07
「あ……っ!」
放課後。わたしは思わず、声を上げていた。廊下に、隣の席の男の子がいたのである。一人、廊下に置かれたロッカーの前でしゃがみこみ、帰り支度をしている。
わたしに、『りく』というあだ名の提案をしてくれた人。
散々、名前について苦労してきたわたしにとって、そうやって、さらっと普通の名前を提案してくれたのは、本当に嬉しいことだった。
だから、お礼を言おうと思ったのだけれど、タイミングが合わず、こんな時間にまでなってしまった。
声をかけ、呼び止めようとしたところで、名前が分からないことに気が付く。
仕方がないので、わたしはそっと、男子生徒の近くに寄って、軽く肩を叩く。
――ガタンッ!
驚かせてしまったのか、男の子は、思い切り肩を跳ねさせ、バランスを崩し、ロッカーに激突していた。
「あ、ご、ごめん! 大丈夫? 怪我してない?」
わたしは反射的に謝る。そこまで大げさに驚かれるとは思っても見なかったのだ。
「あ……ああ。何か用?」
肩を叩いたのがわたしだと分かると、男の子の表情が、少し柔らかくなる。やっぱり、名前が分からなくとも、先に声をかけるべきだったのか。
「あ、ええと。朝はありがとう、って、お礼を言おうと思って。その、呼び方……」
「……ああ、別に、気にしなくていいのに」
本当になんとも思っていないのだろう。彼は帰り支度を続ける。
「あと、名前を教えてくれると嬉しい」
「言ってなかったっけ。……言ってなかったかも」
ロッカーを閉め、リュックを背負って立ち上がりながら「久慈だよ」と言う。
「久慈蒼。……君ほどじゃないけど、僕も名前で嫌な目にあったことがあるから。気持ち、ちょっとだけ分かるっていうかさ」
「音だけ聞くと、女と間違われることがあるんだよね」と男の子――久慈くんはうっすらと、呆れたように笑う。
確かに、あおい、という名前は中性的で、どっちにも使えるから、そういう間違いも起こりえるのかも。
「……あのさ」
久慈くんは、少し考えた素振りを見せた後、少し言いにくそうに、「名前、学校では『りく』で通してね。男みたいなあだ名にしちゃって悪いけど」と言った。
「え? 勿論、そのつもりだよ」
男っぽいとか、女っぽいとか、関係ない。わたしにとっては、普通の名前の響きというだけで、大切なあだ名だ。
しかし、久慈くんが言いたいのはそういうことじゃないようで。
「……あだ名とかだけじゃなくて、提出物とか、テストとかも、全部、それで書いて」
「て、テストも……?」
それは流石にためらってしまう。大切なあだ名だから、呼ばれる分には、『りく』や『りっちゃん』の方がいい。でも、提出物とか、そういうのはちゃんと本名を書かないとまずいのではないだろうか。
「テストも。土湯先生は怪しいけど……でも、他の先生、特に白石先生は絶対分かってくれるから」
「白石先生……?」
「学年主任の先生」
そう言うと、「絶対、『りく』にしてね」と念を押し、久慈くんは帰って行った。




