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内緒話-2-

面倒事は御免だ。そんな事は微塵も考えてはいないが、ここは二人に少し夢を見させておく方が得策だろう。

彼女達にすれば、次代のマリア・セシリアの乳姉妹という事を誇りにしていたのが、見縊(みくび)っていた王妃に裏を掻かれ流刑のように異国へと送り込まれてしまったのだ。数えきれない程の不満も不安も飲み込んで、アリシアに付いて来てくれたはずだ。

到着早々輿入れするはずの天帝は崩御、帝位争いに巻き込まれて命を狙われ、果ては変わった結婚相手は余命幾ばくも無く、本命()のために尽力せよと言われれば、国王や王妃に対する抑え込んでいた反発心や反感その他諸々が、少し落ち着いてきた今頃になって爆発したのだろう。


「マ、リア」


「……セシリア様です」


「そう、私はセントパルミア公国のマリア・セシリアよ」


良く出来ました、と言わんばかりに今度は瞳を猫のように細め笑うと、アリシアは続ける。


「その私が、このまま貴妃如きで終わると思ってるの?」


それこそ私を見縊(みくび)り過ぎだとアリシアは、十四歳とは思えないほど妖艶な笑みを口唇の上に刷いた。

女性でも見惚れるほどの色香に、双子達の涙と呼吸がピタリと止まる。


「また大きく出られましたわねぇ……では、姫様はどこまでお望みなのです?」


アリシアに詰め寄られて困っている双子に助け舟を出したのか、衣装の準備をしていたメイヤー夫人が問いかけてきた。


「そうね、……大蜃皇国(こちら)では女帝にはなれないから、天帝ですらその存在を蔑ろに出来ない――皇太后なんてどうかしら?」


パシャパシャと自分でも盥の中の湯を掬い身体に掛けながら、アリシアが楽しい悪戯を思いついた時のように、にんまりと瞳と口元に弧を描いて言った。


「瑞蛉殿下の養母になれたなら、二十歳(はたち)になる前に皇太后になれそうね」


彩蝣に会ってみなければわからないが、瑞蛉を養子として迎えた後に彼を太子に封じるのであれば、誰かが形式上とはいえ瑞蛉の養母となる必要がある。

皇后が母となるだろうが、もし、アリシアが養母となることが出来たなら……彩蝣亡き後、アリシアは新帝の養母という立場上、貴妃であったとしても皇太后位を賜ることになる。

だが、アリシアは瑞蛉と年齢が近過ぎること、異国の姫であることを理由に、養母候補には上がりもしないだろう。


「それは、難しいのではないですか?」


「瑞蛉殿下の反対に遭いそうですし」


落ち着きを取り戻した双子達は、おずおずといった風にアリシアに意見を述べた。


「そうなのよね〜……問題は、彩蝣殿下に一人も御子がいらっしゃらないことなのよねぇ」


彩蝣に一人でも子供が、男児が居れば、その子を皇后の養子にして、アリシアが瑞蛉を養子にと望む事も出来ただろう。

独り言のように愚痴を零すアリシアに、双子はお互いの顔を見て眉根を下げていた。

そういう事では無いのだ。

瑞蛉が、アリシアに並々ならぬ執着を見せているのを忘れているのだろうか?

彩蝣がアリシアを養母に指名したとして、瑞蛉の大反対に遭うのは目に見えているというのに。

自分へ向けられる好意に疎すぎるのもここまでくると、分かってやっているのでは無いのか?と疑ってしまうほどだ。


「一人でも御子がいらっしゃれば、更に面倒になるばかりですよ」


「それに、瑞蛉殿下が太子になられるのであれば、怜蜂殿下の妃嬪達が瑞蛉殿下を離さないでしょう」


むしろ一人も居なくて良かったと、メイヤー夫人はアリシアに答え、イングリットは瑞蛉の養母には、怜蜂の妃嬪達も参戦してくると言う。

その通りだと思う。

彩蝣に子供が居れば、赤ん坊であったとしても、その子を担ぎ出してくる勢力が発生する。

禄蝉と申州に続き、その勢力も潰さねばならなくなる。しかも、彩蝣が存命の内に。

自分の妃と子供があっさりと引き下がってくれない時は、犯してもいない罪を(あば)き、流刑もしくは処刑しなければならなくなる。まだ会ってもいないが、彩蝣の心情を図れば彼に子供が一人も居ないほうが良いに決まっていた。

それに敵の数が少ない分、力を分散する必要が無い今の状態の方がマシという訳だ。


「そうね……、上手く立ち回って彩蝣殿下亡き後、寺院に放り込まれる事を阻止できる手立ても考えないと」


それには皇太后という位は打って付けなのだが。

夫である天帝、もしくは皇子が亡くなった場合、正妃と子を持つ妃嬪以外は全て寺院に送られ、髪を下ろして余生は夫と先祖の菩提を弔って過ごすことになる。

朝早くに起床し、掃除と読経と写経に明け暮れる尼僧と同じ生活を強いられるのだ。はっきり言って窮屈である。

後宮での高位を望むのは祖国と自分の命を守るためで、決して大蜃皇国を牛耳るつもりなど無い。

夫である天帝が亡くなれば、政争からは遠退くことができるのだから、忘れられたような後宮の端っこでのんびりと余生を過ごしたい。

ハサンファティマが西へ移動する動きを見せれば、適度に軍を派兵して少しずつハサンファティマの領域を削り取ってやればいい。こちらに進軍してくるのであれば、西側諸国へ親書を送り、西側からハサンファティマの領土へ侵攻させれば、両側から領土を侵略される事を恐れたハサンファティマは動けなくなる。

真っ向からどちらかが倒れるまで剣を交えれば、どちらも疲弊し体力のある方が生き残るが、適度に侵略と後退を繰り返せば、大蜃皇国と西側諸国の被害は最小限に抑えられ、そしてハサンファティマの国力を削ぎつつ、彼らを中央に封じ込めておくことができる。

それには後宮内で揺るぎない地位を手に入れ、夫である天帝亡き後も後宮に残る手立てを考えなくてはならなかった。


「適度に(まつりごと)に介入出来て、遊んで暮らせる皇太后っていうは、一番魅力的な位なのだけれど」


そしてそれ以外の時間は、西側には無い書物を読み漁り、見たこともない薬草の研究に時間を費やす白昼夢を見ているアリシアに、侍女達は溜め息を溢した。


「楽しい余生をご想像のところ申し訳ありませんが」


アリシアを現実へと引き戻したのは、メイヤー夫人の声だった。

きょとんとメイヤー夫人を見上げるアリシアに、彼女は溜め息ついでにアリシアを寝巻きで包んだ。


「そろそろお上がりください。湯冷めしますよ」

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