95:時を越えて
二体目の虚無、出現。
この日のために備えてきたトップランカー達は、ありとあらゆる手を打ち、総力を結集していた。
95:時を越えて
『じゃあ、抜刀さん、確かに渡したわよ』
『ああ。しかし…… これは、重いなぁ』
『責任重大ってヤツっすね』
虚無討伐隊の8名に、キツネが+10ポーションを分配し終えた。
そろそろ、かき集めたポーションを一箇所に集めるべき時が来ていたのだ。
予定の火力を出すために必要なポーション、約7万個を大きく上回る、8万個のポーションを、八等分して虚無討伐隊の面々に受け渡す。
ここまで大量のポーションを収集できるとは思っていなかった。SNS上での盛り上がりに感謝しなければなるまい。
ここまでの余裕がなければ、彼らのレベルではまだ100万ダメージに届かなかったかもしれない。
999個スタックした+10ポーションを、それぞれ10セット。所持品枠10マス分、決戦の日まで各自で保管しておく。
万が一、虚無を倒す役目を負ったプレイヤー、「抜刀牙」のキャラデータが不意の事故で失われたとしても、残る七人が分散して保存しておけば、被害は最小限に留められるという訳だ。
『余った分はどうするんですか?』
『ああ、それは……』
尋ねるカナリに、キツネは……
『申し訳ないが、こちらも多少は補わねばいけないんでね……』
ムラマサは、マウスのサイドボタンに設定した自動処理を走らせる。
右クリックを連打するのと同じ動作が、そのボタンには設定してある。
たちまちに、580個の+10ポーションが消費され、ムラマサの基礎ダメージは+5800される。
『じゃあ、ちょっと待ち時間を稼ぎますわよっ……と』
コウヤ達にポーションを渡し終えた後、キツネは元の忍者に戻り、ムラマサ達に合流していた。
まだ、待つべき時間がある。
キツネは式神召喚を連打し、虚無の足止めを開始する。
『最後に計算し直しとか、しなくて大丈夫です?』
『土壇場で焦ってやり直したって、かえって計算ミスして混乱するだけじゃない?』
『それもそうか……』
マジメイジの問いかけに、キツネはのんびりとした声で返す。
一閃がパラディンの「加護」を多重発動し、+30%
発光大王子がロードの「号令」の重ね掛けをし、+50%
ブッチーがウォリアーの「雄叫び」スキルを使い、+15%
キツネがニンジャの「薬丸」をムラマサに投げ、+25%
辻スミスがエンチャンターの「対人強化」を掛け、+258%
前回、火力の限界に挑戦した際は、これで約86万のダメージに達していた。
今回、プレイヤー各員の努力によって底上げされた分を計算に加えると、89万まで加算される。
ここに、ムラマサが厳選に厳選を重ねたトレハンの成果、前回の挑戦で投げた『妖刀村正』を上回る、最高可変値の『無銘正宗』の火力を加え、90万。
そこにポーションの+5800分を加えても、まだ92万ほど……
あと一手が足りない。
四層、虚無迎撃戦、その前日。
日曜日。
山田マンとユウリは、ユウリの父と共にマジホリRSのサーバーのある故・カノザキ宅を訪れていた。
ある、上書き作業を行うために。
これは、今いるプレイヤーやアイテムのデータを書き換える物では無いため、新たなデータ抹消の恐れは無かった。
無論、動作中のサーバーに直接手を加える行為は、微細なリスクを伴うものではあるが、それでも、新たに「出来る」と確信に至ったこの手は、まさに救いの一手と言っていい確実性を持っている。
万難を排してでも、実行に移す価値があった。
『虚無を倒すのに、貴方の力を貸してください……』
そして、当日。
マジメイジと人形姫は、虚無を包囲する六人に万一の事が無いように、後方に陣取り、ランダム発生するザコモンスターの処理にあたっていた。
二人のキャラクターには味方強化の能力は無く、護衛役としての同行だった。
『はーい、準備OKのお知らせ、入ったわよ~』
携帯からの一報を受け、キツネがボイスチャットで合図をする。
『じゃ、代わるね』
『見届けられないのは残念だ! 録画、ミスらないでくれよ!』
人形姫とマジメイジが、パーティーを抜ける。
そして、代わりにパーティーに加わり、ポータルでロビーからこの場に姿を現したのは……
トップランカー、ランキング一位
レベル892、天使♂ 「SUPER_Z」
通称、超Z
トップランカー、ランキング三位
レベル831、吸血鬼♀ 「SUPER_ROSE」
通称、薔薇女王
『お待たせ。無事、凍結解除に成功したよ』
サイバラのその声は、やり遂げた清々しさに満ちていた。
解析班は、たゆまぬ努力の末、ついに……個別手作業ではあるが……凍結されたセーブデータの復旧に成功していた。
何度か他のキャラで実験し、成果を確認した後、本命のこの二体を復旧。
なんとか、今日この時に間に合わせた。
『なるほどねぇ、サイバラで、薔薇で、女王サマってワケね』
ランキング二位の「SUPER_LD」と合わせて、トップランカー1、2、3位全てにスーパーの文字が並んでいる事から、以前からこの三名は開発中核メンバーである、カミさん、バラさん、カンさんの三人だと予想はされていた。
