第十四歩 特別の価値
一日の職務が終わったとて、それで皆が自由時間を過ごせる訳ではない。
ダンジョン周辺には厳しい決まりが敷かれている。それは例えば店の営業時間であったり、外出可能時間であったり、持ち込み可能な品だ。
届出がある店においては深夜営業は許されている。出していない店は夜の二十時で完全閉店となり、従業員が中に滞在していることは許されない。
外出可能時間は二十一時を過ぎた段階で問答無用で禁止だ。もしも外出していた場合、見回りをしている警官によって強制的に戻されるか朝まで捕縛される。
持ち込み可能な品は常識的な範囲と曖昧であるが、如何にも怪しければ捕まった上で没収となっていた。
そしてギルドには専用の書類が存在し、これを用いれば届出が出ている店と同様に深夜に活動することが許されている。
書類の中にはダンジョンへの持ち込み品についての記載も求められ、それ以外の品物があれば此方は自衛隊が回収することになっている。これも自衛隊が完全撤退すればギルドに管理が任せられ、つまり冒険者であればある程度自由に物を持ち込むことが可能になってしまう。
勿論、老人は管理も厳重にする予定だ。
システム的な監視施設を作る計画も決まっていて、人員も配置するつもりだ。ダンジョンに派遣する冒険者の中には門番としての役割も行わせるらしい。
全てが完成するまでには時間が掛かるが、今はそれについてを語る必要はないだろう。
とあるマンションの一室には榊原と咲の姿があった。
此処は咲が使う部屋で、隣部屋も上下階にも新人冒険者が住んでいる。榊原達が使っている建物とは距離が離れていて、会おうと思わなければ会う確率は低い。
咲は緊張の面持ちで机を挟んで対面に座る榊原を見ている。膝の上に置いた手は固く握り締められ、これから何を言われるのかを彼女は警戒していた。
こうなったのは今日の昼に起きた出来事の所為だ。
咲を含んだ新人達は、一人の冒険者と共に他と同様に覚醒を目指していた。小鬼の頭を剣で貫いてみせた様子に咲を除いた面々は明らかに引いていたが、咲はあの光景を見ても何とも思わない。
他者の死を気にする程、今の咲は優しくはいられなかった。何よりも力を求めることを理由に戦いの道に進んだ以上、残酷からは避けられない。
それに此処には翔も居る。彼も冒険者の道に進んだのであれば、つまり同じ職場で働けることと一緒。
咲が望んだ、ずっと一緒に居られる場所だ。
翔が頂点ではないものの、同じ地点から始められるなら同期として一緒に上を目指せる。今回は一緒に覚醒することは出来ないが、それでも活動していけば一緒に戦う機会もあるだろう。
翔の役に立たなくてはならない。翔の活躍を支えられる女にならなければならない。そして、どんな誘いも自分は拒絶しなければならない。
翔より上には行かないと彼女は決めている。それが出来ると解っていても、咲は翔を率いるかもしれない未来を一切望まない。
それで待遇が悪くなっても知ったことか。何より優先されるのは、翔の幸せだ。その幸福の踏み台になれたなら、きっと死んだって悔いは残らないだろう。
――なのに、現実はそうはいかない。
彼女は問題無くナイフで小鬼の胸を貫いた。まったくの躊躇の無い素振りに様子を見守っていた冒険者は目を細め、有望株かと小さく呟く。
青い光が彼女を包み込み、そして他には見えないシステム画面を咲は黙って見つめていた。
そして指をゆっくりと画面に近付け、操作を進め、職業の獲得まで終わらせた段階で彼女は終わりましたと顔を担当冒険者に向ける。
言われた方は首肯しつつ、どの職業を選んだのかを尋ねた。
咲の戦闘スタイルは魔法よりも近接戦に重きを置いている。ならばその辺の職業になったのかと冒険者は内心想定していたが、出て来たワードに目を見開いた。
「……今回、貴方が取得した職業は通常の職ではありません」
