冒険者62 冒険者の意識
老人と予定を合わせ、俺はギルド内の寮のベッドで横になった。
日中のこのフロアには人は居ない。他に居るのは基本的にギルドの冒険者であり、彼等は揃って下の階やダンジョンに出向いている。
休日であれば自身の部屋で遊んでいる音が聞こえていたかもしれないが、俺の耳に届くのは鈍い物音だけだ。
静かになっているからこそ、自身の身体に嫌でも意識が向く。
全身を巡る血液は熱く、視覚は少し朧気だ。味覚が死んでいる所為で飯を食べても美味く感じず、無理矢理押し込んでは水で流し込んでいる。
学生の頃なら一発で病欠だ。下手に動くべきではないし、今も動けているのは冒険者の肉体であるからこそ。
この身体になったことを後悔していない。最速で目指したのも文句は無い。
だが、その迅速な行動で余計な人間が釣れてしまったのは事実。自分がマイナスを背負う分にはまだ思考を切り替えて飲み込めるが、家族もマイナスを背負うかもしれない状況では仕方ないと割り切ることは出来ない。
日本の議員は俺を外国に売り、多額の援助を得ようとしている。
提案自体は複数の国から来ているようだが、こちらの人間も一部は乗り気になっていた。その理由の中に議員個人への報酬金があり、援助についてはオマケ程度の扱いだ。
各国家も堂々とやっている訳ではなく、こそこそと隠れて日本に接触を図っている。つまり向こうの国でも俺を連れて来るのは公ではないのだ。
何時か、こういう事が起こるのではないかと考えていた。
自身の都合良く動かす為、俺の家族を利用する。父親や母親を捕まえて人質とし、俺を己の駒として活用したい。
胸糞の悪くなる話だ。断固としてそれを了承すべきではない。老人も似た行動を取っていたが、あちらはあくまでも俺を狙って話を付けに来ていた。
今現在も老人の行動に間違いはない。日本の存続を目指して動く姿は、ダンジョンを管理する冒険者時代に明確に近付いてきている。
それと比較すれば、連中は自身の欲を満たしたいだけだ。援助の内容もほぼほぼ無意味で、大部分は本人の懐に収まってしまう。
『どっちにでもそんなクズは居るんだねぇ』
天井を眺めて思考を巡らせていると、唐突にナラのメッセージが現れる。
身体を横にしてメッセージから逃れるも、今度は画面が横に現れた。
『眼を知ればこの距離からでもそんな連中殺せるけど……どうする?』
眼を知る。
また何とも意味深な台詞だ。気にはなるものの、それでこれまで無視していた時間を無駄にする訳にはいかない。
目を瞑る。彼女の文言の悉くを無視し、元の思考に戻す。
連中が動くのは俺が居ない二ヶ月の間。家族を拉致し、俺をそのまま帰さずに脅して自衛隊内の息のかかった人間を使って他国に移動させる。
つまり自衛隊内に俺の敵が居ることになるのだが、彼等がこちらの正体を知っているかは定かではない。
それでも俺の情報自体が自衛隊の一部に流れているのは確実。故に二ヶ月の間に俺に接触を図る自衛隊はその全てを怪しむ必要がある。
できれば誰がそうなのかまで把握してもらいたかった。老人が掴んだのはその計画があることと、もう既に国家間の静かな交渉が始まっていることだ。
事が事なだけに、老人はこの件を公には出来ない。
俺が自分で予言者であることを話していない以上、全てを隠して問題を解決しなければならない。
家族に知られるのは論外。襲われる事実そのものもあの人達は知らなくていい。
だから最初は、中国の件を無かったことにして家に戻ろうと思っていた。レベル上げは俺の問題で、別に家族の問題ではない。
彼等を守ってから今一度次のダンジョンが出て来るのを耐えれば、あるいは間に合う可能性はある。
ナラは俺を殺すとまでは宣言していなかった。ならば、苦しさに耐えるだけで生きることは出来る。それなら次でもいいと、俺は老人に語った。
そんな俺を老人は止めた。力強い眼差しで、義憤に燃えながら俺を説得したのだ。
