冒険者70 極小の異変
何故か力強く頭を撫でられてしまったが、場の雰囲気は少し緩くなった。
良い意味で彼等から激戦後の緊張感が抜け落ち、静かに休むことが出来たのは僥倖だ。
俺には何がなにやらであるものの、一先ず肩の力を抜けたのは幸いである。危機的状況に陥った人間も居ないので、小休止を挟んで俺達は更に下に進む。
「解ってはいましたが……」
二層の敵も殆ど見慣れていた。
やはり大部分は外に出ていたようで、初見となるのはその環境から離れられなかった個体だ。
例えば力の弱い妖精。こちらは外に出て行ける程の力をまだ手に入れておらず、どうしても宿主の傍から離れられない。
日本でも妖精は居たものの、そちらは性質が違う。こちらは純粋な生命体であるのに対し、日本に居るのはある種の感覚器官なところがある。
日本の妖精達の本体は木であり、その木が無くなれば器官そのものが消失する。故に、外に出ていける速度もこちらとは違う訳だ。
他にも外の環境に適応出来ない個体も居る。日光に近い光を常に浴びていた植物系のモンスターは、夜を知らない為に栄養素の確保が上手く出来ない。
これは未来でも改善のしようがなかった部分だ。外部にモンスターを持って行く方法も中々見つからないのに、持って行くのに成功しても生育環境が違い過ぎて結局は求めた効能が手に入らなかった。
俺達は一塊となって二層の道を突き進み、更に下の三層に入る。日本ダンジョンと比較するとサイズは格段に増し、一層分を踏破するだけで二時間から三時間を消費させられた。
ダンジョンのサイズが大きくなることは、即ち敵の数が膨大になることを指す。ゆくゆくは初心者でもある程度は安心して歩けるようになる場所になるが、やはり管理を徹底していないと一気に危険なダンジョンに早変わりだ。
敵をどれだけ倒しても次から次に生まれ落ちる場所で全滅を狙うのは愚の骨頂。
倒しながらどんどんと突き進み、良いアイテムを目にする機会があっても今は放置する。
ダンジョンの魔力を枯渇させれば集める時間はいくらでも確保出来るのだから、欲目を出したところで何の意味も無い。
五層突破までに俺達はこのダンジョンの長さに慣れた。
空の青さは何時間経過しても変わらず、同じ景色がずっと続く。途中では飽きすら出て、モンスターが出てきても中間層に到達するとその数は多くはない。
現在のダンジョンの戦力が入り口側に偏っているのは間違いなく、嵐を通過すれば待っているのはおよそ平穏な海そのものだ。
「日本ならもう最下層ですな」
「そうですね。 ……これで折り返し地点となると、物を運ぶのも苦労するでしょう」
「大して敵は強くねぇ。 が、邪魔なのが多いのは面倒だな。 レベルも途中から上がらなくなりやがったし、資源を集めるにしても中途半端な印象だ」
「予言者殿の言葉曰く、此処は中国を復興させたダンジョンとのこと。 数自体は日本よりも多いのだから、人数で諸問題を突破したのだろう。 尤も、その過程で何人犠牲になったのかは定かではないが」
退屈がやってくると自然と会話が始まる。
その会話を俺は後方で聞きつつ、確かになと内心で首肯した。
このダンジョンは崩壊した中国を立て直した場所だが、敵の強さと階層の多さが釣り合っていない。
敵は弱く、どれだけ倒しても途中でレベルアップまでの速さが鈍る。ある程度レベルを上げきれば別の難度が高い場所を潜った方が効率が高く、それなのに資源は豊富に眠っていた。
これを集めない手は無いものの、一般人を入れるには道中の邪魔が多過ぎる。
恐らく最初の頃は試した結果、多数の死者を生み出していただろう。最終的には冒険者を主軸にした専門の組織を作り、ある程度国内の死者は減らすことに成功していた。
此処には光と闇が混在している。そのどちらもが強く、故に初心者向けとしての側面を設けたのは意識を逸らす目的もあったに違いない。
六層目に到達すると、風景ががらりと変貌する。
それまでの自然の景色は消え、辺りには薄緑に発光する苔が無数に張り付く石造りの道が出来ていた。