榊原に話しが伝わり、山田にまで広がり、今では老人にまで咲の職については届いている。
この圧倒的スピードの背景にあるのは、言うまでもなく特殊職そのものだ。これがどれだけ特別性を帯びているかで咲への評価は一気に変わる。
「特殊職と呼ばれ、他の通常職よりも独自色の強い職業になります。 どんな能力になるかは個人個人で異なり、同じになることはありません」
「え……」
「不安に感じるかもしれませんが、特殊な職業を得ることは特別な人間であることと同一です。 能力によっては誰よりも評価される可能性もあります」
「そ、んな……」
榊原は咲の不安を少しでも減らす方向で言葉を述べた。
自分は優秀で特別なんだと思えたら、大体の人間は気分が良くなる。榊原とて最初は自信が無かったが、ボスを倒せた直後は心の内で有頂天にもなっていた。
人間はプラスの言葉には弱い。だから自分と同じ方法でと褒めてみたのだが、寧ろ咲はショックを顔に浮かばせてしまっていた。
「品野さん?」
「……あ、あの。 一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「え、ええ。 大丈夫ですよ。 答えられる範囲なら全てお答えしますので」
「――――た、立花・翔のしょ、職業はどうでしたか?」
榊原の言葉に咲は大丈夫だとは返せなかった。
それよりも大事なことがあると、彼女は榊原に翔の職業を尋ねる。これで翔も特殊職であったならと願い、しかして榊原は翔の職業の段階で目を丸くした。
どうしてここで彼の名前が出て来るのだろうか。確かに彼女は翔のことを随分と特別視していたが、それでもこんな余裕の無さそうな表情で出て来るとも考え難い。
やはり過去に何か繋がりがあって、その繋がりを咲は大事にしているのではないだろうか。
であれば、次に疑問なのは翔の方だ。彼は一度だって咲のような女性についての話をしていなかった。
繋がりは今も継続しているのか、それとももう切れてしまったのか。
咲の表情を見る限り、彼女が翔との関係を重く捉えているのは解る。なら、きっと榊原も下手な発言は出来ない。
「立花・翔さんの職業を公開することは出来ません。 それは個人情報に抵触します」
「で、ですが私の職業を貴方達は知っていますッ」
「それは職務上必要だから知っているだけであり、個人の感情を理由に取得を望むのは規則に反します」
「お願いします!。 ……必要なことなんですッ」
故に、榊原は公人としての姿勢を貫いた。
如何に相手が切実に願っても、規則に縛られている現状では教える訳にはいかない。
それを知りたければ本人に訊ねるしかなく、今この場においてはその方法は取れない。……いや、それ自体は決して不可能ではなかった。
榊原は自身の腰ポケットに入れてある携帯に意識を向ける。
この携帯には翔に繋がるメールアドレスが存在し、これを使えば許可を求めることも出来るだろう。
咲を理由にすれば翔も呑んでくれる可能性はある。
二人の関係性が定かでなくとも、こんなに大切だと思ってくれている相手を無下にするとも思えないのだ。
その上で出来ると言わなかった。出来るのにしなかった。
それはどうしてかと榊原の頭は暫く悩み、結局出て来たのは彼の迷惑になるということだけ。
体調が悪くなる一方の今の彼に余計な負担を与えては倒れてしまうかもしれない。今の日本に翔の存在が欠かせない以上、負担をかけるのはそのまま自分達の寿命を縮める行為に繋がる。
だから、何も伝えない。翔が知りたいと望んだらその限りではないが、自分達から自主的に報告することはないだろう。
ただ、もし咲に何か言えることがあるとすれば。
「詳しい職業を明かすことは出来ません。 ……ただ、私が本人に聞いた限りでは通常職でした」
「――――ッ!!」
榊原のせめてもの言葉に、咲は絶望した。




