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大蜃皇国−2−

互いの顔を見合わせた双子は、アリシアに顔を向けると同時に左右反対に首を傾げた。

それにクスクスと声を出して笑いだしたアリシアに、柳偉が訝しげに眉を顰める。

アリシアとメイヤー夫人は、遠回しな言い方や、慣用句で無い限り皇国語の理解力に問題は無い。だが双子達は、日常会話には慣れていても難しい政治や宗教、習慣などの単語になるとまだ聞き取れなかったり、意味が理解出来ない場合があったのだ。


「皇祖陛下が周辺国を平定し、大蜃皇国を建国されたのは、陛下が四十歳に近い頃だと史書には綴られていました」


『はい。皇祖(よわい)三十七にして天下を平定す、と記されております』


薬が普及し始めた現代でさえ、五十歳を超える前に世を去る者の方が多い。

何せ、生まれて間も無い赤ん坊の内に死亡する者が三分の一を占めているのだ。

それが六百年前ともなれば、もっと多かったはずだ。

乳幼児の時期を無事に過ごせたとしても、風邪を引いただけでも命取りで、ましてやいつ未知の流行病(はやりやまい)が流行するとも限らない。薬の概念も無く、病気になれば神仏への祈祷や、怪しい(まじな)いで治ると信じていたような時代だ。

そんな時代の三十七歳というのは既に長生ちょうせいした部類に入る。


「そこから百年も下れば、皇祖陛下に直接御目通りした人間は存在しないわね」


柳偉は、ゆっくりと頭を下げるに留めた。


「皇祖陛下は、大蜃皇国を築かれた時からこの世で唯お一人の天帝陛下でいらっしゃった……けれども、二代目以降の陛下達には先帝陛下と太后陛下というご両親が存在するわ」


天帝と言えども人の子。

決してある日突然、天から舞い降りてくるわけではなく、親兄弟がいて当たり前だ。


「天帝陛下も幼い頃は、歴史や地理などと並んで国教を学者達から教えられる。勿論、皇子という立場であれば、ご尊父であらせられる先帝陛下と、ご母堂であらせられる皇后陛下に従う事を徹底して教え込まれるわね」


これは、国教において父子と長幼の序の部分に該当する。

父子とは、父親と子供の関係を説いている。

子は父を敬い、従うべし。

娘は、幼き頃は父親に従い、()してからは夫に従うべし。

そして、長幼の序とは年長者と年少者には序列が存在すると説いている。

年少者は、年長者を敬い、従うべしと。

本来、娘は結婚するまでは父親または兄に従い、嫁いでからは夫または義父に従うべきとある。夫が先に亡くなった場合、義父が存命であれば義父に従い、既に亡い場合は夫の兄弟に従う。そして、息子が成人してからは息子に従うべしと説いているのだ。


後宮に入宮してきた州姫や女官達も、同じように故郷で国教の教えを徹底的に叩き込まれて皇都へとやってくることになる。

即ち、夫となる天帝陛下の言動に決して逆らう事なく従順に従うこと。

子を産み、その子供達が健やかに長生するように心を配り、男児であれば勉学に勤しむよう。

女児であれば父と兄弟に逆らわず、降嫁した先の夫とその両親達に尽くすようにと教育をするように、と。

だが、入宮した州姫達は妃嬪に封じられれば、実家の父親ですら(自分)に平伏すようになる。勿論その他の兄弟姉妹達もだ。

ここで、父子の節が否定されてしまうことになる。


『その頃は、今のように同州から何代も続いて後宮入りしてはならないという規則はありませんでしたので、初代から五代目までの皇后は全て戌州(ジュツシュウ)出身の姫でした』


皇祖の皇后一族だ。

国を纏め上げる事にも尽力したに違いない。

国の内外が揉めている時には力強い味方であったとしても、国が平定されて後、有能な人材を輩出するとは限らない。

そんな一族が今の地位を未来永劫盤石のものにするには……、と考える事と言えば一つだ。

娘を天帝の妻の一人に……()いては皇后に、そしてその子が皇太子となり、ゆくゆくは天帝になれば戌州は皇族の外戚となれる。

天帝の外祖父に楯突く者達は居なくなる。

現に二代目以後の後宮に皇后の歳の離れた妹や姪、兄弟姉妹の孫といった具合に皇太子と同じ年頃の州姫を後宮に続々と送り込んだのだろう。ひょっとすると姉妹や、妹と他の兄弟の姪が同時に同じ後宮に入った事もあっただろう。

