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Variety of Lives Online ~猟師プレイのすすめ~  作者: 木下 龍貴
9章 猟師の弾丸は雪原を割って
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シルヴェルフィア

活動報告等でのお知らせ通り、完結までの全エピソードを書き終え、予約投稿を完了しました。 2月18日の完結まで、月・水・金の週3回更新を継続します。 残りの期間も拙作をよろしくお願いします。

 土曜日の朝。

 俺は、シルフレアの背を追って、マナウスから北東に向かって走っていた。

 西のレイド戦線を超え、川を越え、そこからは北へ。北へ。

 走りながら、思い出すのは昨夜の出来事。シルフレアから渡された招待券に応じるべきか、悩みつつも起きた出来事を共有チャットに張り付けたことで、急遽決まった緊急会議での出来事だった。


「なるほど、経緯については理解した」

「だぁ~!お前って奴はよ!まぁた面白そうなクエスト起こしやがって!」


 話を聞いた錦が頷く。富士は羨ましそうに、それでいて楽しそうに騒いでいた。

 このイベント期間中、どれだけ集まったかわからない、セントエルモのリビング。夜間でもランプの柔らかな光が注ぐ中、円卓の上ではカップに注がれた飲み物の湯気が踊り、コーヒーの香りが薄く漂う。

 話している俺の様子が気になっていたのかもしれない。みんなの反応が収まるの待ち、楓が聞いてきた。


「それで、エルフの里ってどこにあるんですか?」

「エルフの里の場所は掲示板では明かされている。距離としては、往復なら半日。といったところだろうな」


 ヨーシャンクが顎に手を当て、テーブルに置かれた地図を見ながら言う。

 距離だけなら帰ってこれる。しかし、エルフの里で何をするのかがわからない。場合によってはイベントの終わりまでの時間をそこで過ごすことにだってなり得る。

 それが俺がエルフの里行きを即決できない理由だった。


「正直に言うけどさ、行くかどうかは迷ってるんだ」

「それは、なぜですか?」


 楓はきょとんとした表情で理由を聞いてくる。

 行きたい思いはある。ただ、それ以上にためらう気持ちがある理由は、すでにわかっていた。

 これまでの食料、消費アイテム類の融通。装備のメンテナンス。新装備の準備。作戦会議や情報共有。他にもあるこれらのアドバンテージは、俺が完全ソロプレイで参加をしていたら、到底手に入らなかったメリットだ。

 そして、それは俺以外の誰かの時間を費やした上で成り立ったものだ。ゲームの先にいるのは同じように生活の中から時間を見つけ、費やしてきた人々。

 そう考えると、胸の内が少しだけ重くなる。


「なるほど。それだけの支援をしてもらっておいて、イベントの最後の週末。それも正体がわかったラスボスに挑む権利を放り投げちゃうなんて、周りに申し訳ないってことか」


 鉄心はうんうん、悩むよねえ。なんて言いながら何度も頷いている。ヨーシャンクと錦は何も言わず、楓は不思議そうな顔でこちらを見ている。アイラは俺が悩む姿をあまり見ないせいか、少しそわそわしながら周囲を見回していた。


 最後に富士が盛大な溜息をついて口を開いた。


「で?そういうのはいいからよ。カイはどうしたいんだよ」


 アランの足跡を追う旅。それはほかのクエストとは少し異なる感覚を俺に思い出させていた。

 それは、中学生の頃。祖父の書斎にこっそりと忍び込んだ時に見つけた、一枚の家系図。あれを見つけた時の感覚に近かった。

 たった一枚の家系図から始まり、祖父の記憶や交流網、そこからさらに先へと進んだ遡行の旅。あの苦労と、少しずつ分かっていく家系の流れと歴史へのワクワク感。

 このクエストは、あの懐かしい感覚を呼び起こしてくれた。


「そうだな。あの時は辿れるだけって感じだったけど、今回は人物にピントが合っているからな。少ない手がかりの中から、一人の人間の足跡を辿る旅。正直、このゲームの中で色々なモンスターと戦うことと同じくらい楽しかった」

「ははっ、じゃあもう答えは決まってんじゃねえか」


 富士は笑って俺の背を叩く。バシンっと乾いた音があたりに響く。

 すると、アイラや鉄心が次々と背中を押してくれた。


「私も富士さんに賛成!楽しいがそこにあるなら、絶対に行くべきだよ!」

「俺もそう思う。ていうか、カイって面白いよね」


 笑う鉄心に理由を聞く。


「だって、確かに俺たちは食料売ったり、装備メンテしたり色々してるけどさ。その分、俺達だって色々ともらってる。イーブンだよ」

「それはそうかもしれないが…」


 煮え切らない俺に業を煮やしたわけでもないだろうが、黙ってやり取りを聞いていた錦が話し始めた。


「俺はエルフの森行きを強く進めるぞ。理由はこのイベントのためにもなるからだ」


 そう言って、錦は理由を述べた。


「統括本部にいると各ルートの亜人種の動向を把握しやすくてな。その中で実際に聞き取りもして把握していることだが、実はエルフ族の参加率が低い。どうやら姫の分体の護送クエストに失敗して失意の底にいるエルフが多いらしい。明日からは最終決戦だ。戦力の向上が見込めるなら、それに越したことはない」


