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NTR人間、自身の末路を知る  作者: オーメル


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第十一歩 僕等の付き合い

 最初の説明が終わり、山田の言葉で休憩時間が設けられた。


 入社式から新人は座りっぱなしで碌に水分補給も出来ていない。肉体労働が多くを占める今後の活動において、休めるタイミングで休めなければ怪我や死に繋がってしまう。


 残業も公務員の中では珍しく、完全に無しの方針だ。もしも残って仕事をしてしまい、眠れず体調不良になられてしまったらダイレクトに戦闘に影響が出る。


 戦闘員としての側面が強いからこそ、冒険者には完全定時帰宅を強制していた。それは山田を含めた管理職も担う人間も一緒だ。


 反面、事務職にはそんな制限はない。世間が聞いたら一部から文句が出て来るかもしれないが、何が起きるか解らない分だけに仕事が遅くまで続く可能性は極めて高い。


 この休憩時間で何をするのかは本人の自由だ。単純に座って楽になっていても良いし、現場で活動している冒険者と話をしても良い。


 新人と交友を深めるのも有りだ。そこかしこで会話が起きていても山田達が注意することはない。


 ただし、建物から外に出ることは禁止されている。外に出れば記者が待ち受けている可能性が高いからだ。


 それで休憩時間が無駄になってしまっては意味が無い。折角入ってくれた人達なのだから、なるべく上は彼等を守っていきたいのである。


 咲は席を立ち、一目散に部屋から出て行こうとする男の背中を追った。


 その背中に触れるのに一分も掛からない。ただ肩を叩くか呼べば良いだけで、彼女が選択したのは名前を呟くことだけだった。


「翔……君?」


 男の足が止まる。黒いスーツ姿の男性はゆっくりと振り返り、咲の姿を見るや目を細めた。


 別れてから然程時間は経っていない。服装の所為で大人びて見えるが、実際は顔形はまったく変わっていないだろう。


 それでも咲にとっては違うように見えた。何年も何十年も離れていたような大切な人間と再会した気分は、言葉では表現出来ない程の衝撃を彼女に与える。


 咲は何も言えなくなった。正確に言えば、何を言えば良いのかが解らなかった。


 嘗ての友人のように久し振りと挨拶をするべきか、泣いて喜びの声を出せば良いのか。それとも後で時間が欲しいと懇願するべきか。


 どれを選んでも正解ではないように思えるし、今更どんな話をしても意味がないようにも考えてしまう。


 折角機会を得たのに、これでは無駄にするだけだ。


「そ、その、お久し振り……です」


 だから、絞り出したのは挨拶だった。高校を卒業してから暫く会っていなかった同級生同士の、何の変哲もない言葉だ。


 少し口籠りながら出たものは小さく、ともすれば空気に溶けて消えてしまいそうだった。


 それでも、眼前に居た翔の耳には届いている。彼は無表情だった顔に緩く笑みを作り、軽く頭を下げて言葉を返した。


「お久し振りです、品野さん。 といっても卒業してからまだそんなに時間は経っていませんけどね」


「――そう、ですね」


 翔の言葉は丁寧だった。タメ口だった頃とは異なる、まるで交友関係の無い者の返し方だ。


 だけれど、咲はますます翔との間の距離を感じてしまった。最早恋人だった頃の距離感は二度と戻っては来ず、徐々に徐々にと関係は薄くなってしまうのだろう。


 何度も経験した絶望が後ろから襲い掛かってくる。今直ぐトイレに駆け込んで吐くものを全部吐いてしまいたくなって、そんな両者に話し掛ける人間が居た。


「中学以来か、君と会うのは」


「……我妻さん」


 翔の目から見て、我妻は更に人の視線を集める姿になった。


 身長は既に百八十を超え、身体には力強さが感じ取れる。ミドルの茶髪は綺麗に整えられ、甘いマスクの顔は友好的な表情を湛えていた。


 声には微塵も不穏な色はない。どこまでも再会を喜んでいるような雰囲気の我妻を前に、翔もまた笑みを維持したまま言葉を吐き出す。


