第1話 星が落ちた夜
むかしむかし。
山と森に囲まれた小さな村に、ユウトという少年が住んでいました。
村にはたくさんの子どもたちがいました。
朝になれば野原を駆け回り、川で魚を追いかけ、木の上に秘密基地を作って遊びます。
みんな元気いっぱいでした。
けれど、ユウトだけは少し違いました。
友達が木登りをすると聞けば、
「落ちたら危ないよ」
と言いました。
川遊びに誘われれば、
「服が濡れるからやめておく」
と言いました。
競走しようと誘われれば、
「今日は疲れてるから」
と言いました。
本当は違いました。
危ないからでも、疲れているからでもありません。
失敗するのが怖かったのです。
昔、友達と競走をしたことがありました。
勢いよく走り出したものの、小さな石につまずいて転んでしまったのです。
ひざは痛いし、服は泥だらけ。
友達が何か言ったような気がしました。
笑われたような気もしました。
本当は違ったのかもしれません。
でもユウトの心には、そのときの記憶がずっと残っていました。
失敗は恥ずかしい。
失敗すると嫌な気持ちになる。
失敗すると笑われる。
そう思うようになったのです。
それからというもの、ユウトは挑戦することを避けるようになりました。
挑戦しなければ失敗しません。
失敗しなければ傷つきません。
けれど、新しいことも起こりませんでした。
そんなある日の夕方です。
ユウトはいつもの丘へ向かいました。
村のはずれにある小さな丘。
ここからは村全体が見渡せます。
赤い屋根の家々。
煙を上げるかまど。
遠くの森。
そして遊び続ける子どもたち。
みんな楽しそうでした。
ユウトは草の上に座り込みました。
風が優しく吹き抜けていきます。
「いいなあ……」
思わずつぶやきました。
本当は自分もあんなふうに遊びたい。
本当は挑戦してみたい。
本当は失敗なんて気にせず笑いたい。
けれど怖い。
失敗が怖い。
その気持ちが、重い石のように胸の中にありました。
やがて夕日が沈み、空は濃い青色になっていきました。
一番星が光ります。
二番星が光ります。
気づけば空いっぱいに星が広がっていました。
そのときでした。
ひときわ明るい星が光ったのです。
まるで誰かが空にランプを灯したようでした。
「きれいだな……」
ユウトが見上げていると、その星が動き始めました。
ゆっくりと。
ふわりと。
空を横切っていきます。
流れ星のようでした。
けれど、普通の流れ星とは違いました。
消えません。
それどころか、だんだんこちらへ近づいてくるのです。
「え?」
ユウトは立ち上がりました。
星はどんどん大きくなります。
まるで鳥のように空を飛び、
まるで誰かを探しているように揺れながら近づいてきます。
そして。
まっすぐユウトのいる丘へ向かって落ちてきたのです。
「うわっ!」
思わず目を閉じました。
ところが。
いつまでたっても大きな音は聞こえません。
恐る恐る目を開くと、
そこには金色の光が広がっていました。
やわらかな光です。
月明かりより温かく、
ろうそくの火より明るい光でした。
光の真ん中に、誰かが立っています。
背丈は猫くらい。
銀色の髪。
星空のようにきらめく服。
背中には小さな羽がありました。
その羽から、細かな光の粒がこぼれ落ちています。
「こんばんは。」
小さな存在は言いました。
「えっ!?」
ユウトは飛び上がりました。
その存在はくすくすと笑います。
「そんなに驚かなくてもいいのに。」
「だ、だ、だれ!?」
「ぼく?」
小さな存在は胸を張りました。
「ぼくは星の精霊。」
「星の精霊?」
「そうだよ。」
あまりにも当たり前のように答えるので、ユウトは何も言えなくなりました。
夢でしょうか。
でも風の匂いもします。
草の感触もあります。
どうやら夢ではなさそうです。
「ぼくに何か用なの?」
ユウトが尋ねると、星の精霊は満面の笑みを浮かべました。
「もちろん!」
「な、何?」
「失敗を集めてほしいんだ。」
ユウトはぱちぱちと瞬きをしました。
一秒。
二秒。
三秒。
そして言いました。
「意味がわからない。」
精霊はけろりとしています。
「失敗を集めるんだよ。」
「なんで?」
「宝物だから。」
ユウトは思わず笑ってしまいました。
今まで聞いた話の中で、一番変でした。
「失敗が宝物なわけないよ。」
「どうして?」
「だって失敗は嫌なものだろ。」
「そうかな?」
「恥ずかしいし、苦しいし、悲しい。」
精霊は少しだけ考えました。
それから静かに聞きました。
「ユウトは失敗したことある?」
「あるよ。」
「その失敗で何も学ばなかった?」
ユウトは答えに困りました。
転んでからは足元を見るようになりました。
熱い鍋に触ってからは気をつけるようになりました。
小さな失敗から学んだことは、たしかにあります。
「少しは……。」
「でしょ?」
精霊はうれしそうに笑いました。
そして、小さな木箱を取り出しました。
木目の美しい箱でした。
ふたには星の印が刻まれています。
「これをあげる。」
「箱?」
「うん。」
ユウトが受け取ると、不思議なぬくもりが伝わってきました。
まるで命があるみたいです。
「失敗するたびに、この中に入れてごらん。」
「失敗なんて入らないよ。」
すると精霊はいたずらっぽく笑いました。
「入るとも。」
「どうやって?」
「心で見ればね。」
そう言うと、精霊はふわりと空へ浮かび上がりました。
「待って!」
ユウトが叫びます。
精霊は夜空を背に振り向きました。
「失敗は宝物だよ。」
「うそだ。」
「なら確かめてごらん。」
そして精霊は無数の光となり、夜空へ消えていきました。
あとにはユウトだけが残されました。
手の中には木箱があります。
失敗が宝物。
そんなこと信じられません。
けれど。
不思議と少しだけ胸が高鳴っていました。
もしかしたら。
本当に何かが変わるかもしれない。
そう思ったのです。
こうしてユウトの不思議な「失敗集め」の旅が始まったのでした。
次回 第2話「最初の失敗の種」
転んでしまったユウトは、木箱の中に不思議な金色の種を見つけます。失敗は本当に宝物なのでしょうか。




