冒険者69 現状戦力と意図しない評価
「走れ!」
冒険者の男の声が俺達の間に轟く。
モンスターは彼の声に興奮し、殺意を滾らせて一斉に得物を差し向けた。牙が、爪が、角が、刃が、俺達の命を断たんと迫り出す。
大挙する群れはさながら津波。飲み込まれれば明日の朝日は拝めないだろう状況に、俺達の足は否応無しに動かされる。
ただ、後衛は前衛よりも速度は出せない。基本的な肉体強化が無く、特に魔法の数の少ない魔法使い達は揃って基礎レベル程度の脚力しか出せないのだ。
なので必然、モンスターの暴威を直接受ける確率は上がる。誰かが敵の注意を引いていかなければ魔法使い達が無事に一層を通過するのは不可能だろう。
こういう時、補助職である俺なら他者の能力を一時的に上げることが出来る。
全能力向上を後衛に付与。
青い光が彼等の身体に吸い込まれ、その肉体を強くする。
「強化しました。 行きましょう!」
「ッ、勿論!」
ナイフを引き抜く。二本の武器を片手で一本ずつ持ち、後衛を守りながら迅速に進んでいく。
魔力の消費は抑えるべきだが、一層を突破する程度なら大した消費にはならない。後衛の人数も多くはなく、一回目の発動終了までの時間で駆け抜ければその後は何もしなくても良いだろう。
視界には常にモンスターの姿がある。通り抜ける隙間は見つからず、倒して無理矢理道を作っていくしかない。
前衛の剣士は即座に敵を切って捨てた。迷いの無い行動は実に冒険者らしく、同時に彼等は命を奪う行為に慣れてしまったのだとも解ってしまう。
それがモンスターに向いている内は良いが、人間にまで躊躇無く向いてしまえば最悪だ。
俺の位置は後衛達のやや前になっている。
前衛が道を作り、漏らした分を俺が殺す形だ。彼等は言葉も無しに自然とこの陣形に変えたので、俺は邪魔をしないように後衛を守ることに尽力する。
俺達は極力巨人の足元を通る形で進んだ。巨人は大きい分鈍重で、占める範囲も広い。
そこの下を潜れば、敵も少ないので体力の消耗を抑えられる。それでも普段戦う数の何倍にも今の冒険者達は感じているだろう。
倒しても倒してもキリが無い状況は、それだけ俺達の神経を削る。無限に湧く存在達を長時間相手にしなければならなかったのなら、此処に居る面々はまともではいられなかったかもしれない。
首に刺し、下へと刃を落とす。
モンスターの血で汚れるのも厭わず、死んだかどうかを確認する前に次の獲物に牙を剥く。
倒せば倒す程に経験値は蓄積されていくが、今のところレベルが上がる様子は無い。これは俺が日本で一度経験してしまっているからなのか、正直順調に溜まっている気がしない。
しかし、他の冒険者達のレベルは今頃上がっているだろう。後衛は限界まで魔法使用を抑えてもらっているので経験値は蓄積されていないものの、戦士は一つか二つくらいは上がっていても不思議ではない。
体感にして一時間だろうか。俺一人の時よりも時間は掛かったが、草原を駆け抜けた俺達の目前に石造りの階段が見えた。
そこまで辿り着いた段階で前衛は足を止め、急げ!と声を発する。
後衛達は死に物狂いで走り、最後は飛び込むような形で階段を降りる。続いて補助職である俺が降り、最後に前衛がモンスターを倒しつつ降りた。
「敵は!」
「我々の後ろには居ませんッ。 ……どうやら無事に突破出来たようです」
「そうですか。 ――では状況報告をお願いします」
榊原の即座の確認に、最後に階段に飛び込んだ前衛が後ろを確認して言葉を発する。
薄暗い階段には俺達以外の姿は無く、人数が人数なので狭いもののお蔭で全方位を皆で警戒することが出来る。
怪我人は主に前衛。モンスターの攻撃を全て躱すのは不可能だったようで、切傷や打撲が散見された。
ただ深手ではないので回復薬を一本飲めば全て回復する。節約をしたいなら既存の薬を塗って包帯を巻くだけに留めるが、今回は常に万全にしておきたい。
なので揃って回復薬を飲んで、後は装備の破損や全員が揃っているかの確認だった。
