覚醒
俺はベッドで目が覚めた。
口には酸素マスク、腕には点滴がついていた。
俺の部屋じゃない。
ここは病室だ。
体にも測定用の器具がついているらしく、横で一定のリズムでピコピコと音がしている。
霊障の影響か、記憶が混乱している。
霊障。
俺の右手に立っているように見える白石さんは、その霊障なのだろう。
『君が助かって良かった』
「俺?」
きっと正しく声を出せていない。
マスクの中でくぐもった声が、耳に届くわけはない。
だが、横にいる白石さんが頷く。
『君が音を聞いてくれたおかげだよ』
すると今度は、左手に誰かが現れた。
首に縄がかかっている。
処刑された男だった。
『僕が混乱させてしまった事件。やっと真相が明らかになる。君のおかげだ』
さっき見た夢の中で、彼は死にたいあまり、隣の住人に『犯人』として突き出されたのだ。
『君の活躍を見れなかったのは残念だけど、僕はそもそも死んでるから』
白石さんがクスクスと笑った。
『私も見たかった、君の女装』
「!?」
俺は何かを思い出した。
病室の外に足音がすると、処刑された男と白石さんが消えてしまった。
看護師とスーツの男が入ってきた。
「久世さん!」
看護師が手を口の辺りに当てて、『おとなしくして』という仕草をした。
「あまり興奮なさらずに。警察の方が面会にいらっしゃいました」
「良かった。回復したみたいだね。音だけが頼りだったから、どこで踏み込んでいいか判断に迷ったんだ」
音。
そうか。クラスの友達が渡してくれた基板。
あれが発する『音』を久世さんにも聞いてもらっていたのだ。
俺は掲示板に書き込んだ『女性のような言葉を使う自殺願望を持った人物』になりすました。
そして隣人と接触。
俺は奴の部屋で殺されかけた。
もしかしたら、本当に一度死んだのかもしれない。
「もうこの連続殺人事件は起こらない。本当にありがとう」
久世さんは俺に頭を下げた。
「ずっと探していた。裁判が進んでいるのに掲示板は書き込みが続いていた。俺は初めて捜査に加わった時から思っていた。真犯人は別にいて、まだ犯人はあの部屋を使っているはずだと。君に起こった霊障がきっかけとなって、一気に事件の謎が解けた」
そうだ。
もっと細かいところも思い出した。
掲示板に書き込んだ隣人が待ち合わせ場所で出会うまで時間がなかった。
会うことはあきらめ、俺はメッセージアプリで久世さんに説明し、俺の部屋とPCを使えるよう手筈を整えた。
俺と入れ替わりに久世さんが部屋に入って、俺のPCを使い、小さな基板から送られてくる音をずっと聞いていてくれたのだ。
「安心して、体を治してくれ。部屋に戻っても、もう変な霊障も、隣室からの奇妙な音も聞こえないはずだからな」
俺は小さく頷いた。
看護師が合図すると、久世さんは言った。
「またくる」
「……」
何か言いたかったが、安心したせいか眠気が襲ってきていた。
俺は久世さんの後ろ姿を見ながら寝てしまった。
俺は見晴らしのいい丘にいた。
厳しい表情のおじさんと、優しい顔のおばさん。
二人は白石由衣の両親だった。
目の前に、真新しい墓石があった。
おじさんは、遠くを見たままボソリといった。
「遺骨はない」
ご両親も俺も、由衣さん殺された事件の公判に出ていた。
俺の隣人だった男が容疑者で、男は由衣さんを殺したことを認めた。
殺害を認めた際、おばさんは激しく泣き崩れた。
おじさんも、表向きは泣いてないように見えたが、目に涙を溜めていた。
「代わりに家にあった由衣お気に入りの髪留めとかを入れてあるの」
「そうですか」
「あなた、まだ由衣の夢見るの?」
おじさんが咳き込んだ。
俺がおじさんを見ると、少し照れているようだった。
「この人はしょっちゅう見るの。たまに私も見るのよ」
おばさんは、俺の方を見ている。
「いいえ。犯人を捕まえた後、病室で見たのが最後です」
「そう」
線香の煙が、かぜに流され、消えていく。
飾られた花も、かぜに揺れる。
「もう一年以上経つのね」
怖かった体験も、遠ざかってから日が経つにつれ、印象が薄れ、忘れていく。
ただ、骨付きの肉を見ると恐怖が蘇る時がある。
ヴィーガンになろう、とまでは思わないが。
「えっ!?」
木陰に女性が立っている。
その姿に見覚えがあった。
「由衣さん……」
「どこ?」
俺は奥の森を指差した。
「そう」
「……」
おじさんと、おばさんにも見えるのだろうか。
二人は俺が見ている方向を正確に把握していた。
『もう生きている人の邪魔をするのはおしまい』
「えっ!?」
おばさんは、奥の森に向かって手を伸ばした。
待ってくれ、と言わんばかりに。
『さようなら』
そのまま、由衣さんは見えなくなってしまった。
これが俺が経験した最後の霊障だった。
おしまい
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