エピローグ
アレクシス様が弁護士を紹介してくださり、わたしはロイに会うことなく慰謝料を手に入れることができた。
そして、すっかり元夫との縁が切れた頃、アレクシス様から求婚された。
「あれほどあからさまにサラに好意を向けていたロイを怒れなかったのは、僕にもやましいところがあったからなんだ」
アレクシス様は言いにくそうに、わたしに告白した。
「僕はずっとサラではなくて君が妻だったらいいのにと思っていた。そんな僕がロイを責めることなどできないが、あいつが君を蔑ろにすることには腹が立った。君はロイを慕っていたから、サラを僕の許に繋ぎ止めておこうとしたんだが、正直、彼女が誰と恋愛しようがどうでも良かった。結婚した以上は大切にするつもりだったのに、やはりそんな考えではうまくいかないね」
「そうだったのですか」
わたしは思わず遠い目をしてしまった。
「今では、なぜあんな人を好きだったのだろうと自分でも不思議に思います。忘れてしまいたい過去ですわ」
「ロイが君の価値に気づかない愚か者だっただけだよ。僕も遺跡の発掘調査にのめり込んで、サラを放っておいたのは良くなかったと反省している。二度と同じ過ちは繰り返さないつもりだ。君をひとりで屋敷に置いておくようなことはしないから、どうか僕と結婚して欲しい」
わたしは考え込んでしまった。
アレクシス様のことは好きだ。一度失敗したけれど、やはり子どもをもうけて幸せな家庭を築きたいという願望はある。だから、結婚したくないわけじゃない。なのに、何かが引っかかる。
「アレクシス様はもう遺跡の発掘調査には行かれませんの?」
「ああ。父が体を壊してからは仕事が忙しくてね。費用も掛かるし、いつかはやめなければと思っていた。ちょうど潮時だったんだよ」
「正直に答えてくださいませ。もう未練はありませんの?」
「いや、最後にひとつだけ、まだ誰も手をつけていない地域があって、そこだけは僕がやりたいと思っていたんだけれど……」
「でしたら、おやりになればよろしいわ。わたし、協力しますよ」
「えっ? 協力って……」
「わたしは子爵家ですけれど当主教育を受けていましたし、嫁いでからは伯爵家の執務も学んでいました。教えていただければ、あなたが不在の間、お仕事を代行することもできると思うのです。それから発掘の費用でしたら、わたしは祖母の遺産を投資に回しておりまして、そこそこ収入がありますから、そちらを使っていただけばよろしいかと」
「いや、そこまでしてもらうわけにはいかないよ。っていうか、僕は君に求婚したはずなんだが、どうして発掘調査に行くよう勧められているのかな? もしかして、結婚したくないから遠くへ行けと追い払われてる?」
「違います!」
わたしは慌てて否定した。どうやら求婚されて思ったより舞い上がってしまったようだ。
「ごめんなさい。アレクシス様のお役に立ちたくて、つい先走ってしまいました。結婚するからといってやりたいことを我慢なさらないでとお伝えしたかっただけですのに」
アレクシス様の顔がぱっと明るくなった。
「じゃあ、僕と結婚してくれるんだね?」
「はい、喜んで」
* * *
結婚して二年が経った頃、わたしがぜひにと勧めたこともあり、アレクシス様はずっと念願だった地域の発掘調査をすることになった。
大きな発見には至らなかったものの、遥か昔に人々が使っていた道具などがぽつぽつとみつかるようになり、調査の継続を認められ、国からの補助金も出ることになった。
その時点で、アレクシス様は王立大学の研究員たちに後を任せて屋敷に戻ることを決めたそうだ。
「自由にさせてくれてありがとう。これからはずっと君のそばにいたいんだけどいいかな?」
そんなことを聞いてくるアレクシス様が愛おしくて、ぎゅっと抱きしめてしまう。
「もちろんですわ」
それからは時折様子を見に行くぐらいで、調査に参加することはなくなったが、けっして興味を失ったわけではなく、今でも報告書に目を通してはにこにこしている。
結婚してから六年目に女の子を授かり、さらに二年後には男の子が生まれた。
毎日が幸せで、元夫のことなど思い出しもしなかったが、アレクシス様はマートン侯爵家から定期的に報告を受けていて、わたしにも教えてくれていた。
ノアを引き取ってまもなく侯爵が亡くなったが、侯爵夫人はノアを可愛がり、今では仲の良い親子となっている。実の母がノアを傷つけることのないよう、夫人は監視を怠らないのだ。
だが、その報告も今回で終わりだろう。
結論から言えば、あの後、サラ様はロイの求婚を受け入れたが、ついにふたりが結ばれることはなかった。
長年の思いがようやく叶うと嬉しかったのだろう。二度目であってもロイは盛大な結婚式を挙げることを望んだが、式の三日前、サラ様が他の男と駆け落ちするという暴挙に出たのだ。
相手は隣国の貴族だと言っていたそうだが、じつは詐欺師で、女性を騙してあちこちに売り飛ばしているような男だったらしい。
衝撃のあまり、ロイは屋敷に引きこもり、無断欠勤を続けたせいで職を失った。それでもサラ様のことが諦めきれず、人を使ってずっと探し続けていたようで、サラ様の実家やマートン侯爵家よりも早く、彼女の行方を突き止めることができた。
サラ様は隣国の高級娼館に売られていた。
詐欺師の男を見つけ出したロイはサラ様の居所を聞き出した後、男を刺し殺し、すぐに娼館へと向かった。
そこでは複数の目撃者がいたから、何が起こったのか、かなり詳細にわかっている。
ロイは客として娼館に入ったが、彼の姿を目にしたサラ様はなりふり構わず助けてくれとすがりついたのだと言う。
「なぜ私から逃げたのだ?」
「チェンバレン侯爵に捨てられて、あの時はあなたしかいなかったから、仕方ないと思ったわ。でも、同じ伯爵でもあなたはアレクシスより資産も容姿も劣るじゃない。最初の結婚より条件が悪くなるなんて嫌だったのよ」
「そんな理由で? 君は少しも私を愛していなかったのか?」
「ええ、ずっとあなたの視線が嫌だった。しつこく絡みついてきて、まるで縛られているみたいだったわ。はっきり言うのは可哀相だと思って黙ってたけど、あなただって気づいてたはずよ。それでもわたしが良いんでしょう? 今は後悔してるわ。もう逃げ出したりしないから、お願い、わたしをここから連れ出してちょうだい」
「そうだな、ずっと君が好きだった。手が届かないままなら耐えられたのに、期待させておいて裏切るのは最悪だ。ここまで堕ちてようやく私を見るのか? 許せないのに、それでも君を手に入れたいと願う自分に嫌気がさすよ。だからもう、何もかも消してしまおう」
ロイはサラ様の胸を剣で貫き、自分も首を切って命を絶ったそうだ。
報告書を読み終えると、思わずため息がこぼれた。
正直に言えば、わたしを蔑ろにしていた彼らが少しは痛い目に遭えばいいのにと思ったことは何度もある。だが、さすがにこんな結末を望んでいたわけではない。
サラ様はロイの執着に気づき、その危うさを感じながらも、手放そうとはしなかった。
ロイは拒まれないことに希望を見いだし、それにすがり続けた。
互いに自らの欲望を優先させ、相手の幸せなど考えもしない。最後まで自分勝手なふたりだったからこそ起こった悲劇なのだろう。
(ずっと辛かったけれど、ロイに愛されなくて本当に良かったわ)
わたしは心の底からそう思ったのだった。