ムラマサを遥かに上回るレベルの高さも、開発者ならば納得と言うものだ。
だが、本名である「サイバラ」を知ったのは最近の事だ。
ブッチーの納得も、ずいぶんと長い時を経た後の、「なるほど」であった。
『で、そちらは…… 君かい?』
一閃が尋ねる。
『ええ、僕です。 今度は……間に合わせました……
山田マンです』
超Zのデータでプレイしているのは、山田マンだった。
そして、そのキャラクター、ランキング一位の天使は……
『カノザキさんのキャラデータ、お借りしています。
仇討ち……とは違いますか……
彼の天使で、虚無を倒す……
必ず、やり遂げますよ』
山田マンの声は、緊張のせいか、少し震えていた。
『久しぶりに声を聞くな、山田!』
あえて、親しげに元気よく話しかけるマサムネ。
『ええ……』
怯えるように、小さく応える山田マン。
『ムラマサくん、今は……』
何かを言おうとするムラマサを、キツネが静止する。
『分かってますって、キツネさん。
ただ、これだけは言わせてくれ。
俺は待ってた。
ちゃんと、全部分かってる。
もういいんだ……
また一緒にやろうぜ! マジホリを!』
少しの、沈黙。
『ええ…… はい……
ああ! 倒そうぜ! ラスボス!』
山田マンも、力強く応える。
遠慮しがちな大人しい青年の声が、生意気な少年の頃の色を、僅かに取り戻していた。
『じゃ、そろそろ始めましょ?』
キツネが口火を切る。
『まったく、臭い事を言ってくれて……
ここ一番でリーダーらしくなるもんだ』
一閃は、楽しそうにつぶやく。
『一層の新人どもに、目にもの見せてやんねぇとな!』
ブッチーは待ちきれないといった様子で声を張り上げる。
『これが本当のチート…… 悪い大人の強さですなぁ!』
普段は落ち着いた口調のサイバラも、今日ばかりは興奮しているらしい。
『いやー いい時に復帰出来たもんだ。
この現場に居合わせる事が出来た事、本当に有り難く思ってますよ』
辻スミスは、相変わらず礼儀正しく、落ち着いている。
『場違いなのが一人混じっててすみませんて感じだけど……
あいつらの分まで、俺が仇を討ってやりますよ!』
発光大王子は、中堅勢として共に戦った、キャバ、みみか、ゴリ、つらぬき丸達の分まで俺がやるんだという、気負いを持っていた。
『カベの分も、な……』
今、お前はどうしているんだ?
親友の仇を、今度こそ。
ムラマサは、友に捧げる必勝の念と共に、ここまで長く苦しい戦いを続けてきた。
一度は潰えたと思った、この機、この時、今度こそ……!
(カノザキさん…… 俺、これで、許してもらえますか……ね……?)
自分の狂った妄執によって、どれだけの迷惑を掛けてきたか。
山田マンは、虚無を生み出した最大の原因は自分であると、正しく理解していた。
それは、自責の念でも何でもなく、厳然たる事実である。
自分が発生させてしまった、最悪の怪事件……
自らの手で、今こそ……
『カノザキさん、見ててください』
かすれるように小さな、それでいて、力強く、自信に満ち溢れた声で、宣言をする。
『作戦開始!』
すっかりリーダーが板についた、ムラマサが号令を発する。
天使の祝福スキルと、バンパイヤの連れてきた洗脳モンスターの持つ火力強化オーラにより、35%の強化が上乗せされる。
完全に終了した戦闘システムの解析と、システムに習熟したプレイヤー各員の計算により、十分に試算は重ねられている。
ダメージは確実に100万を越える。
確信がある。
サイバラの吸血鬼はただ立っているだけで貢献し、
カノザキの天使が祝福を重ねて放ち、
ブッチーの戦士が叫び、
発光大王子の君主が光り輝き、
一閃の聖騎士が加護を多重掛けし、
キツネの忍者が薬丸を投げ、
『今だ!』
ムラマサの合図で、辻スミスが「瞬間強化」を放つ。
『今度こそ……!』
その時が来た。
ただ、それだけの事として、無心で発動キーを押す。
画面上、795レベル、侍、MURAMASAMUNEが気合の叫びを上げ、虚無へと向かって刀が発射される。
武器投げのゆっくりとした弾速で、刀は十数フレームの時間、滞空する。
刀は、ついに虚無へ命中し……
1
ポップアップした数字は、僅かに1。
だが、それで十分。
『うぅぅおっしゃあぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーッ!!!』
ムラマサは、吠えた。
八人が、思い思いに、叫んだ。
死亡演出パターンも、やはり「0」番。
虚無は、ダメージ1を受けた瞬間に死亡。
一瞬で画面上から消えて無くなった。
トップランカーによる虚無討伐隊、結成から三ヶ月以上の時を経て、ついに任務を完了。
虚無は、倒された。
虚無は、倒すことが可能だった。
後は……
<トップランカー上位三名>
SUPER_Z(天使) カノザキ 管理人のカンさん
SUPER_LD(君主) キタガミ 開発者=神、カミさん
SUPER_ROSE(吸血鬼) サイバラ バランス調整のバラさん
延々プレイしていたムラマサでも795レベルなのに、長年放置していたこの三人がこのレベルなのは、つまり……




