冒険者90 新しい仕事
車に乗りながら街並みを眺めてみると、普通の中に異なるモノが点々と増えているのが見えた。
ただの飲食店の間に大型のトレーニング施設が生まれ、表面にモンスター専用と書かれたシールが貼られたトラックが信号待ちをしている。
行き交う人は普通の格好をしているが、学生達の多くが何か長く細い物が入った袋を背負っていた。
普通は剣道の竹刀を想像する筈だ。しかし、あまり剣道に興味が無さそうな女学生すらも派手な色合いの長袋を持って友達と明るく喋っている。
これを普通と呼ぶには、混ざっている異物が異物に過ぎた。有名な絵画に悪戯目的で黒い線を一本付け足したような違和感は、寧ろ不快感すら伴う。
「もしかして街の様子が少し変わってます?」
「解りますか? 冒険者の露出が増えに増えたことで、一般の間にも影響が出たんです」
「解り易い例ですと、動画投稿者が世に台頭した時のようなものでしょうか。好きなことで生きていくっていう、あれですよ」
「ああ、覚えています。……つまり冒険者を志す人が増えているんですね」
二年の月日の中で冒険者は表に出まくった。
ダンジョンが出現した少し後にも冒険者は話題になりはしたが、その時点ではまだ一般の人間は鍛え始める前。
如何に素質があろうとダンジョンに突入させる道理は無く、俺のような例外を除けばまだ露出の範囲は狭かった筈だ。それが多くなったのは、一般人だった人達が冒険者として行動するようになったからだろう。
それまでなんでもなかったような人物が、たった一つの切っ掛けで誰にも真似出来ない結果を叩き出せる。
正に夢そのもの。ロマンがあり、希望があり、人生の全てを一発で逆転することが出来る。
今、国家は冒険者を特に大事にしていた。貴重な資源を守れるのは彼等で、強大無比なモンスターを打倒することが出来るのも彼等だ。
必然的に特別扱いは避けられず、単純に給料一つとっても同じ公務員とは比較にならない。
ネットで調べた中では、金があまり無かった冒険者がダンジョンを数回潜って新素材を発見したことで一戸建ての家を建てられたことは奇跡に近い。
そういった冒険者ドリームはお茶の間にも流され、多くの人間の目を集めた。
報道局も利用して有力な冒険者の密着取材も行われ、特に榊原はその美貌も相まって男性人気を非常に集めている。
今ではちょっとしたアイドルめいた扱いも受けているとは取材の中で出たが、それを彼女が喜ぶとは思えない。あくまでも仕事としてそういった振る舞いをしているのだろう。
咲もそうだし、我妻もルックスが良いから人気がある。本人達もその気はないだろうが、磨いた見た目と能力が表から退くことを許さなかった。
ファンが居れば、当然追っかけも出る。有名な人間とお近づきになりたいのなら、同じ冒険者になるのが一番手っ取り早い。
ギルドの正面入口が見えてくる。
人の往来が激しく、車や小型トラックの出入りも多い。警備の人間も最初の頃と比較すれば随分と増えた。
それだけ施設そのものの重要度が上がったのだろう。この分では裏口の警備員も数が増えている筈だ。
一般車両である俺達の車には榊原と山田が居るお陰で顔パスで通ることが出来た。榊原も山田も服装はかっちりとしたスーツ姿だ。
私服姿ではないのは周りの目を気にした結果であり、今回私服なのは俺だけ。
ギルドでは私服が標準であると設定されていたが、それでも社会的なイメージを守らなくてはならない時がある。
遊んでいるような服装を日常的に晒しているよりも、真面目な格好を見せていた方が信頼度は高くなるもの。個人的に下らない話だが、第一印象で全てを決める人間にも今は対応しなければならない。
自由に振る舞うには、二年程度では地盤を固めきることは出来ないだろう。もっと大手の人間がギルドに依存してくれるようにならなければ、無茶なことは不可能だ。
