冒険者88 特権のただ乗り
「……お話中のところ、失礼いたします」
両親との話はついた。
定期的に帰ってくることを条件に、俺はまた冒険者として復帰することが出来る。
限りない両親の譲歩によって今回は無事に軟着陸となり、同時に次は無いと意識を引き締める。
冒険者として活動する上で、我の強さは大事だ。自分勝手な行動に出やすい奴ほど強い冒険者になりやすいとされていて、しかしそういった冒険者は破滅を招きやすい。
必要なのは公私の区別。己の素をどこまで公の場で抑え込むことが出来るか。
一般の人間からすれば当たり前の挙動を、どこまで維持し続けられるかで冒険者生命は決まると言っても過言ではない。
我儘放題は敬遠されるというだけの話だ。だから俺も、家族の寛大さに胡坐をかいていてはいけない。
袖で目元を拭う。母も自身の服の袖で目を拭い、そこには気の強いブラウンの瞳が在る。
そこに榊原が声を掛けた。隙間を突くように入ってきた声に俺を含めた全員の視線が彼女に集中し、本人は緊張の面持ちで言葉を放つ。
「この度は私達ギルドの行動により、御子息に大変なご迷惑をおかけいたしました。今回の不始末の責任は私にあり、今後如何なる罰が下ろうとも甘んじて受ける覚悟です」
「その話は以前にもお聞きしました」
榊原の目は真剣だった。
あの日、あの瞬間の出来事は当時の彼女の実力では解決は不可能だった筈だ。あの状況についてを老人が聞いていない訳がないし、誰が聞いても彼女が悪くないと慰めるだろう。
だがしかし、それだと責任を負う者が居なくなる。俺は被害者だから不可能であり、老人も今はその座を退いてはいけない。
中国の自衛隊は無関係であるし、であれば榊原が率いた部隊が責任を負うしかなかった。
そして、榊原は特に真面目な性格だ。自分の隊が悪いとなれば、一番に罰を受けようとするだろう。
実際、父親は彼女のその台詞を既に聞いているようだ。具体的にどのような罰を受けるかは兎も角、俺が怪我をした事実をギルドの上層部は重く受け止めている筈。
生温い罰ではないかもしれない。彼女であれば様々な仕事を与えることが出来てしまい、その中には口にするのも嫌になるものが含まれている。
「私は言いましたよ。……今回の出来事は完全な偶然。意図的に発生した悪意によってではなく、事故も同然な形に過ぎないと」
「はい……」
父親は眼鏡のツルを弄り、端的に己の意見を口にする。
「ギルドにはもっと注意を徹底してもらいたい。これは私の中で絶対です。ですが、出てきたばかりの未知数の場で全てに備えるのは不可能だ。理性的に考えるなら、今回の件で貴方を責める気はこちらにはありません」
「――っ、ですが」
「理性的にです。……感情的に語るのであれば貴方を許すのは難しい。例え偶然でも、その場をなんとかしなければならなかったのは貴方なのだから」
普段の大人しい雰囲気はなりを潜め、今の父親の目は鋭い。
言葉の一つ一つに刃が込められ、自分より実力的に上の人間にもまったく臆さない。
父親として、一社会人として、言えることは全て言い放つ。その結果として泣き崩れようとも、現在の父親が優しくなる雰囲気は微塵も感じなかった。
「なので私が貴方に求めるのはただ一つ。榊原さん、翔と一緒に行動してもらえませんか?」
「は?」
思わず俺の口から疑問の声が出る。
榊原も目を丸くしていて、けれど父親と母親は揃って携帯を取り出して操作を開始した。
始めて一分。目当てのものを見つけたのか、父親はそっと榊原に画面を見せる。
俺の方には母親から見せてもらい、そこにはネットニュースが掲載されていた。
題材は――――今後台頭していくだろう冒険者達。
記事の投稿時期は最近で、選ばれている冒険者はその殆どが日本人だ。当たり前といえば当たり前だが、まだ外国人が強いと言われる程の高いステータスは手にしていない。