『気持ちは解る。 私とて、孫の命が脅かされるとなれば居ても立っても居られずに連中の始末に動くだろう。 だが、私は責任ある立場に居る。 同時に君も今や責任ある立場にある。 選んだ現状を無視することは誰にも出来ない』
『――なら諦めろと?』
『いいや。 いいや、そんなことはない。 こんな稚拙で馬鹿な真似を許すなど、私が認めなどしない。 徹底的に裏を洗ってやろうではないか。 見つけ次第、報復してやるとも』
俺の怒りよりも老人の方が今回は激怒していた。
その勢いは強く、トップの感情剥き出しな発言に俺と冒険者の男は同時に引いてしまった。
恐らく、老人からすればギルドを舐められたと思ったのだろう。ただでさえ新興の組織、一度舐められると後から雨後の筍が如くに生えてきかねない。
だがここまで激怒したのは、ひとえに仕事が重なってしまったからだ。ただでさえ大事な仕事がこの後あるのに、更に無能の裏を探って証拠を集めなければならない。
俺の家に追加の護衛を派遣するのも老人の仕事だ。その人員も残った者達の中から決めねばならない。
どう見ても残業は避けられない。ギルドそのものは定時上がりを是としてきたのに、まさかの過剰業務が課せられることになってしまった。
気持ちは解る。俺もしなくていい仕事をさせられたら腹が立つし、原因に何か文句を言いたくもなる。
お蔭で冷静になったものの、老人側の勢いは大分強かった。この状況で俺も残って云々を告げるのはこちらにまで延焼しかねず、このまま中国行きは継続になっている。
行くのは明日だ。短い期間でよく準備をしたもんだと思うが、恐らく輸送船に荷物を運び込むのはまだ終わっていない。
俺達の出撃を早回しで行い、船はゆっくり向かう予定だろう。同時に、敵が居るならその中の可能性が高い。
態々死ぬかもしれない場所に率先して子飼いの人間を入れる道理は無い。これからも使っていくつもりなら、一番最後かその次くらいに入れて派遣する。
中国のモンスターはその全貌が全て明かされていない。どんな危険な存在が待ち受けているか解らない現状、実際に行動を開始するのも最後辺りになるのではないだろうか。
「どんな目に合わせてやるか……」
幸い、向かう先がダンジョンとモンスター蔓延る土地のお蔭で何時死んでも不思議ではない。
対象を特定して捕縛した上でモンスターの餌にするのは有りだ。あるいはダンジョンの奥に拘束状態で放置するのもいいだろう。
重要なのは、二度と生きて戻さないこと。もしかすれば脅迫されているのかもしれないが、そんな同情が無駄になるのも生きていれば普通にある。
邪魔をしたなら二度と表に出てこないようにするのだ。そして議員にも居なくなってもらう。
まぁ、そっちは老人が手を下すだろう。ミヤ様の未来視と合わせれば逃げ切るのは不可能だ。
一先ずどうするかはこれで決まった。実際にその状況になった時に最終判断を下すことになるが、知りもしない他人を未来の俺が許すとも思えない。
殺すか、死んだ方がマシな状態にするのは確定だ。初めての人殺しになるものの、今の自分に迷いは無い。
怠い身体を起こして、腰ポケットに入れっぱなしになっている携帯を取り出す。
登録してある番号に幾つか電話して、部屋を出る。
身体の感覚がおかしくなっても鍛錬をしないなんてことは自分の中には無い。少しでも動いて自分を磨こうと、トレーニングスペースへと歩を進めた。
――――そして次の日、まだ誰も来ていないような早朝に俺は同行する冒険者と一緒に車に乗る。
中国の件については朝にギルド内でお知らせが入るだろう。新人に知らせるには遅過ぎるかもしれないが、彼等はまだ自分が何を出来るのかも理解しきれていない。
知らないままでも別に問題は無かった。世間にも同タイミングで公表されるから結局同じだが。
二ヶ月はこれから日本に居なくなる。帰ってきた時に少しは自分のレベルが上がっていると良いなと思いつつ、最後に思ったのはラーメンとかも食べられないのかだった。