天井までの距離は約三メートル。全力で跳ねれば直ぐに頭をぶつけかねない高さに、冒険者達の誰もが眉を顰める。
「圧迫感がありますね……」
「ああ。 こんな場所で銃なんか撃ったら跳弾でこっちまで被害を受けそうだ」
「――武器の扱いには注意をしてください。 長い得物では引っ掛かる可能性があります」
『了解』
想像以上の狭さに俺も息苦しさを覚えた。
だが、榊原は隊長として気丈に指示を下して進み出す。
この狭さでは彼女の速度は活かせない。動作そのものの速度を上げて、挙動自体を迅速にするのが精々だろう。
進んでみると、苔の大小で明るさに違いがある。一番少ない場所は薄暗く、目視では細かく迷路の状態を確認するのは不可能な程だ。
こんな場所でモンスターが控えていれば初心者は油断するかもしれない。そして焦り、簡単であるにも関わらずに迷って脱出に時間を要することになる。
「止まってください」
先頭を進む剣士の一人が静止の声を発する。
だが、声を発する前に俺は気配を読んでいた。丁度曲がり角から足音が聞こえ、同時に硬い物同士がぶつかり合う音が鳴っているのも解る。
奇襲は仕掛けない。何が来るのかを確認する意味で武器を構えて待っていると、曲がり角からは人間をそのまま白骨にしたモンスターが二本の足をふらつかせながら姿を現した。
着ている物も武器も無い。薄汚れた人間の骨は、嘗て目があった部分で俺達を視認して――かたかたと歯をかち合わせ始めた。
「……っは。 本当にゲームみたいな奴が出てきたじゃねぇか」
「確かスケルトン、だったか。 安直だが特徴らしい特徴も無い姿をしているからその名前になったのだろう。 弱点は心臓部に浮かぶ核だったか」
好戦的な戦士に、重戦士になるつもりの男が冷静に語る。
その言葉通り、胸部には青く発光する核が浮かんでいた。あれがスケルトンの存在を維持しているのは誰の目にも明らかだ。
スケルトンは歯をかち合わせ続けながら、ゆっくりとこちらに歩み寄る。
ゆるやかな動作はまるでホラー映画さながらだ。しかも両腕を上げて、ジャパニーズホラー感をこれでもかと刺激してくれる。
その所為か後衛の魔法使いの一人が半歩後ろに下がる音がしたが、まぁ恐ろしい部類ではないので核を砕けばそれで終了だ。
好戦的な戦士は口角を吊り上げ、姿勢を下げて片足に力を入れて突撃する。
核目掛けた横一閃の一撃は骨すらも両断し、通り過ぎた後にスケルトンは上下に崩れ落ちた。
核が無くなることで骨がバラバラに広がる。生命の気配を消失した骨の塊を前に、誰もが呆気無いと思ったことだろう。
「……」
だが、俺には違和感があった。
同時、こちらに向かって一つの視線。そちらに顔を向けると、榊原が俺を見ていた。
真剣な顔に俺は誰にもバレないよう短く首を縦に振る。それだけで彼女もこの違和感が正しいものであると理解して表情を引き締めた。
スケルトンが出現する。それ自体は何も問題は無い。このような迷路のステージではアンデッドに分類されるモンスターはよく出現する。
おかしいのは、この階で出現するモンスターではないことだ。
初心者向けであると再三に言ってきたが、それはモンスターの分布がほぼ確定しているからも理由としてある。
階層移動は基本的に安定しているダンジョンでは有り得ない。魔力過多になった直後に発生することで、ではスケルトンは何処の位置で出て来るかと聞かれれば――――答えは九層だ。
ボスの居る階層の一歩手前であり、この六層に出て来る基本的なモンスターは小鬼とまだ上層と然程の違いはない。
これから下に行くにつれて種類が変わるのが安定しているダンジョンの特徴の一つだ。グラデーションのようなものだと認識すれば良いだろう。
じゃあ、スケルトンは何故この階層から出て来ているのか。
普通の状況ではないからとこの感覚を無視することは出来る。だが、直感の鋭い榊原も違和感を覚えた。
ならば、この道中は不測の事態が起きるのではないか。俺の胸中に嫌な予感が渦巻き始めた瞬間だった。




