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密盟の誘い

自分の半分ほどの年の王女に振り回されるなど、宮廷での怜蜂を知る大臣達からは想像もつかないだろう。


釈ではあるがアリシア(この姫)は、後宮に送り込まれて来たどの州姫達より頭の回転は速く、賢いのは間違いない。

この短時間で禄蝉と申州に最も効果的な方法で打撃を与える策を弾き出した事。

例え申州勢と禄蝉が今ここで脱落したとしても、いずれ禄蝉本人かその子供を擁立して帝位争いに再び参戦してくるだろう。彼等にはそれしか切り札となる手持ちが無いのだから仕方が無いのだが。

だが、今この姫が説明した策の通りに事が運べば、我々はそれまで時間を稼ぐ事ができる。

上手く行けば連中を再起不能に叩きのめせるかも知れないし、無理であったとしても、それまでに後宮と宮廷に根回しをし、更に他の州を取り込む事は可能であろう。


それにしても、瑞蛉と四つしか違わないというのに、有事に動じ無いどころか、この観察眼と洞察力の鋭さに加え驚くほどの行動力、そして時に残酷と言えるほどの策を弄する事に戸惑いが無い事に驚かされる。

毒薬にも精通しているのだろう。瑞蛉を診た時の動きは、太医と同じ事をしていた。

自身が襲われ、自軍の将が亡くなったというのに動転するでもなく、それすらも交渉と攻撃材料に使おうなど、皇国内を探してもこれほどの女性(にょしょう)は――――皇太后(あの方)を於いて他に居ない。



――欲しい!何としてもアリシア(これ)が欲しい!!

アリシア(これ)の価値に気づかれてはいけない。そしてアリシア(これ)を決して誰にもに盗られてはならない!!――



ゆったりと深呼吸をした怜蜂が、居住まいを正しようやく口を開いた。


『娘娘、いやセントパルミア公国の王女としてお願いする。私と盟約を結んでいただけまいか?』


黙りこくっていた怜蜂の口から、思いもよらない言葉が飛び出した。

申州城にてアリシアは、彩蝣側につくと公言したはずだが。

()()というのであれば、怜蜂個人とという意味なのだろうか?

肩の力を抜くと言葉にせずに、きょとんと首を少し傾げて怜蜂を見つめれば、怜蜂は優しく微笑んだままだ。


『貴方の望むものを全て叶えよう』


『先ほどお約束頂きましたが?』


思わず慎重に言葉を選んだアリシアだが、怜蜂はアリシアを手に入れる為に言葉を尽くして話し出した。


『金銀財宝、綾衣(あやぎぬ)、見た事も無い料理、今までと同じ生活がしたいというのであれば、ドレスを作らせるし宮殿も建てさせる。……貴女が望むもの、貴女の口唇から零れる言葉全てを叶えよう』


言葉は悪いが、セントパルミアなど大蜃皇国の前では、一つの県ほどの大きさがあるかどうかだ。

面積で言えば八倍、人口がそのまま国力となるこの時代、広大で豊かな農作地、金銀その他の鉱山、海産物と遠国との貿易量を誇る大蜃皇国とセントパルミアでは、単純計算で優に八倍以上の差が生じる。そしてこの大国の宝物庫は、歴代の天帝により六百年に亘り集められた財宝で埋め尽くされていた。ここまでくれば比較など出来ようはずもないほどの国力差だ。

怜蜂の意図が見え無い。

これほどの待遇を用意するという事は、見返りにアリシアに何を要求してくるのか。

怜蜂が立ち入ることの出来ない後宮内での密偵は元より願い出るつもりだ。

それ以外の何か?

