第十三歩 見知らぬ職業
翔が殺してから、漸く男達もモンスターを殺してくれた。
長時間躊躇した後にナイフを振り被って刺してくれたのだが、あまり力が入っていない所為で無駄に敵を苦しませる結果になってしまった。
モンスターからすればいっそ一思いに殺してくれと願いたくなっていただろう。激痛が全身を巡り、核が破壊された瞬間の小鬼や小動物はどこか安堵したような表情をしていた。
翔の班が選択した職業は、榊原が確認したように殆どが近接寄りの職だ。戦士は現在の冒険者の中で一番数が多く、盗賊は比較的選択されづらい。
騎士は珍しい部類であり、通常職の中ではかなり当たりの職業だ。
この中で優劣をつけるなら、盗賊が一番下で騎士が頂点になる。といっても盗賊の役割は戦闘ではない。メインは罠の設置・看破と限定的な鑑定だ。
ダンジョンに潜る上で盗賊は先遣隊に入りやすい。
一番前を歩き、複数の防御バフを受けながらダンジョンに張り巡らされている罠を見抜いて解除するのが基本になる。
設置については主に妨害目的で多用されるが、当然殺傷力の高い罠を作ることも可能だ。更にダンジョン内で発見されたアイテムのみであれば鑑定することが出来る。
盗賊は名前だけで敬遠される職業であるものの、無いと困る職業なのだ。特にレベルの高い盗賊になると暗殺者と組んで少数戦力でダンジョンの深くまで潜っていることが多い。
勿論、この技術を悪用する者達も居た。盗賊らしくダンジョンの中で他の冒険者から物を盗む例が存在し、未来でもこれは問題視されている。
要人の暗殺事件があった時は真っ先に付近の暗殺者と盗賊の人間が疑われたくらいだ。人気かどうかを聞かれれば、誰もが間違いなく不人気職だと断じているだろう。
「ご報告ありがとうございます。 教えていただいた職業で今後の所属部隊を決め、具体的な技術を学んでいただきます。 この職業につきましては個人情報に該当しますので、ギルド内以外で無闇に吹聴しないようお願いします」
「世間には公表されないんですか?」
「勿論です。 これはどんな職業でも皆一緒ですし、知られてしまった所為で将来的に不利になる可能性があります」
「不利になる可能性、ですか?」
榊原の話は翔の話した内容を含んでいる。
職業が個人情報になっているのは未来での自衛手段の一つだったのだが、こうして公務員的な職になってしまうと途端に怪しさを含み始めてしまう。
この場合の将来的な不安は、やはり素性を知ることで効果を発揮するタイプの職業だ。
例えば先にも翔が以前に話した呪詛師。対象の詳細情報を知った上で双方の合意があれば、どんな距離からでも対象を恨み殺すことが出来る。
他にも占い師なんて補助職もあり、此方は予言よりは精度が低いが個人の未来を暗示させてくれる職だ。
どれも前提として個人の詳細情報が必要不可欠。故に有名人が狙われるケースが後を絶たず、こういった職に対抗するアイテムが高額で取引されていた。
こちらではまだその職は確認されていないものの、警戒しておいて損は無い。
榊原はこれをあくまでも予想される例の一つとして新人に語った。名前や職業、経歴を知ることで殺害や探りを入れることが出来る職もあるのではないかと。
「成程……。 ではギルドはそちらの対策も今後の課題になっていくのですね」
「え、ええ。 今はまだ数が少ないですが、生産職の方も増やして出来る範囲も広げていくつもりです。 ……尤も、現状は新しい素材が無いと難しいですが」
この手の職に対抗するアイテムを作るには、どうしたって中難度から高難度のダンジョンに潜る必要がある。
翔と榊原の会話を聞いた新人達は背筋を震わせ、表情も優れなかった。
改めて自分がとんでもない環境に飛び込んだのだと理解してしまったのだ。もう覚醒してしまったので逃げるのは難しくなってしまったが。
翔は内心、新人達にずっと同情していた。どうしても戦力を増やさねばならなかったとしても、詳しく語れない状態で引き込むのは詐欺に近い。
命の危険、生命の危機と只管に警告を発してはいても、それで想像するのはダンジョン内での戦闘だ。こんな予想外の方向から危機が迫っているだなんて訳が解らない筈だ。
「――榊原隊長」
雰囲気が悪くなっていく中、榊原の傍に別の冒険者が近寄る。
彼女が顔をそちらに向け、翔も相手に視線を向けた。ブラウンの革ジャンを羽織った中年の男性は、場の雰囲気が悪いのも無視して榊原に静かに告げる。
「新人の中に特殊職を取得した者が現れました。 ……どうしますか?」
「……直ぐに山田総隊長に報告を。 警戒を第一とし、内容を聞き出してください。 ちなみに名前は?」
「はい。 特殊職に覚醒した者の名は品野・咲。 本人は秒刻師を取得したとのことです」
「解りました。 では、他の者達は此方で引き受けますので沢田さんは彼女のことをお願いします」
特殊職の出現に、榊原と翔の表情が真剣なものになる。
特に翔は内側の驚きを隠す為に表情を抑えなければならなかった。もしも内側の部分が表に出れば、途端に咲と翔が知り合いであると周囲に知られてしまう。
沢田と呼ばれた男が去って行く後ろ姿を見つつ、翔の思考は加速する。体調は依然として悪いが、今は自身の不調など二の次だ。
咲が特殊職を得るなど、勿論だが未来では見ていない。
彼女の取得する職業は僧侶の筈であり、他に可能性があるとすれば純粋な魔法使いである。
それがどちらでもなく、秒刻師と呼ばれるまったく聞き馴染の無い職業だった現実に少なくない驚愕を湧き上がらせた。
一体どんな条件でそれを発現させたのか。そして、その職業にどんな力があるのか。
気になるものの、今の翔では話を聞きに行くことは出来ない。ましてや咲になんて、翔にとっては困難極まりない。
他の人間が集めた情報を後で聞き出すしかないだろう。
だがしかし、一週間のダンジョン生活が終われば翔は中国に行くことになる。彼主導で調査することは出来ず、恐らくは老人主導で調査が進むだろう。
老人であれば逐一翔に情報を送るかもしれない。同時に、中国に集中してもらいたいので何も話さない可能性もある。
どうなるかはその時次第であり、故に翔は暫く悩むことになるのは間違いない。
兎に角、今はこの突発的な出来事を無視して新人らしく活動する他ない。
この不穏な会話を聞いていた班の新人は不安の色を更に濃くした。沢田という男が担当していた者達は何がなにやらといった表情で合流し、碌な説明も無しに榊原が追加された覚醒者の職業を尋ねていく。
まるでさっきの出来事が無かったかのように進む状況は不気味であり、同時にいかにもな圧力がある。
国家機密の一端を目の前で見せられた気分だ。迂闊に踏み込めば火傷では済まないような感覚に、皆は少し此処を選んだことを後悔した。
それでも少しだけなのだから、彼等の胆は座っている方なのだろう。常人であればもうこの段階で辞めたくなった筈である。
結局、一日目は異常が無いかのように終わった。
覚醒した人間は一階で体を慣れさせ、青いシステム画面に書かれている意味を教わり、実際に殺したモンスターを対象に何処を攻撃すべきかも軽く教示された。
そして予想の通りと言うべきか、この覚醒作業には約一日が費やされてしまった。
時間の掛からなかった新人は少なく、特に生産職を目指す予定だった人は大量に血が出る光景に失神までしている。
正に前途多難。始まりからして、この仕事は通常通りには終わってくれないのだと現役冒険者達は理解させられたのだった。




