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NTR人間、自身の末路を知る  作者: オーメル


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冒険者74 記憶の景色

 ぼんやりとした感覚が俺を包んでいた。


 暖かい、幼い頃に親に抱きかかえられているような奇妙な安心感。もう遥か過去過ぎて忘れてしまっている筈の感覚の中、目を開けることもせずに俺は浸っていた。


 不調のふの字も感じない時間は久し振りだ。痛みも苦しみも感じず、ただ他の人と同じになれた事実に嬉しさも覚える。


 危機感も抱かない。これが死んだということなら、中々死ぬのも良いものだと思う。


 唯一不安があるとしたら、これから先の末路だ。この世に天国と地獄があるのか、それとも魂は肉体を離れた瞬間に崩壊していくのか。


 自身の自我の部分が無くなるなら何も認識せずに終われるだろう。だがしかし、その時が訪れるのはどうにもないように思われた。


 この瞬間が永遠に続くのか。それとも今は何かの道の途中なのか。


 緩く流れる川を下るように、俺の何かも流されていく。五分か、三十分か、一時間か。


 目を開ける気も起きず、引き籠もるように身体を丸めて。


「おーい、いい加減に起きろよ!」


 唐突に、声が聞こえた。


 はっと目が開く。俺はどうやら仰向けで横になっていたようで、開いた視界が最初に捉えたのは見知らぬ男の顔だった。


 見たところ年齢は十代。顔のそこかしこが土で汚れ、着ている物は現代では悪く見られてしまうような低い品質の白シャツだった。


 その白シャツも長く使っていたからか、色が黄色っぽくなっている。


 身体を起き上がらせ、周りに目を向けた。すっきりとした頭が爽快な気分を与えるが、同時に意味不明な光景に混乱も抱く。


 此処は大きな広場だった。古風な石造りの壁に囲まれ、地面は剥き出しで工事をした形跡はない。


 その地面の上には数多くの男達が木の剣をぶつけ合い、本番さながらの戦いを繰り広げている。


 彼等の容姿は西洋人風だ。しかし髪色は鮮やかで、アニメや漫画でしか登場しないような派手な髪色の持ち主も存在している。


 彼等も揃って目の前の男と同じ格好をしていて、ふと顔を下に向けると自分も同じ格好をしていた。


「どした? 頭でも打っておかしくなったか?」


「……一つ、質問してもいいか?」


 首を傾げている男に、俺は素直に疑問をぶつけることにした。


「此処って何処だ?」


「何処……って、え、わかんないのか?」


「ああ。 というか、こんな場所を俺は知らない」


 俺が言葉を返す度、男の顔色はどんどん悪くなる。


 恐らく此処は鍛錬場ではないかと思うが、こんな場所に最近訪れた記憶はない。


 俺の最後の記憶は中国ダンジョンに現れたよく解らない男に風穴を開けられ、ほぼほぼ死を確信させられたところまでだ。


 そこから何がどうなってこんな場に居るのかが一切解らない。


 困惑を深めていく俺に、男はどこかへと駆け出した。その先には一人の他とは違う服を着た人間が居て、こちらは周りの男連中と比較すると明らかに年上だ。


 それに着ている服も違う。質が良いのか、輝く白に赤い模様が刺繍されている。更に腕や足に皮の防具を身に付け、腰には真剣が備わっていた。


 その人物は男の必死の声に耳を傾け、急ぎ足で俺の前にやってくる。


 黒髪をオールバックに固め、顎には短い髭が僅か。三十代程度の印象を覚えるその男性はがっしりとした体型をしていて、現代の常人なら一発でぶっ飛ばせるかもしれない。


 彼は髪と一緒の黒の目で凝視しつつ、両腕を組んで暫く此方を観察していた。連れて来た男の方は妙にハラハラとした表情で黒髪の男性と俺に交互に顔を向け、少々鬱陶しくも感じられる。