勿論、自分達一族が手に入れた権力を維持し続けるために、だ。

皇帝、皇太子、皇太孫の正妃が同族の姫であれば、戌州にとって何にも代え難い協力者となることは間違いない。


「でも、五代目まではということは、六代目の御代に何かあったのでしょう?」


柳偉は、静かにこくりと頷いてみせた。


『五代目の皇帝陛下は御身体が弱く、その御代は四年で終わりを迎えます。帝位に就いて四年でございましたので、勿論お世継ぎの皇太子様もまだ生まれて間もない赤子でございました。赤子が政治を執り行う事など出来ませんので、皇太子のご生母であらせられました太后が幼い天帝陛下に代わり、政に係わることになります』


「本来ならば、息子に従うべきはずの母親が、息子よりも権力(ちから)を持ってしまった例ね」


『また、男児の兄弟がいらっしゃらなかった事も太后を助長させる原因となりました』


天帝に男兄弟が居れば、彼らのうちの誰かが皇太子が成人するまでの間の中継ぎ、もしくは皇統がその兄弟の誰かに移ったことだろう。

だが、四代目の皇子はたった一人しか居なかったことも問題だった。


「太后を諌めるべき彼女の父親も、己の欲と一族の栄華のために太后と一緒になって政を私物化し始めた」


『二十数年後、六代目の天帝陛下が御即位なされ、太后殿下と自身の皇后並びにその一族を幽閉するまで専横が続きます』


この時代に、ようやく同州の姫が続け様に後宮に上がることを禁ずる法が出来たのだ。


『戌州の力を削ぐことは出来ましたが、皇后の出身州は偏りがあれど、どの時代においても力もですが、発言力強くなるものです。それが五十年にも及べば尚更でございます』


「それは卯太后の事かしら?」


『……卯太后は、先帝陛下の後宮に入られて数年間は、他の妃嬪達同様にご寵愛を受けて居られる様子はございませんでした』


「先帝陛下には既に寵姫が存在(いら)したのかしら?」


『辰太貴妃様でございます』


卯太后が入宮するよりも遡ること数年、辰州は自国の姫を入宮させる事に成功していた――それも大層運命的な出会いによって。

当時、辰州には姫は居ないと思われていたのだが、城の奥深くに隠されていただけだった……年頃になるまで外部の者に決して悟られないように育てられていた。

先帝が、東方への視察で辰州へと立ち寄った折りに、州子と遊んでいて迷い込んだ城の奥で、州姫を見かけるまでは。

それが州侯に編まれた綿密な策であったとも知らずに、先帝は後の辰太貴妃と出会ってしまう。

皇都に戻った先帝が、矢の催促で辰姫の入宮を迫るのはわかりきったことだが、州侯はこれをのらりくらりとかわしてやり過ごした。

焦らされれば焦らされるほど欲しくなるのは人間の性だ。それがこの世の全てを手に入れてきた天帝ともなれば尚更だ。

そうして、やっとの思いで手に入れた辰姫を天帝が人目も憚らず寵愛するのだから、彼女が懐妊するのも時間の問題だった。

だがそうなると、面白くないのはその他の州と既に入宮していた州姫達だ。

あの手この手で辰姫と辰州の失脚を画策するが、ことごとく裏目に出てしまい、反対に冷宮へと送られた州姫や更迭された州侯が何人も出てしまった。

そんな中、辰姫が皇主を産んだ事により、貴妃に封じられる事になる。

その頃には、辰貴妃の寵愛ぶりは国の内外に知れ渡っていた。

生まれた子が、皇子であったならば現在の皇后を廃してでも彼女を皇后に封じた事だろう――皇后とその一族が最も恐れる事態だ。

皇后も自身の命が掛かっているのだ、考えないはずはない。

辰貴妃への寵愛が並々ならない為に、天帝の子はまだ辰貴妃の産んだ皇主一人しかいない。

自分が皇子を産めれば一番良いが、そんな悠長なことを言っている場合ではないのだ――辰貴妃(彼女)以外ならば誰でもいい!とにかく皇子を!

皇后とその一族だけではない、辰州以外の州侯達もこぞって州姫を後宮へ送り込んだ中の一人が、後の卯太后となる卯姫であっただけなのだ。

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