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港にて-2-

ジェフリーはクリストファーと共に階段を降り、一階層下にやって来た。

通常、船長室(キャビン)は甲板と同じ階に作られているが、そこは現在公国軍の士官が使用してるので、デッキの直ぐ下の階を改装し船長室として使用していた。

棚と航海日誌などを書く程度の机と椅子と、そして狭いベッドだけしかない殺風景な部屋だが、ベッドがあるだけマシなのだ。一般的な船員は、二層目、もしくは三層目でハンモックでの雑魚寝になる。

ジェフリーは、自室として割り当てられている部屋に入ると、クリストファーにはベッドを勧める。何をするのかとクリストファーが見守るなか、ベッドとは反対の壁の戸棚に向かいその奥から瓶を二本引っ張り出してきた。

「ん」と、彼から手渡されたカップをクリストファーが受け取ると、封を切った瓶から琥珀色の液体が半分ほど注がれる。


「俺のとっておきだぞ」


机の上に瓶を置き、椅子をベッドに向き合うように引っ張り出すと、それにドサリと腰を掛ける。

船には、大量にワインが積んである。飲料とそして売り物が。

だが、大事に自室に持ち込んでいるとなると、ワインではないのだろう。


「ウィスキーか?」


受け取ったカップに鼻を近づけたクリストファーは、香りの違いに気付いた。

ウィスキーに多い穀物の香りでは無く、ナッツを思わせる華やかな芳香が鼻を擽る。国元に居た時に、何度かお目に掛かった程度だが、直ぐに分かった。


「……シェリー?」


「ご明答」


ワインの一種だが、大陸の西端の半島で、それも極一部でしか生産されていないワインの種類だ。

こんな貴重なワインを、一介の船乗りが手に入れられる物だろうか、何かヤバい仕事に手を出しているのではないかと、一瞬で色々な事がクリストファーの頭の中を駆け巡る。


「良く手に入ったな」


「ずっと探してはいたんだが、国を出る直前に運良く手に入った」


本当に運が良かったと繰り返し、ラベルを愛おしそうに親指で撫でるジェフリーに、クリストファーは思いついた言葉を投げ掛ける。


「これは、……母君の祖国の物ではないのか?」


ジェフリーの母親は、ダンタリア大陸の西の端にある大きな半島の出だった。葡萄の産地で、シェリーと呼ばれるワインくらいしか特産品も無い、小国の王族の姫だった。

クーパー家へ嫁いで来た時には辛うじて存続していた国は、ジェフリーが生まれた頃に周辺国の小競り合いに巻き込まれ、美しい葡萄畑は焼け野原へと変えられてしまった。

早逝したジェフリーの父親に代わり、その弟達が家督と家屋敷を乗っ取りに来ても対抗出来なかったのは、母方の親族を頼れなかったと言うのが一番の原因だ。

そんな母の国の酒を手に入れるのには、骨が折れたことだろう。

何せ今残っている物のは、当時樽で熟成中に戦火を逃れて持ち出されたものと、瓶に詰められて既に国外に出ていたものだけだ。


「そんなに大切な物を俺に振る舞ってしまっていいのか?」


「酒は飾ってたって仕方無い、飲んでナンボだ」


それに縁があればまた手に入る、と目の前でカップに口唇を付ける男に釣られてクリストファーも一口含む。単純に旨いと思った。

クリストファーが飲み干せば、ジェフリーが淡々と注いでくる。

何度目かの無言の遣り取りの後にジェフリーが口火を切った。


「俺のとっておきを開けたんだ。そろそろ話したくなって来ただろう?」


「何の事だ?」


「昼間の続きに決まってるだろ?」


ジェフリーは、ニヤリと人の悪い笑いを口元に刷いてクリストファーに尋ねて来た。

それにぶっきらぼうに返答をするクリストファーに、吹き出した。


「お前、それ隠せてると思ってるの?」


「……だから、お前には関係ない事だ」


「姫さん達が戻って来たら忙しくて、それどころじゃなくなるからな。早いとこ口を割ってくれ」


で、暗殺は誰の命だ?と、口唇の動きだけで問うてくる。

誰かに盗み聞きされれば船が引っ繰り返るほどの騒ぎになるのは、理解しているらしい。


「…………」


「お前さー、都合が悪くなると黙り込むの子供(ガキ)の頃から、ちっとも変わらないのな」


もう酔っているのだろうか、“ケタケタ”と笑いながらカップのシェリー酒を煽るジェフリーに、クリストファーは眉間の渓谷を更に深くする。


「ほら、何があった?お兄ちゃんに話してみろって」


「……誰が誰の兄だ」


「昔は、実の兄貴達に虐められちゃあ、ピーピー泣きついて来てただろうが」


クリストファーは旨い酒を飲みながら、渋面を作ると言う中々器用な事をして見せる。


「……脅されてんのか?」


中々口を割らないクリストファーに、ジェフリーは一段声音を下げて問いかける。

脅されているのなら、これだけ頑なに話そうとしないのも頷けた。自分の大切な人が傷付けられるかも知れないのなら、誰しも簡単に口を割る事は無い。


「違う、そんなんじゃない」


「じゃあ、何でそこまで頑張るんだ?」


クリストファーは俯き、大きな溜め息を一つ零すと、手の中のカップを握りしめた。まだ決心がつか無いらしい。

ジェフリーは、そんなクリストファーの様子を見て、軽く提案をした。


「じゃあ、今から俺が勝手に話して行くから話を聞き終わったら、首を縦か横に振ってくれ」


言いたく無いのならば、何も言わなくていい。答えられないクリストファーに代わりジェフリーが一人で勝手に自分が推察していくと言う。

首を振るだけならば、話した事にならないだろ?とでも言うつもりだろう。

だがこれが良いのか悪いのかは分からないが、逃げ道は塞がれ、絶対に話さなくてはならない方へと話を持って行かれてしまった。

相変わらず口が上手いな、とクリストファーが苦笑を零す先で、ジェフリーはシェリー酒で口唇を湿らせている。

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