 なるほどな。錦らしい援護射撃だ。そう感じていると、ヨーシャンクが軽く手を挙げた。


「錦の案に賛成する。その上で、これはここまでのクエストの動きを見た上での推測だが、どうもVLOでは我々の動きがクエストの形が変わる節がある。カイの救出クエストなんかはその最たる例だろう。それに、少しメタい話ではあるが、ゲーマーの観点から言っても、行ったらクエストクリアだけ、とはならないさ。まあ、ここまで言っておいてなんだが、私はカイが思うように楽しんだ結果、それこそが我々に最も利する結果になると思っているよ」


 二人とも、本当によく口が回る。だが、クエスト一つに行くかどうかで悩んでいた自分はどこにもいない。そう感じさせてくれたことへの感謝しかないな。

 富士はへへっと笑い、もう一度俺の背を叩いた。


「とっとと行って楽しんで来いよ、カイ」


 あまりにもあっけらかんと言う富士に俺も思わず笑いが出る。

 集まった全員の視線が俺を向いていた。

 そうだな、ここまで背中を押されて、それでも日和るなんて俺らしくない。

 暖炉の火が揺れ、集まった友人の影を揺らす。俺は顔を上げ、全員を見た。


「ありがとう。目標はイベント中に帰ってくること。可能なら土産ももって帰ってくるわ!」


 みんなと別れた後、俺はある人物に合い、ダメ押しとばかりに背を押されて出発した。


「大丈夫です!カイさんなら、間に合わせてくるって知っていますから!」


 月夜の中で振れる尾が、俺への信頼を示しているようだった。



 そうして、俺はシルフレアに付き従い、エルフの森を目指していた。

 マナウスの森とも少し違う、冬の凍てついた森。走るだけでも身震いをするような寒さを切り裂き、雪を踏みぬく音だけを残して先へと急ぐ。

 

