第十五歩 牛歩で進め
一週間の内、初日で覚醒した冒険者達が次に行うのは実戦経験だった。
とはいえ彼等は職業をまだ獲得しただけ。その職業ごとの戦い方を知らず、予想はしてもその通りに身体を動かすのも難しい。
なので、今回は山田達がリーダー役となって各役職を一人ずつ含んだ小パーティーを結成した。
取得した職業の割合に合わせ、前衛が二名に後衛が二名。補助と回復が一人ずつ。これにリーダーを合わせて七人で残りの日数を過ごすことになる。
だが彼等が一緒に活動するのはダンジョンの中だけ。外に出たら各々が別の場所で生活することになり、特に翔が居るパーティーは恐怖に怯えている人間が多い所為で会話よりも安全性を確保しなければならなかった。
必然、翔の迷いない動きに感嘆を覚えてもらえても同期として仲良くはなれない。
翔としても仲良くなる気はなく、口調は丁寧でも相手の懐に深く踏み込む真似はしなかった。
これは他でも見られたことだ。将来的に大物になる人間は最初から胆力があり、倒せると断言されている中では迷いなく武器を振るうことが出来る。
取得経験値も増え、レベルも優先的に上がり、当然ながらやる気があるので技量も増していく。
反対に及び腰の人間は先ず攻撃を安定させるのが大変だ。魔法を撃つにしても発動までに僅かなラグが存在し、その間に敵が叫ぶだけでも悲鳴を上げて発動を中断させてしまう。
前衛にいたっては数が増えるだけで武器を捨てて逃げる者も出た。回復職を手に入れた者は傷口が酷いと吐いてしまい、補助はどう相手をサポートするかで悩んで動き出せない。
解っていたことではあったが、だとしても彼等は試験の時とは様子があまりにも違っていた。
それだけ見栄っ張りが多かったのか、それとも現実的に考えられなかったのか。翔としては両方だろうなと考えつつ、現状をどうしたものかと考える。
一般人を冒険者にする以上、こうした問題が出るのは解り切っていた。
どうせ最初は使い物にならず、山田達が支えていかねばボスの一体でも撃破は難しいだろう。
この中で突出しているのは、やはり将来で一軍入りを果たしている人間だ。彼等は翔と同様に迷わず、己の力を分析して戦いを続けている。
だが自分を磨くのを優先している所為でチームワークは一切無い。理由としては今は必死になってモンスターを安定的に殺せる水準に持っていきたいのだ。
その気持ちは翔でも山田達でも解る。翔なんて最初からダンジョンに飛び込んでいるのだ。
理由は強さだけではないが、強くならなければ何も守れないと己の基礎能力を必死に上げていた。
ダンジョンで生き残れるのは常に生に貪欲になれる人間だ。他者を利用してでも、何を失ってでも自分の命を守れる人間程生き残れる確率は高まる。
かといってそれを続ければ冒険者界隈では嫌われてしまう。コイツは他人を餌にするような人間だと指を差されてしまったら、もう表の場で活動するのは不可能だ。
故に、純粋な強さをこの段階で強く求められる人間は将来有望である。
命を奪う行為に忌避感が薄いからこそ、例え相手が命乞いをしてきても躊躇なく殺せるのだ。モンスターが命乞いをする場面は極めて少ないが。
兎も角、将来有望な人間は今は放置でもいい。どうせ勝手に成長するのは翔も解っているし、山田達にも情報は共有されているので彼等もあまり手は出さない。
恐怖に怯える人間から恐怖を抑制させるなら、やはり慣れしかないだろう。
どんな人間にも環境適応能力がある。急激な変化には対処しきれなくとも、同じ場所で似た行為を長く続けていけば怖さも自然と抜けていく。
サポートも居るぞと告げることで更に怖さを抜いて、ゆくゆくは補助輪を全て抜いてやるつもりだ。
「はぁ、はぁ――っは!」
長剣を持った青年が小鬼に迫る。
一直線に走る様は愚直で、表情にはまだまだ怯えがあった。それを振り切って向かえる様子は見事だが、何も考えていないのは間違いなく。
だが、小鬼を相手にするなら十分だ。相手よりも青年の方が足が速く、上から下への袈裟切りは小鬼の身体を斜めに割断した。