自分にどんな役割を振りたいのかが見えない。

黙り込んだアリシアに、怜蜂は更に続ける。


『これから入る後宮での地位。父上の後宮であれば良くて昭容止まりだったでしょう。だが、彩蝣()の後宮であればそれよりも上位を用意できる』


昭容とは、四妃の次である九嬪と言う位である。

昭容の上には昭儀があるが、怜蜂の母親が今この位に居るため、皇子の生母を差し置いてアリシアが四妃のいずれかを授けられることは無い。

だが、皇子であった彩蝣の後宮には今のところ王妃、孺人(じゅじん)媵妾(ようしょう)の三人しか妃は居ない。

この三人が、そのまま王妃は皇后へ、孺人は貴妃へ、媵妾は淑妃、徳妃、賢妃のいずれかに封じられる慣しだ。

皇太子であれば、その後宮はもっと華やかであっただろうが、四人の皇子達は誰も皇太子には封じられていなかったため、妃の人数も多くはなかったのが幸いした。

順当に行けば、空位となる徳妃か賢妃の位がアリシアに用意されるだろう。

アリシアは、怜蜂の意図を図りかねて踏み込んでみた。


『貴妃を望んでも?』


しかし、アリシアの返答は怜蜂を面喰らわせた。

歴代の妃嬪が順当に高位に封じられたかと言うとそうでも無い。なので、上手く立ち回れば、皇后は無理だとしても貴妃に封じる事も可能なのだ。

まさか後宮第二位を要求してくるとは思っても居なかった怜蜂は、驚きに見開いた瞳を次の瞬間には弧を描いてみせた。


『好!太精彩了(とても素晴らしい)!度胸も一級品とは!』


手を叩いて笑う怜蜂に困惑したアリシアは、やはり首を傾げてしまう。

普通、ここまで言われれば気分を害するものなのだが、何故だが褒められてしまった。


『用意しよう。それも後宮内で第一位ーー皇后位を』


『……そ、れは……謹んでご辞退申し上げます』


はっきり言おう。皇后は重荷であった。

皇后は、後宮の女主人である。

後宮の女性達に気を配り揉め事を仲裁し、宦官や女官を采配して催事を執り行う権限と義務を負う。

皇国の仕来たりも何もわからない小娘を皇后に据える事にも無理があるが、誰も納得しない者を皇后に封じる事がそもそも不可能だ。


『何故に?そこは、喜んで引き受けるものではありませんか?』


『後宮に入ってすぐに殺されそうです』


事実、強力な後ろ盾の無いアリシアは、妃達の嫉妬と皇后位を狙う彼女達の実家に手を組まれれば、簡単に殺害されてしまう。それも、他殺に見えない巧妙な遣り口で、事故死か病死に偽装され犯人など見つかる事も無い。


『何も今すぐと言うわけではない――ゆくゆくは、……と言う話でも?』


『皇后になられる王妃様の身に、()()起こり得ると言った口振りですが』


そうではないと、怜蜂は首を横に振る。そして、ベッドの上の瑞蛉に視線を向けると、右手の甲で未だ赤い頬をゆっくりと撫で上げた。


『兄の次は、瑞蛉(これ)が継ぎます。――その時でも?』


彩蝣の時代がいつまで続くか分からないが、数年先、アリシアが皇国に馴染み、宦官や女官達の補佐があれば後宮内を上手に運営し、天帝を支える良き伴侶となるだろう。

その時に皇后に就けようと怜蜂は囁いた。


『……皇国では、二夫に会い(まみ)えないのでは?』


二夫に会い見える――二人の夫に会うと言うこの言葉は、離縁もしくは夫に先立たれた妻が再婚することを意味した。

しかし西側と違い東側では、寡婦は次の家に嫁ぐことはない。

絶対に無いかというと、貧しい市民の間では食べて行くために次の家に嫁ぐ事も有り得る。

だが、戦国時代なら実家へ連れ戻し、次の同盟先へと嫁がせただろうが、今は平穏な世だ。

貴族や皇族の女性は夫が死んでもその家に留まり、義両親を看取り、義弟妹の面倒を見て、跡取りの息子を立派に養育するなど、嫁ぎ先で一生を終えるのが普通だ。例えそれが子供が居ない場合でも再婚せず、婚家で生涯を終わるのが女性の美徳とされていた。


『兄は、子供を持つことが出来ない。それに貴女は、三年間は子供を作らない"白い結婚"が条件だと仰った。どんなに仲睦まじく暮らしたところで、誰も兄が貴女に手を付けたとは思いますまい』


『ですが、宮廷は怜蜂殿下を次に推してくるのでは無いですか?』


怜蜂は、アリシアの問いにゆうるく(かぶり)を振った。


『私では駄目なのです。私が継げば、皇統が私に移ってしまう』


皇統が自分の血筋となる――即ち瑞蛉はただの皇弟となり、帝位継承権は怜蜂の子供達の次となって、今の継承権順位よりも随分と下げてしまうと言いたいらしい。

天真爛漫を絵に描いたような瑞蛉には、天帝という重責の伴う位よりも、皇弟としてのびのびと過ごす方が似合っているように思うのだが。

身体の弱い彩蝣を今回帝位に就けるのも、瑞蛉が今よりも歳を重ねる為の布石。

だとすれば、怜蜂は何故そこまで瑞蛉に固執するのだろうか。


『殿下は、……何故そこまで瑞蛉殿下(弟君)を帝位に就けたいのです?』


アリシアは、ずっと不思議で仕方なかった事を訊いてみた。

その問いに怜蜂は自嘲気味に微笑うと、アリシアの瞳を覗き込むように見つめた。


『簡単な事だ』


視線を逸らす事なく見つめられたまま、近づいて来た怜蜂がアリシアの小さな耳殻にそっと囁く。



――瑞蛉(これ)が私の息子だからですよ――



親子のように見えていたのでは無く、実の親子だったとは⁈……アリシアは、宝石のように煌めく瞳をゆっくりと大きく見開き、反対に悲鳴が漏れないよう紅い口唇をきつく噛み締めた。

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