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不帰の偽装-1-

「それでは、イーディス卿の方ですが……」


そう言いながら、二人にくるりと背を向けたアリシアは、奥の天蓋カーテンが引かれたベッドへ近付いて行った。目的は、その脇にある袖机の引き出しの中にある物だ。

一番上の引き出しから、手の中に収まるくらいの小瓶と、もう一つ、こちらは手には収まりきらない瓶を取り出すと戻ってきた。

大きい方の瓶はテーブルへ置き、クリストファーに持って来させたカップへと、二人に見せるように小さい瓶の中身を注いでいく。

琥珀色をしたその液体は少し粘度があり、トロリとしていることから蜂蜜のようにも見える。

小瓶の三分の一の量をカップに注ぐと、水差しから水も注いで薄め、クリストファーへと差し出した。

警戒心も無く、差し出されたカップを受け取ろうとしたクリストファーの手を、ジェフリーが遮る。


「その液体は?」


他人を簡単に信用するところがクリストファーの美点でもあり、欠点でもあるようだ。

そして、それを心配しているのはジェフリーだけで、当の本人はきょとんと遮ったジェフリーの横顔を見ている。

この辺りが純粋培養の貴族の子息と、途中で市井に放り出された者の違いなのだろう。


「バッティステッラ家の秘薬……毒薬ね」


ジェフリーのしかめっ面に、苦笑を零しながらアリシアが答えた。

アリシアの曽祖母の生家であるバッティステッラ家は、薬学に長けた人物を多く輩出している家柄である。その為、毒に纏わる噂が絶えない家でもあった。

自国、他国を問わず彼等に敵対した貴族だけでなく、王族が何人もその毒牙に掛かったと、現在に至っても(まこと)しやかに囁かれ続けている。

毒薬という単語に眉を顰めたジェフリーに、アリシアは笑って続けた。


「勿論、この瓶を一気に煽れば死ぬわ。でもこれくらいの量だと、死なずに仮死状態になるの。保って二日くらいだけれど……」


飲む量を調整することで、実際に殺すことも、死んだように見せかけることもできる毒薬。

原料の薬草も、製造方法も紙には残されていない。口伝でしか伝えられていない秘薬中の秘薬だ。


「それじゃあ、今までバッティステッラ家で死んだとされる者も、何人かは生きていた可能性があるわけだ」


政敵に追い落とされて窮地に立たされた者、王の愛妾を殺したのが露見した者など、処刑を待つ間に自死を選んだバッティステッラ家の人間が何人も居た。

獄中での病死、自死を問わず、医師がその死亡を確認した後に、更に首を切り落として刑を執行すような事は殆どない。

そのまま墓地に埋葬されるか、教会に安置されるのが普通だろう。

その棺の中身が空っぽであっても、別人と入れ替わっていたとしても、中身をわざわざ開けて確認する酔狂な者は居ないので、誰にも気づかれることは無いという寸法だ。

ジェフリーの台詞にアリシアは、猫のように目を細めるだけで返事は避けたが、適量が分かるのだから試した人間は一人や二人では無いということだ。

そしてこの場合の沈黙は、「是」と同意義である。


「飲んでしばらくしなければ効果は現れません。それこそ、少しずつ脈が弱り、最後は心臓が止まったように見えます」


心臓が止まったように見えるだけで、実際は止まってはおらず、鼓動を打つ回数が極端に少なく、そして弱くなるのだ。

何度も動物で実験を繰り返し、身体にその分量を叩き込まれた。勿論、大叔母マリア・セシリアの授業の時にだ。結局モノに出来たのは、アリシアと姉の一人だけだったが。

アリシアが公国を離れた今、彼女がマリア・セシリアのあらゆる遺産を継ぐ事になるのだろう。だが、もうアリシアには関係の無い話だ。

目の前の問題に集中しなければ、取り返しのつかない事態になるやもしれない。

アリシアは、大きく息を吸ってゆっくりと吐き出した。


「……ですから甲板()で出来るだけ時間を稼いでください」


アリシアは、ゆっくりとジェフリーを見上げると最後にそれだけ付け加えた。

最初から疑いもせずに、カップを受け取ろうとしていたクリストファーとは違い、ジェフリーを納得させる為に話をしたが、未だ勃然とした表情でアリシアを見下ろしている。

流石にこれ以上は、アリシアにも説明は出来なかった。ただ信じて貰う他は無いのだが、手放しに信用されるほど、長い時間をこの二人とは過ごしてはいない。

だが、話に納得出来たのかクリストファーの瞳は凪いでいて、受け取り損ねたカップへと手を伸ばしてくる。

ジェフリーは仕方ないといった表情だが、驚いたのはアリシアの方で、思わずカップを持つ手を引いてしまった。


「信用してくれるのですか?」


「先程も申し上げましたが、既に姫様に忠誠を捧げました。この身体も命も全て姫のものです。それに、逆に珍しい毒薬を試してみる機会を与えてくださった事に、感謝いたします」


クリストファーの言葉は、嫌味でもなんでもなく本心のようだった。その証拠に、横に居るジェフリーが半ば諦めたように溜め息を溢していたからだ。


「手違いだろうと、元から殺すつもりであろうと、ここで死のうが生きながらえようが、俺達は文句など言える立場じゃ無いって言うのが、忠誠を誓うってことだ」


「ですが、クーパー卿は納得はされていない、と?」


「納得はしていない。だが、クリスが生き残り、尚且つ公国の二人を納得させられるだけの方法も、今から考えていたんじゃ間に合わない」


だから、仕方なくアリシアの策に乗るのだと言っていた。

ここで策を成功させれば、二人の信用は勝ち得ることができる。この先、何があってもどんな無茶な要望でも、この二人ならば叶えてくれるだろう。


――ならば……――


「では、その期待に応えてみせましょう」


アリシアが一度引っ込めたカップへと、クリストファーが手を伸ばす。

クリストファーが、カップを手にしたのを確認したメイヤー夫人が、口を開いた。


「では準備はよろしいですか?」


ぐるりと部屋の中の人間の顔を見たメイヤー夫人は、最後にアリシアに視線を向ける。

優しい水色の瞳にアリシアが頷いて見せると、メイヤー夫人は衣装箱へ向けて銃の引き金を引いた。

パンッ!と乾いた音が部屋に響く中で、手の中の透明な液体を見つめていたクリストファーは一気にカップを煽って飲み干し、ジェフリーは衣装箱を肩に担ぐと部屋を飛び出して行く。

イングリットとマルグリットの双子が、床の上の剣を拾ってその後に続いて駆け出した。

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