内部から欠けた核が血と共に外に出る。重大な損傷を負った核は存在を維持出来ず、そのまま青い光になって青年の肉体に入っていった。
青年は剣を地面に突き刺し、寄り掛かって荒い呼吸を繰り返す。
システム画面を見ることもなく、両目を限界まで見開いて震える手をそのままにしていた。
「大丈夫ですか?」
青年の隣から声が掛かる。
ゆっくりと伏せていた顔を横に向けると、翔の冷静な顔がそこにはあった。
彼の手には血に濡れたナイフ。先程までモンスターを倒していたのは間違いなく、しかし翔は毛ほども気にしている素振りがない。
驚く程に普通。最初に顔を合わせた際には変な所の見当たらない、いたって常識人的な振舞いをする人物だと思っていた。
組んだ時点で既に怯えていたメンバーを大丈夫だと励まし、青年も折角入ったのだからと奮起したものだ。
けれど、翔は羊の皮を被っていただけだった。
最初の戦闘を思い出す。草原で生まれた小鬼や小動物は真っ直ぐに青年を含めた全メンバーに狙いを定め、監督役をしてくれる冒険者は静観を決め込んだ。
武器を握り、前衛として青年ともう一人が前に出る。片方は壁として盾を持ち、青年は慣れない長剣で初めて命を奪う敵の元気な姿を見たのだ。
唾を飛ばしながら鋭い歯を剥き出しにしている小鬼。目は血走り、力強く走る様は殺意に溢れている。
手には動物の角。腰布を巻いただけの原始的な格好は、それ故に対話の可能性を問答無用で遮断している。
不気味な人間が傍を通るだけでも人は不安を覚えるものだ。では発狂しているように見える人間がこちらに全力で殺しに向かってくれば、人はそれ以上の感情を抱く。
怖い。恐ろしい。近寄るな。
即ち怖気が肉体を支配して、身体を硬直化させた。このまま何もしなければ監督役の冒険者が殺してくれると解っていても、それでも面と向かって放たれる莫大な感情に心は萎縮してしまう。
そんな彼等の前に、翔は歩きながら姿を晒した。
眼球が彼の背中を捉え、危ない!と掠れた声が漏れ出る。――――だが、彼はそんな声の一切を無視して駆け出した。
敵は目と鼻の先だ。今走り出せば、即座に敵と激突することになる。
ナイフを片手に、青年達とは異なり流れるような動きで接近した翔がナイフを振るう。
小鬼の胸に刃が突き刺さる。動物の角が彼の肉体に刺さる前に衝撃で手から離れ、それを翔はナイフを身体から抜きながら空いているもう片方の手で掴む。
そして掴んだ角を即座に投げた。その先端が向いているのは小動物の一体だ。
兎に近い見た目の敵を頭から尻まで角で貫く。動きの止まった小動物の姿を見ることもなく、死んだ同郷の存在を無視した敵をナイフで的確に殺害した。
事前に説明を受けていたとはいえ、青年の目からすればあまりに狙いが正確だ。
何処かで似た経験をしていなければこんな風にはならない。けれどこんな敵に襲われる経験を幾度もするものだろうか。
「立花さん」
「はい?」
殺し終わった直後、ナイフに付いた血を地面に払って鞘に納める彼に回復役の女性が声を掛けた。
翔は極めて何時も通りの声で女性に向き、この変化の無さに回復職以外の者が黙り込む。
「あ、あの、ありがとうございました。 ……凄い手慣れてますね」
「そう、ですかね?」
頬を指で掻いて、翔は困ったような笑みを形作る。
彼としてはこんなのは当たり前で、寧ろこれで手慣れていると言われてもどう反応するのが正解なのか解らない。
だが、周囲からその評価を貰ったのであれば辻褄は合わせないといけないだろう。でないと先天的におかしい人みたいな扱いをされる可能性がある。
「昔っから人助けみたいなことをしてまして。 その所為で喧嘩と、動物駆除の手伝いとかは慣れてるんです。 いきなりこれだったら私も皆さんみたいになりますよ」
「そ、そうなんですね! いや、本当に助かりました!!」
人間、理解可能な理由があればあっさり不審を撤回するものだ。
回復職の女性を含めた全員が信用のある目を向け始めた事実に、翔は内心で嘆息していた。