 我妻は咲の隣に立つ。まるで今度は自分がその位置についてやると宣言する様は、中身を知っている人間程緊張感を孕んでいた。


「謝って済む問題じゃないのは解ってる。 それでも、咲との件はすまなかった」


「いえ、もういいんですよ。 それよりもこうして二人揃ってなんて、何か進展でもありましたか?」


「いや、これは偶然だよ。 偶々同じ職場を目指していてね。 試験で再会したんだ。 ……そういえば君はギルドの会場に居なかったよね?」


「俺は別会場で試験を受けました。 合格出来るかは解らなかったんですけど、無事に入れました」


「そうか。 僕も似たような感じだ。 これからは同僚として、一緒にやっていこう」


 我妻はすっと手を翔に向ける。翔もまた、彼の手を緩く握った。


 表面上は極めて平和な光景なのに、咲にはまったくそうは見えない。寧ろ、今この瞬間に殴り合いの喧嘩が起きるのではないかと冷や冷やさせられた。


 二人の手が離れ、それではと翔は歩き去っていく。咲や我妻との再会にまるで心が動いた様子が無い翔に、二人は顔を見合わせた。


「……なんだか前とは違うみたいだね」


「私達の所為よ。 あの件から、人に良くしようとはしなくなったの。 ……それでも人助け自体はしてたみたいだけど」


「成程。 あの様子だと咲のことも……」


「言わないで。 解ってるから」


 解っている。翔はもう、怒りも悲しみも抱いていない。


 咲のことを他人と同然に扱い、もう一人の加害者である我妻なんて眼中にも無かった。


 あくまでも同じ学校に居た、嘗て関わりのあった同級生。その程度の認識でしかなく、この事実は何の行動も起こさない限りは変わることもない。


 この再会は、ただただ咲を苦しめるだけだ。今一度叶わぬ夢を見させられているだけだ。


 自己嫌悪が心を握る。さっさと諦めて隣の男を取れと、現実的な言葉を吐く。


 だが、咲は息を吐いた。内にある恐ろしい考えを叩き殺し、自分の座っていた席に戻る。


 我妻は彼女の姿を見て、次いで去って行った翔の方向に視線を移す。さっきの様子を見る限り、これからの付き合いではまた違った関係を築くことになりそうだ。


 元々大した関係値を持っていた訳ではないが、あの一瞬で我妻は翔の二人への認識を理解した。


 即ち、相手にもしていない。居ても居なくてもどっちでもいい存在。邪魔をしないのなら放置をする姿勢で、つまり咲にアタックを仕掛けても翔は何も妨害しない。


 好機だ。そう思ったのは我妻の本音であった。


 ああまで咲のことに無関心なら、自然と二人の付き合いは冷めていく。過去にどれだけ愛を育んでいたとしても、こうまで知り合い対応をされれば咲も最終的に諦めるだろう。


 もちろん、引き金を引いたのが誰かを忘れてはいけない。我妻は己の罪を理解している。咲が真に自分の彼女になってくれたのなら、その時は翔の手助けだって喜んでするつもりだ。


 本人は嫌な顔をするだろうが、しかしどんな場所でも味方は必要不可欠。我妻が翔の味方になる十分な理由がある以上、助けるのは自然の流れだ。


 同時に、翔を助けることで咲が我妻を見る目も変わってくるだろう。贖罪として翔を支えてやれば、少なからず好意も増してくれる筈だ。


 中学時代、咲の心には確かに我妻に対する同情があった。ならばそれを再度引っ張り出せば、次は逃がさない。


「翔。 悪いけど――」


 ――咲はもらう。どんな手を使ってでも。


 咲の親の反対は受けるだろう。最悪咲は絶縁されてしまうかもしれない。なら、その時彼女を支えてあげられるように己は強くなる必要がある。


 冒険者としても、男としても。一度間違えたからこそ、次は真っ直ぐ強さを目指す。


 このギルドと呼ばれる職場は今後、世の中でも上位の社会的ステータスになる。さらに上の役職にでも就ければ、殆どの人間は我妻を有能な人物だと評価するだろう。


 努力するには十分な理由だ。我妻は視線を咲に戻し、ゆっくりと彼女の隣の席に向かうのだった。

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