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港にて-3-

「昼から気になってずっと考えてたんだが、シルビア・メイヤー、あれは軍に居たノーマン・ラムゼイ伯爵の孫娘だぞ」


ジェフリーが話し始めたと思ったら突然メイヤー伯爵夫人の話が始まり、クリストファーは驚きに思わず声を発した。


「ノーマン・ラムゼイ……あのレース職人(レースメーカー)か?」


ただ純粋に驚いて手の中のカップを取り落としそうになる。

当時の軍は、まだ陸軍と海軍とに分かれていない状態で、陸上、海上そのどちらの作戦をも立てたのは彼一人だった。

その作戦は緻密に編まれた美しいレースのようだと言わしめ、周辺国の公国への侵攻をほぼ無損害で食い止めた男だ。

その伝説になった男の孫が、今自分たちの近くに居るメイヤー夫人だと言われて、数瞬思考が停止した。


「だが、ラムゼイ家には娘は居ないだろう?」


ラムゼイ家は、公国内で今でも揺るぎない権力を保持している。

そんな名家の家族構成は、社交界に疎い自分でも知っていると、クリストファーは口を挟んだ。


「今は居なくても、昔は居たさ。ノーマン・ラムゼイには娘が居たはずだ。それが嫁ぎ先で産んだ娘が、メイヤー家に嫁いだ。あれは、ノーマン・ラムゼイの外孫だ」


女性は結婚して姓が変わり、社交界では婚家の夫人と呼ばれるため、実家が分かりにくいのも確かだ。

まして、外孫になれば余程のゴシップでも無い限り追いかけるのも難しい上に、その孫が更に嫁いでいるともなれば、母方の実家など誰も気にも留めないものだ。

かく言うジェフリーも、自分を母方で三代遡ればアリシアの父方祖母の従姉妹で、母方祖母の再従姉妹という関係になるからだった。どうしても男系社会の構造から物事を見る自分達には、盲点と言えば盲点だ。


「あの双子の実家だって、今じゃ落ちぶれてるが、大叔父殿が存命の時までは海軍で随分と幅利かせてたろーが」


男の視点では、こんな采配はしない。

そもそも王女に一流の教師など付けても仕方がない、と考えるのが普通だ。

だがアリシアは、普通の姫では無かった。次のマリア・セシリアを嗣ぐ者だ。マリア・セシリア(当代)は、王子を差し置いてでもアリシアに最高の教育を施そうとするだろう。

自分が長年弟とその子供達の面倒を見てきたように、アリシアにも兄やその子供達の面倒を見させるつもりだからだ。


「この三人を姫さんに付けたのは、王じゃなくて当代だろうな」


なら、これだけ手塩に掛けて育てた掌中の玉とも言えるアリシアを、育てた本人が消せと言うのは腑に落ちない。

公国内で生まれ育った王と宮廷は、当代に逆らう事など考えたことも無いはずだ。

では、別の誰か、と言う事になるのだが、アリシアを邪魔だと考えている人間は誰だ?


「そしたら、残りは……王妃しか居ないよなぁ」


ギクリと肩を揺らしたクリストファーに、ジェフリーは目を細めて楽しそうにクツクツと喉の奥で笑った。


「自国よりも大きな公国に嫁いで来て王妃になったはずなのに、実権は表に出て来ないマリア・セシリア(婆さん)が握っているわ。何をするにしてもその婆さんの許可がなければ、自由に出来ない」


それこそドレス一着、首飾り一つ買うのに許可がいるなんて、彼女は想像もしていなかっただろう。

湯水のように贅沢品にお金を使えるはずだった。

思い描いていた裕福な結婚生活と掛け離れた現実、夫と宮廷は何をするにしてもマリア・セシリアの顔色を伺い、誰も自分を見向きもしない。

こんなことなら、貧しかったが母国に居た時の方がましだったとさえ思った。

実家に泣きついても、同盟の為に戻る事も許されず、「王子を産めば、お前の待遇も改善されるし、何より子供を使ってお前の思い通りになる」とでも言いくるめられたのだろう。


「だが、王子を産んでも王妃の待遇は変わらなかった。そして、子供を産んでしまったが為に、王妃は絶対に国に帰る事は許されなくなってしまった」


一時は諦めたのだろうが、アリシアが生まれると宮廷内が一変したはずだ。

何せ、当代が存命中に次代が生まれる事の方が稀なマリア・セシリアが誕生した。


「大勢の王子、王女を産んだが、婆さんが可愛がるのは自分の後継者(アリシア)だけ。マリア・セシリアが居る限り、可愛い長男も夫と同じように実権を奪われ蔑ろにされる」


どうすればいい?