津波の中を半ば強引に進んだことで破損はそこかしこにある。全員が完全な無傷で済ませられるとは想定していなかったものの、あんな雑魚を倒すだけでも苦労する現状は正直厳しい。
敵はなにもモンスターだけではないのだ。今後現れる存在達を思うと、やはりレベルアップは急務と言っても過言ではなかった。
それを言葉に出すつもりはない。今の俺は予言者ではなく、将来有望な新人だ。下手に言って場の雰囲気を悪くすれば、それこそ予言者としての俺の評価も落ちてしまう。
「皆の状態は理解しました。 一先ず、一層の突破お疲れ様です。 これ以降も敵は現れますが、先程までの勢いとはならないでしょう」
「それは……あの方からの情報ですか?」
「はい。 敵は知性を有していないので、本能的に前へ行くとのことです。 二層にはまだ順番待ちの敵が居ると思いますが、一層程の勢いは無いそうです」
「それは僥倖ですね。 ですが、どうやって敵は階層を移動しているのでしょう。 少なくとも我々はこの階段を用いて移動しています」
「それは――」
階層移動についての疑問に榊原は口を噤む。
その内容を榊原は知らない。その視線が一瞬だけ俺を捉え、首を左右に振った。
「私はその点については聞いておりません。 予言者さんでしたら知っているかもしれませんが」
「そうですか……。 あまり深く考えるような話ではないんですかね?」
「まぁ、この中は安全圏らしいからな。 此処で休息を取れるなら、確かにそこまで深刻に考える必要もない」
何か言い訳を口にせず、知らないことは知らないと榊原は告げる。
皆を率いる立場として、その姿勢は大事だ。自分に隠し事はないと宣言しているからこそ、誠実な人間であるとアピールすることが出来る。
重箱の隅を突くような人間なら聞いてなかったのかとツッコみそうだが、どうやってモンスターが階層移動をしているのかなんて今はどうでもいい問題だ。
結果としてモンスターは上に行けると判明しているのだから、態々気にするだけ無駄になる。そんな部分に疑問を抱くなら、少しでもダンジョンの攻略に意識を割くべきだろう。
「なぁ新人。 お前さんならどう思う?」
と、ここで気さくな冒険者が俺にも意見を募ってきた。
周りの視線が一斉に俺に向けられ、思わず目を見開く。
視線の中には榊原もあった。彼女は周りが見ていないのをいいことに、期待感の籠った目で俺に答えを聞きたがっている。
「あははは、私は新人ですから皆さんが考えているようなことしか思いつきません。 その上で予想するなら……」
汗の滲む頭を掻いて、苦笑する。
未来でも正直、完全な答えはない。ダンジョンは常に正しいと思っていたものが間違いになり、与太話が正解になるパターンが多発していた。だからもし何か言えるとしたら、それは俺自身の完全な予想だ。
「階段以外にも道はある、んじゃないですかね?」
「おいおい、それじゃあどうして階段は使われてないんだ? 折角空いてるってのによ」
「階段は人間専用じゃないでしょうか? ……漫画めいた話になりますが、こんな場所が自然に私達の国に来るとも思えません。 誰かがこちらに送ってきたと考えるのがよほど現実的です。 そして、その準備をするなら関係者用通路を作りたくなりません?」
あの連中。黄金国家が一帯をダンジョンとして送ったのは解ったが、そんな簡単にモンスターが居る土地を現在の形に変えることが出来たとは思えない。
そもそも向こうでは普通の土地だったのだ。改造するには多大な時間を掛けただろう。
モンスターの妨害だって間違いなくあった筈だ。それを少しでも避けたいなら、彼等専用の通用口を作ってモンスターを通さないようにした方が効率的である。
俺の意見に、場は静まり返った。その目は驚きを含み、同時に真剣味も混ざる。
まさか俺がそんなことを口にするとは思わなかったのかもしれない。気さくな冒険者は徐に太い腕を伸ばし、俺の頭を乱暴に撫で始めた。




