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乙子ルート 第5日目⑨

 しかし、楽しい時間ほど早く過ぎ去ってしまうわけで。


 たくさん遊んだし、明日のこともある。そろそろ帰ろうか。


 締めに遊園地の定番中の定番、観覧車に乗る。


 これに乗らなきゃ、わざわざ遊園地に来た、って感じがしないよね。


 そこそこ並んでいる人がいるので乗れるまで少し時間がかかりそうだ。


 周りを見渡すと、やはりこの場所はカップルが多いみたいだ。


「カップルばっかりね」


 と、乙子がオレと同じことを思っていたようだが、端から見ればオレたちも立派にカップルに見えることだろう。


「お次の組の方どうぞ」


 順番が来たので、オレたちも観覧車に乗り込んだ。


「観覧車が大丈夫ってことは、別に高所恐怖症ってわけじゃないのよね……」


 観覧車がそこそこの高さに来た時、乙子がそんなことを言い出す。


「高さにスピードが加わるとダメなだけで、むしろ高い所は大好きです」


 そう言ってオレは窓の外の風景を見つめる。


 大勢の人たちが点のように小さく見える。


「見たまえ、人がゴミのようだ」


「そのセリフは色々と問題があるから、一度だけにしときなさい」


 即つっこまれる。


 漢のロマンがわからんヤツめ。


 こうしていい雰囲気になることもなく、観覧車は無事に一周した。


 締めの観覧車にも乗ったことだし、オレは乙子に帰る提案を切り出した。


「オトコ」


「ん? なに?」


「そろそろ帰らないか?」


 時計を見る乙子。


 夏なのでまだ辺りは明るいが、時間はもう七時近い。


「あ、もうこんな時間なんだ……。そうね、帰りましょう」


 そんなわけで、多少名残惜しくはあったが、オレたちは遊園地を後にした。


 帰りの電車の中は終始今日の話題で持ちきりだった。


 やがて駅に着き、少し歩き、オレと乙子の分かれ道までやってくる。


 去り際に乙子に念を押される。


「遅れるんじゃないわよ?」


 前にも説明した通り、オレはイベントに遅刻したことがない。


 乙子自身も余計な心配だと思いつつ言ってくれてるんだろう。


 わざわざ波風を立てることもないので、素直に返事をする。


「了解です、ボス」


「うん、素直でよろしい」


 茜色に染まった陽射しの中で乙子が微笑む。


 その表情が魅力的に見えて、思わずドキッ、としてしまう。


「どうしたの?」


 不思議そうな表情を浮かべて、オレの顔をのぞきこむ。


 あんまり近づかないで下さい、焦っちゃうんで。


「いや、なんでも……。とにかく、ちゃんと遅れずに行きますんで。じゃ、また明日な」


「うん。また明日」


 背中を向けて歩き出す。


 そのオレの背中に足音が近づいてくる。


 一度別れを告げたはずの乙子が走って戻ってきた。


「貞君」


「なんですか?」


「今日は誘ってくれてありがとう。本当にすごく楽しかったわ」


 いつになく素直な乙子。


 ここはオレも素直に返さねば。


「ああ、オレも楽しかった。また来ような」


 そう言って乙子と別れた。


 少し歩いて家路に着く。



 貞君のアパート。

 八月五日 午後八時一三分。



 家に着いた。


 明日は早いし、今日はとっとと寝てしまおう。


 明日の準備をしてベッドにもぐりこんだ。


 明日はみんなで海だ。


 今から楽しみでしょうがない。


 なかなか眠りにつけなかったものの、それでもゆっくりとオレの意識は薄れていった。

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