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新月のふたり  作者: 六花
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第1話 「出会いのかけら」

 最近、少しだけ物足りない。


 曲が書けないわけではない。


 昨日も一曲作った。


 今日も帰れば、たぶん作る。


 ギターを弾いて、思いついたものを形にする。


 録音して、聴き返して、直す。


 パソコンの中には、完成した曲も未完成の曲も山ほどあった。


 だから困っているわけじゃない。


 それでも、ときどき違う音が聴きたくなる。


 静月汐は、地下へ続く階段を下りていた。


 扉の向こうから、誰かが音を合わせている。


 ライブハウス特有の、少し湿った空気。


 受付でもらったフライヤーを見る。


 出演者の名前が並んでいる。


 その中で、一つだけ目に留まった。


 Lunatic Child。


 月の子供。


 汐はほんの少しだけ指を止めた。


 ……変わった名前だ。


 それ以上は考えず、フライヤーをポケットへしまった。


 開演前のフロアは、まだ空いていた。


 汐は後ろの壁際に立つ。


 ステージでは機材の確認が続いている。


 ギターの音が一つ鳴る。


 ベースが返す。


 ドラムが軽くリズムを刻む。


 その何気ない音を聞きながら、汐は静かに開演を待った。


 やがて照明が落ちた。


 拍手が起こる。


 四人がステージへ上がった。


 最初に目に入ったのは、赤紫の髪だった。


 ギターを抱えた少女。


 緊張しているのか、何度か客席へ視線を向けている。


 それでもマイクを握ると、少しだけ背筋を伸ばした。


「こんばんは! Lunatic Childです!」


 声が響く。


「今日は来てくれて、ありがとうございます!」


 拍手が返る。


 少女は少しだけ笑った。


「じゃあ、一曲目!」


 ギターを構える。


 聞き覚えのあるイントロだった。


 アルタイル・ノーツの『平行線のパレード』。


 知っている曲だ。


 原曲とは違った。


 Aメロは驚くほど静かだった。


 クリーンギター。


 それから、囁くような歌声。


 余白が多い。


 次の音を待たされるような感覚があった。


 原曲にはない緊張感だった。


 そしてサビ。


 一気に音が広がった。


 ディストーションのギターが重なる。


 さっきまでの静けさが嘘みたいだった。


 汐は少しだけ顔を上げた。


 爆音の中でも歌が埋もれない。


 ギターも、ただ鳴らしているわけじゃない。


 歌の隙間に音を置いている。


 まだ粗い。


 荒削りだ。


 それでも。


 ちゃんと歌を聴いて弾いている。


 それが分かった。


 汐は、ほんの少しだけ口元を緩めた。


 曲が終わる。


 前方の客席から歓声が上がった。


 拍手が続く。


 続いて二曲目。


 三曲目。


 カバーとオリジナルが続く。


 演奏はまだ荒かった。


 リズムが揺れる場面もある。


 音がぶつかる瞬間もある。


 それでも、ステージの上にいる四人は楽しそうだった。


 特にギターの少女。


 MCでは少し緊張しているのに、ギターを持つと別人みたいになる。


 言葉より先に音が出る。


 失敗しても止まらない。


 次のフレーズへ飛び込んでいく。


 まるで転ぶことを考えていないみたいだった。


 その弾き方が妙に印象に残った。


 短いMCが入る。


「改めまして、Lunatic Childです!」


 ギターの少女がマイクを握る。


「ギターとサブボーカルのAYAです!」


 AYA。


 それが彼女の活動名らしい。


 続いてベース。


「ベースのKouです」


 眼鏡の少年が頭を下げる。


「ドラムのRenでーす!」


 小柄な少女が元気よく手を上げる。


 最後に、赤い髪の青年。


「ギターとボーカルのAkiraです」


 四人の自己紹介が終わる。


 汐は、もう一度だけステージを見た。


 AYAが隣のメンバーと何か話している。


 さっきまで緊張していたのに、今は楽しそうに笑っていた。


 最後の曲が終わる。


 拍手が響く。


 ステージの上で、AYAが何度も頭を下げている。


 客が少しずつ帰っていく。


 汐はスマートフォンを取り出した。


 Lunatic Child。


 検索する。


 公式アカウントが出てきた。


 今日のライブ。


 次のライブ。


 写真。


 少し眺めてから、フォローする。


 画面の中には、さっき見たステージの写真が並んでいた。


 次も来よう。


 理由は、それだけだった。


 けれど、久しぶりに少しだけ面白い音を聴いた気がした。


 *


「……あの人、またスマホ見てる」


 機材を片付けながら、凛は客席を見た。


 開演前からいた人だ。


 曲の合間にもスマートフォンを触っていた。


 今も。


 客が少ないから、余計に目につく。


 つまらなかったのかな。


 そんなことを考える。


 でも、その人は最後までいた。


 途中で帰らなかった。


 アンコールなんてないライブなのに、最後の挨拶まで聞いていた。


 やがてスマートフォンをポケットへしまう。


 出口へ向かっていく。


 凛は、その背中を目で追った。


「……よく分かんない人」


 小さく呟く。


 それ以上は考えず、ギターをケースへ戻した。

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