その中で一番記事の面積を占めていたのは、納得と思うべきか榊原だ。
彼女はこの二年近くの時間で必死に実力を磨き、出現しているダンジョンのボスの大部分を全て単独撃破に成功している。
していないのはアメリカのみで、そちらにも定期的に間引きも兼ねて派遣されているらしく。このまま彼女があのダンジョンに慣れていけば今回も単独でボスを倒してしまうのではないかと噂されている。
つまり、今の彼女は日本の英雄なのだ。他にも山田や咲といった有望株が居るものの、純粋な討伐数は彼女の右に出る者はいない。
「君は今、真に有名人だ。きっと他の国からも引き抜きの話が来ているんじゃないかい?」
「え、っと。それは……」
右に左。
目を左右に泳がす榊原の様子に、実際に引き抜きの話はあったのだろう。
「今は君の居る部隊こそが最強だと言われている。それなら、そのネームバリューを存分に利用させてほしい」
「――父さん、それは」
父親が言っているのは、要するに権力の私的利用だ。
彼女が隊長となった部隊は、今ではかなりの知名度を誇ることになっている。ただダンジョンの現場に赴くだけでも注目が集まり、プライベートも今は大変ではないのだろうか。
下手なアイドルよりも今は人気の可能性は十分にある。なら、そんな人間の傍には必要以上の防衛手段が考えられている。
住む場所も、警備も、食事や移動手段すらも彼女を隠すようにしている筈だ。
それが許されるだけの権利を有しているのなら、お零れに預かる人間も必ず出る。それは部隊の人間だろうし、彼女の家族でもあるだろう。
そこに俺を入れろと父親は言っているのだ。一緒に行動させ、ダンジョンの危機以外のあらゆる突発的危険に対処してくれと要求しているのである。
無茶振りも良いところだ。罰を受けるとはいえ、彼女一人でその恩恵を準備しているのではない。
寧ろギルドの人間が用意しているのであり、つまりまったく関係の無い職員にまで迷惑を及ぼすのである。
彼女の為に用意するのなら誰しもが納得するだろう。それだけの成果を叩き出したのだから。
だが俺まで恩恵を受けるとなれば、職員には嫌悪と疑問が必ず出る。――――どうしてこんな奴が英雄と同じ待遇を受けるのだと。
表向きは俺は被害者になっているが、そうであったとしても出来ることには限界がある。父親の要求はその限界を突き抜けてしまっていた。
「……解りました。彼を私の部隊に入れ、庇護下に置きつつ鍛えていきます」
「出来るのですか?」
「一度上司に確認を取らなければなりませんが、元々彼には他とは異なる能力を持っています。その全貌は未だ完全に判明していないものの、有用であると我々は判断していました。彼は補助系の職を取得していますので、大枠ではそちらの部署に入ってもらいつつ率先して我々の部隊メンバーに含めます」
「……部隊メンバーは固定制にすることが出来ると?」
「固定した方が我々としても戦いやすいので、現在のギルドでは申請が通れば特別な理由が無い限りは固定にすることは可能です」
榊原ははっきりと可能と口にした。
今後、彼女の周りには様々な人間が接触してくるだろう。とても俺に構う暇もない筈だ。
それでも受け入れるのであれば、現在のメンバーにも理解してもらわなければならない。かつての面子ばかりであればそれは不可能ではないが、俺の裏面を知らない人間が居れば説得するのは難しくなる。
それらを全て考慮し、榊原は飲み込んだ。父も母も彼女の声には確固たる意思が宿っているのを確認して、ではお願いしますと短く告げる。
俺に口を挟む隙は与えられなかった。それは恐らく、以前の咲の件をなぁなぁで許してしまったからなのかもしれない。
その日はそのまま話が終わってしまった。そこからの退院まで、両親は短くとも毎日こちらにお見舞いに来てくれたのだった。




