六、そして再び日常へ
『……お掛けになった電話番号は、電波の届かないところか、もしくは、電源が入っていないため、お繋ぎすることが出来ません』
「あれ、おっかしいな。いつもなら、まだ起きてるはずなのに」
すっかり日が暮れた午後十時前。
コンビニの裏口付近で、アルバイトを終えたばかりの糸村は、スマホで堂島に電話しようとしていた。
夕方に体験した出来事を、一晩寝て興奮が冷めてしまわないうちに話してしまおうと考えたからだ。
「まぁ、風呂にでも入ってるんだろう。しょうがねぇなぁ」
一人で納得すると、糸村はスマホをスラックスのポケットにしまい、家に向かって歩きはじめた。
*
その翌日の昼休み。昨日と同じ教室でのこと。
「とらうまゲートか。なんか胡散臭いな」
名札も付けず、開襟シャツの下に派手なインナーを着た男子生徒が、購買で人気のカツサンドを食べながら、怪しむような視線を糸村に送る。
「だろう? 俺だって、実際に体験するまでは、ガキの噂だと思ってたんだ」
エビの天ぷらが入ったおむすびを齧りつつ、糸村は昨夜の体験談を語っていた。
糸村が、ひと通り話し終えると、透明フィルムを丸めてゴミ箱にシュートしながら、名無しの権兵衛は聞き返した。
「それで、その噂は誰から聞いたんだ?」
「ん? えーっと、誰だったかなぁ」
「おいおい。誰から聞いたかも忘れたのか?」
「わりぃわりぃ。昨夜の経験が強烈過ぎて、細かいことは忘れちまったみたいだ」
このあと、二人は他愛も無い話を予鈴が鳴るまで続けた。
いつもと変わらないようでいて、その日常風景に一人欠けていることに、まったく気付かないままで。