冒険者56 進行する代償
入社式が終わった直後に一週間のダンジョン生活は、業務を覚えるにしては非常にハイスピードだ。
本当なら事前にトレーニングを行わせたり座学を積ませるべきなのだが、そうも言っていられないのが現状である。
促成栽培の面があると指摘されては反論し辛く、無茶を強いているのは承知の上。新人達は一人暮らしの家や実家から一週間分の用意をしてギルドに集合し、業務開始時に施設内に入ってきた旅行バスに乗り込んで一斉に現地へと向かうことになった。
突発的な短期出張とも言える出来事だ。当然、各家庭では動揺もあったらしい。
周りの声に耳を立ててみると、家族から心配されたとのこと。俺も家では事前連絡もないのかと心配されてしまったが、中国行きをスムーズに行う為に組んだ予定なので真実は当然言えない。
俺は苦笑しながら、新しい職種だし色々試したいんじゃないかなと短く返すに留めた。何事も新しく始めるのには手探りになりがちだしと言い訳も残して。
もちろん、これで納得を引き出せた訳ではない。家庭によってはギルドに電話もしている可能性は十分にある。
何よりいきなりのダンジョン投入だ。死の危険が一番濃厚な場所に新人を連れて行くなど、普通に考えればまだ早いと思われてもまったく不思議ではない。
それでも、日本もそうだし世界は冒険者を増やさねばならなかった。新しく増えるダンジョンに、異世界からの来訪者に向けて戦力を整えていかねば俺達が滅ぼされてしまう。
クレームなんて覚悟の上だ。日本を維持する為なら文句なんて右から左である。
現地には既に自衛隊の仮設拠点が構築され、内部では数多くの隊員がダンジョンを監視していた。
彼等は今のところ見るのを第一としているが、徐々に数を減らして元の業務に戻っていく予定である。此処に居る面子から中国に向かう者も居り、そちらは慌てて移動準備をしている筈だ。
今後はギルドが正式にダンジョンの管理を担い、監視も間引きも自己完結させていく。他企業とのやり取りもギルドがメインで行っていき、これから事務職の仕事も加速度的に増えてしまうだろう。
あっちは残業がとんでもないことになりそうだ。出来る限り福利厚生を充実させて辞める人間を減らしてもらいたいものである。
「此処が今回我々が入ることになるダンジョンの入り口です」
山田を先頭に、数十人の冒険者候補はダンジョンの黒穴の傍まで近付く。
テレビでは散々に姿を報道されていたので入り口だと言われても特に大きな反応は無い。金属の階段が追加されているだけの黒い穴は何処までも続いているようで、実際は内部との距離は五分も離れてはいないだろう。
今日は午前に穴付近の借り上げたマンションやアパートに荷物を置き、午後に覚醒を行う手筈である。
既に内部には十数名の冒険者がモンスターを捕縛しており、一階の草原地帯で新人に殺してもらう。これが順調に進めば何も問題は無いのだが、俺の想像通りになれば恐らく殺すだけで一日を費やす。
生物の殺害行為への忌避感がどれだけ邪魔をするかには個人差がある。容赦無く殺せる一方で、無意識に殺害を回避する方向で動かれては冒険者から事務職への配置換えも考えなければならない。
今回は生産職志望の人間も居る。彼等が一番時間を掛けることになるだろうと、俺と山田の話し合いで想定していた。
「……で、俺だけこんな街外れってことね」
アパートやマンションの位置は個々人の携帯で住所が送られている。
殆どは集合住宅の全部屋を埋める勢いで配置されるのだが、俺は予定されていたマンションやアパートからは外れた位置の一軒家になっていた。
秘密裏に動くならなるべく新人達に目撃されたくはない。これで唐突に姿を消してもいきなり怪しまれることもないだろう。
持ち込んだリュックを開く。中身は数日分の着替えと武器と余っている薬。残りは小型のキャンプ用品に非常食とそんなに変化は無く、今後変わるとしたら武器や薬の類になるだろう。
服が数日分なのは、中国に行けば現地で手に入れる機会もあると考えたからだ。無人の服屋で調達すれば懐も痛まずに揃えられる。
完全に盗みだが、どうせ態々集めに来るような人間は居ない。誰にも使われないならこちらで使わせてもらう訳だ。
「……」
昼食を摂る為に道路を歩きながら携帯を開く。
新しく増えたギルドのメールアドレスからは新人向けのお知らせが通達され、俺個人には普段から使われている老人のメールアドレスから中国の情報がやって来る。それ以外にも山田の個人アドレスから相談が送られてきたり、はっきり言って学生の頃よりも携帯を弄る頻度は増えていた。
正直、面倒だ。俺の当初の想定であれば新人として冒険者活動をスタートさせるつもりだったのに、今ではギルドの重要人物みたいになっている。
これが俺が思っているだけだったらどんなに良かったことだろう。客観的に見て、政府にも注目されている人間が大したことのない人間でない訳がない。
何もかもSNSが発端だ。本当に過去の自分を殴り飛ばしたい気持ちである。
どうせやるならもっと秘匿性を高めるべきだったと思うが、政府側にも未来を見れる人間が居るのでは結局同じ結末を辿っていただろう。
真に誰にも露見したくなかったのなら、俺はダンジョンが発生するその日まで何も発言しなければ良かった。
それはそれで被害は未来通りになっていただろうが、こんなに厄介な立ち位置にもなっていないだろう。
だが、まぁ、家族の安全の為には仕方のない話。これからは新人をどんどん矢面に立たせていこうと決意して、携帯を閉じた。
顔を上げると、また自分の視界がブレる。一瞬の浮遊感が襲い掛かり、身体のバランス感覚が崩れた。
傍の電柱に寄り掛かる。頻繁に訪れる頭痛が今日も現れ、更に関節が軋む音を立てた。
「……ッ、クソッタレ」
ナラが神の眼の制御を緩める頻度は多い。
何時どんなタイミングで訪れるかも定かではなく、その代わり進行はゆっくりとしている。
彼女は殺す気は無いと発言していたが、それは実際に正しいのだろう。本当に殺す気だったのなら今この瞬間にでも制御を手放してしまえばいいのだから。
彼女の要求は話をすること。それが果たされるまで、俺への攻撃は継続的に行われる。
これは我慢比べだ。俺が先にレベルを上げきるか、耐え切れずに彼女の要求を呑むか。
デメリットは無いように思えるが、それこそが最大の罠だ。この世にデメリットの存在しない提案なんてものがある筈がない。
対価は必ず求められる。そして、俺はその対価を払う気がない。
加えて敵国の人間だ。既に死んでいるとしても、彼女の話を聞いて味方だと認識することはない。
強烈な熱病にかかっているような気分を味わいながら、俺は駅付近の飲食店に向かって昼食を食う。
長く体験していけば何れ少しは慣れてくれるだろうかと思いつつ、午後に向けて無理矢理にでも食い物を腹に詰めていく。
食べて最初の一口目で味覚が死んでいるのを認識して、食べ終わった直後の気持ちの悪さに不快感が加速度的に上昇する。吐き出したい身体の反応を強引に抑え込み、幾らか落ち着いた段階で会計を済ませてダンジョンへと移動した。
集合時間よりも遥かに早く到着したので誰も居ないのではないかと思ったが、新人も何名かは既に集合場所付近で話をしている。早速人間関係の構築に動いたのだろう。
「あー……無理だな」
俺も多少は人付き合いをするべきかと考え、体調面から即座に却下した。
集合場所の近くに二階建ての建物があったので、そこの階段に腰を落す。集合時間になるまでは此処で休んでいこうと、そのまま瞼を閉じていった。