「……ソア・ファシー訓練兵。 貴様は私の名前を言えるか?」


「……いえ、解りません。 ソアというのは自分の名前ですか?」


 厳しい口調に、思わず俺は丁寧語で返す。


 ソアという名前に覚えがないではないが、それも情報が少ないので知らないでいいだろう。


 俺の返答に男性は溜息を吐き、鋭い眼差しを男に向けた。向けられた当人は悲鳴を上げつつ真っ直ぐに背筋を正し、今にも泣きそうになりながら男性の言葉を待つ。


「医務室に連れていけ。 その後、状態を必ず私に報告しろ。 ――怠れば罰則を与える」


「っは! 解りましたぁ!!」


 男は大慌てで俺を立ち上がらせ、引き摺るような形で運び始めた。


 俺がちょっとと静止の声を発しても本人には聞こえていないようで、なんでこうなるんだよぉとぐずりながら医務室らしき場所を目指していた。


 こうなっては恐らくまともに話も出来ないだろう。敢えてされるがままにして、視線を周囲に向ける。


 僅かにせよ見知った物があればと思ったが、やはり石造りの建物は記憶にない。今なら記念物扱いされてしまうような建物は今も機能しているようで、裏口らしき木製の扉を開けると多くの人間の声や物音が遠くに聞こえていた。


 裏口周辺の人気は少ない。いや、それどころか殆ど見掛けない。


 元々あまり活用されていない区画なのか、床には何も敷かれておらずに剥き出しの石がそのままだ。


 天井に照明は無く、灯りとなるような設備は無い。窓のような穴も見当たらず、夜になればこの辺は完全な闇に閉ざされるだろう。


 このまま誰にも会わない可能性もあったが、やはり向かう先が先だ。


 医務室に向かう途中で漸く人の姿を見ることになり、その姿に自分の目が完全に見開かれる。


 何せ軍人の正装のような格好をした人間が真剣を持ったまま周囲を歩いているのだ。他にも丈の長い、歴史的な方のメイド服を着ている女性も存在していて、一気に場が中世めいたものへと変わってくる。


 側面の壁には直接色が付けられ、花や何かしらの意味のある図形が表現されていた。


 中には人間の姿も居るようで、女性に傅く複数人の男性の絵がある。


 まるでタイムスリップでもしたかのような気分を味わいつつ、辿り着いたとある一室を前に男は一度止まる。


 治療を生業としている為か、扉は先の裏口程状態は悪くない。


 それでも現代人としては眉を顰める出来になっているが、男は迷い無くノックを三回行った。


『どうぞ』


「失礼します!」


 中から聞こえる男性の声に男は返し、やはり俺を引き摺りながら室内に入る。


 内部は医務室と言われているように、ベッドが多く敷かれていた。木製の棚には大量の本が敷き詰められ、小さな正方形の窓が一つある。


 テーブルと椅子は革と木を使った少し高級感のあるものだ。その中で、白い上着を羽織っている初老の男性が訪れた俺達を見て呆れた表情をしている。


「また君達か……。 訓練をしているのだから怪我は当たり前なのかもしれないが、もう少し頻度を落とせないのかね。 薬とて無限ではないのだよ?」


「それはアゾット教官に言ってくださいよ! 訓練は怪我してこそってのがあの人の信条なんですから」


「……はぁ。 それで、今回はそこの彼かね?」


 節くれた指がゆっくりと俺を指す。


 その言葉に反応して男は俺を前に出し、わたわたと身振りも交えて何が起こったのかの説明を始めた。


 本人曰く、今日は一対一の模擬戦を休憩を挟みながら交代交代で行う予定だったそうだ。終わりは夕方になっていたようで、その途中で俺と運んできた男が戦うことになった。


 結果は男の勝利だったが、止めが頭部への一発になってしまったのが問題だ。俺は気絶してしまい、起きるまで男が傍で見守っていた。


 目覚めるまでの時間はそんなに長くはなかったらしい。だが、起きた後に俺は俺になってしまっていた。


「自分の名前もこの場所も覚えていないみたいなんです。 どうしたらいいですかね!?」


「……ふむ、それは重大だな」


 説明を聞いて初老の男性は自身の白い顎鬚を撫でる。


 今の俺の状態は客観的に見れば記憶喪失だ。だが、俺からすれば記憶喪失以前の話である。


 まるでネット小説に出て来るような転生や転移みたいな話だ。状況が状況だけにどちらであったとしても不思議ではなく、俺としては現状の把握に努めなければならない。


 眼前の人物は、少なくとも俺の状況を聞いて笑うことはない。ならば俺の症状にも真っ直ぐに向かい合ってくれるだろう。


 取り敢えずは記憶喪失の体でいこうじゃないかと、俺は困惑した表情のまま口を開けた。

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