「――流勢に注目されていますね」
老人の居る執務室に向かっていると、榊原と山田に多数の視線が集まっているのが解る。
有名人二人が歩いているのだ。ファンなら釘付けになるのはおかしくはない。話しかけにいかない分だけまだ彼等は良心的だ。
その分だけ俺を見て首を傾げる姿も視界の端で見えた。
反対に以前にも見た覚えのある冒険者は俺の姿に驚愕の眼差しを送っている。そちらには軽く会釈を送り、多くの人間の視線を三人で占有しながら執務室の前に辿り着いた。
ノックをすると、知っている声で入室が促される。慣れた手つきで榊原達と一緒に俺も入ると、あまり変わらぬ部屋の中で執務机に座っていた老人が待ち構えていた。
「……漸く、戻ったな」
「はい、なんとか無事に」
「素で構わんよ。そちらの方が私にとってはやりやすい。榊原君には既に見せたのだろう?」
「……したくてした訳じゃない。できればこっちの方で話すことは仕事中では避けておきたかったんだがな」
「無理だな。ずっと隠し続けるなど人間では出来ん。何処かでボロが出るのが関の山だ」
俺と老人のやり取りは変わらない。
互いが互いに本当の仲間でもないだけに、単純な雑談めいた話に落着するのが常だ。
感謝はしないし、相手もそれを求めていない。サポートはこれまでの対価であり、俺の家族を守るのもこの老人の業務の一つだ。
老人は息を吐き、一歩後ろで俺の左右に並んだ榊原と山田に視線を向ける。
「君達もご苦労だった。特に榊原君には大変な役回りもさせてしまったな」
「いえ、私はすべきことをしたまでです」
「そう言ってくれると助かる。それと例の件については了承した。こちらとしてもそちらの方が都合が良い」
「ありがとうございます」
老人の言葉に、榊原の嬉し気な声が返る。
例の件は俺の父親が出した提案だろう。榊原の部隊に入れ、理不尽な悪意から守ってもらう話だ。
とはいえ、何時までも守ってもらう気はない。二年を基準として、俺が十分に強いと判断された場合は別部隊に入るか新しく部隊を作ることになる。
これまでの二年に加えて追加で二年も経てば、流石に俺と同期の人間は新人ではいられない。
特に優秀な人間は隊長になっていても不思議はない。レベルの上昇速度や能力の獲得には個人差があるものの、速い奴は本当に意味不明な勢いで強くなっていく。
流石にその頃になれば俺も雛鳥扱いはされない。寧ろこれで守られるような人間だったなら、監視を受けることを了承して辞めた方がずっと良い。
無理に在籍しては腐っていくだけだ。新しい道を模索するのも悪くはない。
「山田君、君の願いも叶えよう。榊原君の部隊員と交代になるが、それは別に構うまい」
「ありがとうございます。これは絶対に必要なことだと思っていましたから、通していただけて感謝するばかりです」
腰を九十度に曲げて頭を下げる山田。
老人は表情を柔和なものに変え、頼んだぞと俺に目を戻した。
俺も頷き、これで話は終了。三人揃って退出し、早速とばかりにトレーニングエリアへと進み始めた。
山田が老人に頼んだのは、俺が未来で活躍していた面々の育成についてだ。
将来的には高難度のボスも対処することが可能となる能力を保有している彼等だが、残念なことにまだ覚醒には至っていない。
その殆どが覚醒までに一癖や二癖はありそうな理由を抱えていて、つまり現時点でのギルドではお手上げに近い状態になっていた。
それでも本人のやる気はあるし、素の能力に不足がある訳でもない。
ただ能力や技能の発動が上手くいかないだけで、彼等に陰口を叩く者も居るという。
それならば、俺に任せてみようとなったのだ。いきなりのお仕事にしては重大だが、選んだ側が側だけに放置するなど出来はしない。
先ずは本人と話をしよう。山田の部隊に今は固定メンバーとして入っている者達の未来の姿を思い出し、三人で打ち合わせを始めていくのだった。