一生懸命考えたんだろうが出した結論が「娘を他国へ追いやり、自分と同じように戻れなくすればいい」なんだから程度は知れてるよな、とジェフリーは続けて嘲笑(わら)った。

王妃と共に自分も嘲笑われているようで、クリストファーは俯いていくのを止められない。


「どうせ当代も六十もとっくに過ぎているので、そう長くは無い。直ぐに自分の天下が来る」


酔い始めたのか、ジェフリーの口は滑らかに自分の考えをつらつらと話続ける。


「折しも王妃の母国に戦火が迫って来ていた。どうやって渡りを付けたのかは分からないが、皇国に縁談を持ちかけ、見事姫さんを東の端の国へと追いやって、大国との同盟を結ぶ事ができた。これで自分も贅沢出来るし、母国も安泰。一石二鳥ってわけだ」


だが、相手は次代のマリア・セシリアだ。もし万が一、戻って来たらどうしよう?

急に怖くなった彼女は、絶対にアリシアが戻って来れないよう次の策が必要になった。

絶対に公国の土を踏む事が無いように。


ジェフリーは、クリストファーに近づき酒精で熱くなった吐息を耳元に零した。


――誰かに殺させればいい――


低い男の声のはずなのに一瞬女の声のように聞こえ、クリストファーはぞくりと背中を震わせた。

纏わり付く女の声から逃れようと思わずジェフリーを突き飛ばしたが、彼はその場で蹈鞴(たたら)を踏んだだけで、何が起こったのか理解できないといった風に、クリストファーを見下ろしている。

驚きにキョトン開かれた榛色の瞳は、子供の頃のまま変わっていないな、と苦笑を漏らしたクリストファーがゆっくりと口を開いた。


「……公国に戻れば、……爵位と兄達よりも高い地位が約束されている」


「それから?」


「え?」


「報酬はたったそれだけか?」


「は?」


思わず疑問符を声に出したが、ジェフリーは真面目な顔で他には無いのか、とさも当然のように聞いてくる。

おかしいだろう、喰いつくところはそこじゃ無い、とクリストファーも混乱しているのか、こちらも輪を掛けておかしな事を考えていた。


「割りに合わないだろう?仮にも一国の姫君だ、しかも次のマリア・セシリアだぞ?それを()って、報酬がたったそれだけなのか?って聞いてるんだ」


おかしいと思わなかったのか?とジェフリーは、クリストファーの瞳を覗き込んでくる。

それとも、言われた事が大事すぎてそこまで頭が回らなかったのか?とも続けて来た。

ジェフリーがそんな安請け合いをするな、と切々と諭してくるのだが、そもそも主君の命令ならば無報酬でも二つ返事で引き受けるのが、自分達貴族なのだが。あんまり渾々と言い含められると自分が間違っているのかと、勘違いしそうになってくる。


「それに何時実行す()るんだよ?」


船の上でアリシアを殺した場合、疑われるのは船に乗っている者達だ。真っ先に疑われるのは、クリストファーとジェフリーだ。

特にジェフリーは、叔父達に家督を強奪された時に王家が仲裁に入ることが無かったため、その復讐だろうとみなされる。

ジェフリーでなければ、アリシアに近づいても不審に思われず、手を掛けられそうな人物は、クリストファーだけだからだ。

かと言って、皇国に着き皇都の後宮に入るまでに実行した場合、同盟自体が白紙になってしまうので、ここまでは手が出せない。

では、アリシアが後宮に入った後となると、アリシア自身は宮殿の外に出ることは出来ないし、外部から中に入る事など男子であるだけでそれこそ不可能だ。


「あの王妃、西側の王宮みたいに簡単に出入りできると勘違いしてんだろうな」


で、ずっといつ実行ろうかと悩んでたのか?と軽く聞かれ、洗いざらい全部白状しようと腹を決めた。


「王妃からはアリシア姫の暗殺を、マリア・セシリア様からは逆の警護を依頼された」


「……同じ人間に逆の依頼するとか、何考えてやがんだ」


「先に依頼があったのは、当代からだ。勿論、王族の警護は軍属であれば当たり前の話だったので引き受けた」


その後、アリシア警護の任を聞きつけた王妃から呼び出され、二つ目の依頼を受けたのだ。


「王妃は、俺の姫君警護の任務が当代直々とは知らないみたいだった。その話は王妃には最後まで伏せたままで公国を出た。だから、王妃も当代も誰にも漏らしていない」


離し終わると、上出来だ!と子供の時にされたように、ジェフリーに頭をぐしゃぐしゃと掻き混ぜるように撫でられた。

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