 マナウスを出て数時間。ついに、シルフレアは立ち止まった。

 翡翠の瞳が真っすぐ俺を射貫く。その光は、エルフとしての矜持そのものだった。


「…ここから先はエルフ族の領域。私の側を離れずに着いてきて。むやみに木々に触れるだけでも、森の機嫌を損ねる。そう思っておきなさい」


 その声は、いつもよりずっと厳しく張り詰めていた。


 シルフレアは両手を組み、静かにエルフ語を紡ぎ始める。

 以前にも見た、結界の奥にいる誰かとの対話。風が止み、森が息を潜める。その美しくも厳かな雰囲気に満ちていた。


 数分後。彼女は手をほどき、こちらを振り返った。


「これでカイも通れるわ。ついてきて」


 そう言って、シルフレアは結界の中へと歩み出す。

 俺は先ほどの言葉に従い、ただただ静かに後を追う。

 何か薄い膜のようなものを通り抜けた感覚の後、視界が一変した。


 見上げれば、空を覆うほど巨大な樹々が何本もそびえ立ち、その幹は大人が十人で手を繋いでも回りきれないほど太い。

 枝は天へ向かって伸び、そこにいくつもの家が作られている。

 木の皮を編んだ壁、枯れた葉を重ねた屋根、蔦で編まれた窓枠。どれも自然物だけで作られているのに、どこか洗練されていた。

 そして、巨大樹と巨大樹の間には、いくつもの吊り橋が渡されている。

 風に揺れるたび、木々がざわめき、まるで森そのものが呼吸しているようだった。


「……すごいな」


 思わず漏れた声に、シルフレアは振り返らない。上空に並ぶ家々を見上げながら、呟くように教えてくれた。


「ここは、私たちエルフ族の故郷。緑が満ち、数多の精霊が生まれ、そして還る場所。名をシルヴェルフィアというの」


 そうして、歩き出したシルフレアは、わき目も振らずに進む。

 エルフの住居に目を奪われながらも、シルフレアに促されるまま、木の枝で編まれた籠に乗る。

 すると、何の仕掛けもないのに、ふわりと浮き上がった。


「うぉ!エレベーター?」

「精霊たちの力を借りているだけよ」


 俺の反応が面白いのか、ようやくシルフレアも笑顔を見せる。

 それにしても、面白いものだな。魔法でも機械でもない、自然と共にある文明。これがエルフ族が作り上げてきた文化か。


 その後はシルヴェルフィアについて俺が聞き、シルフレアが答えながら、いくつもの籠を乗り継いで吊り橋を渡っていく。

 その間、何人かのエルフとすれ違った。

 彼らは皆、俺をちらりと見ては視線をそらして歩き去る。中には、わかりやすく警戒心を滲ませているエルフもいた。

 俺でも知っている数多のエルフの定番と言えば、自分たち以外には排他的な特性だ。まさに、そのイメージ通りの反応だな。


「シルフレアがいるから、こんなもので済んでいる、のかな」

「そうね。人間と関わって知ったけど、エルフは皆、疑り深いのよ」


 やがてシルフレアが立ち止まり、木の扉に手をかけた。


「ここが族長の住まう家。族長には、カイがアランの足跡を追う者であることは伝えてあるわ。ここから先は私は入れない。一人で行きなさい」


 扉が静かに開けられる。

 中は、外観以上に温かみのある空間だった。木の壁には蔦が絡まり、天井には光る玉がふわりと浮かんでいる。ランプの代わりなのだろう。柔らかな光が部屋を照らしていた。

 中央には壮年のエルフ。机に向かい、書き物をしていた手を止めると、顔を上げる。


「……ほう。またしても人間が我らの里に足を踏み入れるとはな。その上、アランの足跡を辿る者とはな。まったく、無駄なことを」


 想像通りというべきか。想像以上というべきか。やはり歓迎はされていないな。

 そう思いながらも、俺は族長に頭を下げた。


「本日は、貴重な時間を割いて頂き感謝します。私は冒険者のカイ。ここに、踏破者アランの足跡の一つがあると聞き、エルフ族のシルフレアに導かれてやって来ました。」


 族長はゆっくりと俺の前に立つ。

 そして、背負い箱を一瞥し、口元をわずかに歪めた。


「その装備……あの愚か者を思い出す。そうか、この時代にも斯様な模倣事に現を抜かす者がいるのだな」


 皮肉めいた口調とは裏腹に、そこには敵意ではない、懐かしさと、少しの期待が混ざっているような気がした。


「……さて、一応は一通りの礼儀は尽くしておこう。一時の客人よ、エルフの里、シルヴェルフィアへようこそ。私はこの里の族長、アルマロスだ」


 族長アルマロスは、俺を真正面から見据えたまま、静かに口を開いた。


「先に言っておく。私は貴様を歓迎はせん。しかし、あの愚か者の跡を追う者が来たならば、約定に則って応対をさせてもらう」


 その声音は冷たく、しかしどこか誇り高い響きを持っていた。

 エルフという種族の排他性が、そのまま言葉になったようだった。


「……さっそく、始めようか。だが、その前に告げておく。私は忙しい。この一度の機会をなくして、遠き夢追い人の祝福を得ることは叶わんと知れ」


 つまり、このクエストは一度の挑戦しか許されていない。そういうことか。

 無言のまま頷くと、アルマロスは杖を手に立ち上がる。杖でこつりと地面を打つと、目には見えないさざ波が広がったのがわかる。

 木造の静かな家の中で、その音はいつまでも響きを残していた。

 族長アルマロスは、俺を真正面から見据えたまま言った。


「我が問いは一つのみ。心して答えよ。…短き世を生きる者よ、何故貴様はアランの跡を追う。その道は、栄光ではなく、孤独を連れてくるというのに」


 アルマロスの問いは、静かに、しかし重く空気を揺らした。

 その言葉の裏にある意図は、すぐに理解できた。

 これは単なる質問じゃない。

 求められている本質を考えろ。

 アランの足跡を追った理由。その答えに必要なのは、『カイという名のこの世界を生きる冒険者』の覚悟を示すこと。そして、自身がアランの模倣品にはならないという意思の提示。


 手がかりは、これまでの情報の中にある。

 思い出せ。エルフの特性を。族長の言葉を。その裏に潜む本当の意思を。

 そうして、しばらくの沈黙を破り、慎重に言葉を紡いだ。


「……俺は、アランのようになりたいわけじゃない」


 アルマロスの眉がわずかに動く。


「ただ、アランが見たものを、自分の目でも確かめたいだけだ。誰かの伝承じゃなくて……俺自身の物語として」


 『カイ』という冒険者が追ったのは、アランというかつて生きた偉人の影。その過程で、偉人の偉人たる理由に触れてきた。

 偉人伝クエストの一連の流れは一種の英雄譚(ヒロイック・サーガ)に近い構成をしていた。亜人種でもその認識で間違ってはいないはず。

 アランは英雄になった。だったら『カイ』は、アランが進んだ物語とは異なる、自分自身の道を示す必要がある。

 芝居がかったことは得意じゃないが、悪くない答えだとは思う。

 さて、この答えがどう響くか。


 静寂が落ちる。

 アルマロスは目を閉じ、ほんの一瞬だけ息を整えるように沈黙した。


 やがて、杖の先が床を軽く叩いた。


「……未熟だ。だが、偽りはないな」


 その声は冷たくも厳しくもあったが、

 その奥に、わずかながら認める色があった。


「アランもまた、己が道を歩んだ愚か者よ。その足跡を辿りながらも、己の道を選ぶ者。ならば、及第点には届くだろうな」


 アルマロスはゆっくりと俺を見据えた。


「遠き夢追い人の祝福を求める資格――確かに、貴様にあると認めよう」

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