗闇の中なのにだ。

「体は悪くない。しかしまだ読みやすいぞ。関節一つ一つを独立させて動かすイメージを持て。筋肉の動きは悟られないようにしろ」

「そ、それ毎回言うけど無茶苦茶難しいって自覚して言ってる?」

「俺は出来るから出来ないヤツの気持ちなんて理解できん。わかるのは次の動きくらいだ」

「天才め……おっと」

 男からも少しずつ手が出始める。なんとか対応していくが時間が経つにつれてかわしきれなくなる。

「ここまでだ」

「はぁ……はぁ……。ありがとう」

 男の指先が眼前で止まったところで二人の組手は終わる。

(やはり一番の問題はマナだな。こちらの世界は大分遅れているようだし仕方ないが)

 男のいる世界ではマナを用いた機器などが発達している。また、感じ取る器官もあるので大体はマナを視る事で相手の動きなどを把握できる。

(これからもバレないように少しずつ矯正していくか。下手に漏らしてこちらの文明を進ませるのは癪だから絶対教えてやらんがな)

「俺は帰る。用があればまた喚べ」

 男はこれからのプランを立てつつ元の世界へ戻っていく。

「はぁ……はぁ……。今日も一回も当てらんなかったか」

(ま、動いたお陰で逆に胸の奥は落ち着いたけど)

 突然組手を始めたのは端末に届いたメールを見たからだ。それは週末の演習試合の予定が決まったという内容。相手は――。

(どんな手を使ったにせよジュリを病院送りにした相手……。油断できないよねぇ~……。でも友達ヤられて黙ってることのが無理な話。ジュリにも相手にも悪いけど。勝手に仇討ちさせてもらうから)

 彼女は一年A組七番観門みかどかなどめ。相手の名前は、天良寺才である。



「へぇ~。またA組から指名食らったんだ。モテモテで羨ましいですなぁ」

 夕食の席。たまたま居合わせた伊鶴たちと同席することに。なんか話の流れでついさっきのメールについて口を滑らせちまったところだ。ちなみに休みの間の話は再開されていない。今度時間を取ってゆっくり聞かされるらしい。憂鬱だ。

「やっぱ面子的な感じなのかな? A組がE組に負けるとか何かの間違いみたいなさ」

「知らねぇ。そもそも俺そんな目立つようなこと……」

「「「してるじゃん」」」

 あ~うん。してるな。俺というか俺の相方がいるだけで目立つわ。今はジェノベーゼとカルボナーラとペスカトーレとボンゴレのパスタ。さらにコーンスープとオニオンリングとイカリング。デザートに生クリームとアイスが乗ったワッフルを並べて食事を楽しんでおられるよ。

「ん? 食うか?」

「いや、良い」

 見てるだけで胸焼け起こすわ。なんだその炭水化物の量。

「スンスン……」

 新しい相方は興味深そうに鼻を動かしてるよ。そのうちお前もリリンみたく俺と同じじゃ満足できなくなるんだろうな。その図体だもん仕方ないよな。

「ん~……そうだ! 良いこと思い付いたよ皆の衆!」

「伊鶴さんの言う良いことがとても不安なんですが……」

「言うようになったなやっちゃん。揉むよ?」

「脈絡……!」

「それで、良いこととはなんだ? ろくな事でないとしても切り出されたら気になってしまう」

「ゆーみんも言うねぇ~。揉むよ?」

「構わないが……。反射的に手が出てしまったらすまない」

「ごめんなさい……。二人にフラれたんでミケちゃん揉んで良い? タミーは断るとかじゃなくまず手が出るから」

「人を暴力女見たいに言うな。私だって好きでやってるわけじゃ……」

「間違っては……ないと思うよ?」

「……の野郎。……誰のせいで」

「ま、まぁまぁ。僕の筋肉に免じて落ち着いて」

「うぉ!? スゲェ! 雄っぱいデケェ!」

 胸を強調するポーズを決めたミケの胸筋に手を伸ばす伊鶴。筋肉を誉められてるミケも満更でもない表情。

「あ、でさ。良いことってのはさ」

 ひとしきり揉んだ後、思い出したかのように伊鶴は自分の席へ戻る。心なしかミケの顔が火照っているような気もするが……。触れない。触れちゃいけない気がする……。

「さっちゃんの演習試合の日に合わせて、私らもその日に希望申請出そうぜってお話ですよ。皆の試合を皆で見よう! で! 日曜は皆で打ち上げ兼反省会に行こうぜ!」

 このとき、珍しく本当に良いこと言ったなと俺以外の四人は思ったらしく口々に伊鶴を誉めるんだが……。あのさ。それはつまり土日ほぼ丸々お前らに持ってかれるってことじゃ……。あぁ……憂鬱だ。

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