08:アクト1、女神の神殿
定時にネット上で集まった四人は、難易度ノーマル最初のボスに挑む。
08:アクト1、女神の神殿
『やっほー』
『集まった?』
コウヤがログインすると、既にユウリとユウイはロビーの町で待機していた。
『ちょい待ってて すぐ来る』
後はマヤ待ちだが、うっかり姉が来る、などと書き込まないように気を付けなければ。
住所、性別、年齢、等々、個人情報に関わるような事は絶対に書かないようにと、父から強く念押しされている。
これはユウリの方でも同じで、妹にきつく言い聞かせてあった。
『ごめん、ちょい遅れた』
マヤが到着。
コウヤとマヤはそれぞれ自分の部屋でプレイしていて、顔を合わせている訳ではない。
『それじゃ、続き行きますか』
ゲーム内チャットでは文字を入力する手間が面倒だな、と思いつつ、コウヤは仲間と共にロビーを出て、冒険を再開する。
『サクサク進むねー』
『気持ちいい!』
コウヤとユウイのパラディン&ドルイドコンビが、前衛でバッサバッサと敵をなぎ倒し、硬い敵は的確にユウリのアーチャーが仕留める。
マヤのネクロマンサーは中距離から毒ガスや呪いを展開して仲間を支援しながら、骸骨兵を使って戦闘もこなす。
いい感じにチームワークが型にハマり、難易度の低いノーマルモードは驚くほど簡単に、敵を踏み潰すような勢いで進むことができた。
ユウイでもこうして爽快感を感じる事ができるのは、この難易度の低さのお陰だな、と思ったコウヤだったが、この先難易度が上がっていった時も付いてこれるだろうか、と少し心配にもなった。
今のような戦い方を続けるには、万能型のドルイドでは少々守りの面で心配だ。
『そろそろ1ボス』
『OK』
戦いながらのチャットなので、文章は自然と短くなる。
この辺り、ボイスチャットでもあれば便利だろうな、と思い始めるコウヤだった。
『待ってー なんかある』
MAPサブエリアの入り口だ。
エリア名は「神殿の宝物庫」。
このMAPは敵に滅ぼされた月の女神の神殿の廃墟で、アクト1の敵の本拠地になっている。
その宝物庫だと言うのだから、魅力的な名前ではあるが、ゲームのシステム上、何があるかは完全にランダムで、むしろ確定で出現するミニボス(ユニークエネミーと呼ばれる)から得られる経験値の方がオイシイ。
ボス戦で苦労する事は無いとは思うが、その前にここで装備を補充し、レベル上げも出来るとオイシイかもしれない。
『番人がいるから、油断しないで』
マヤもその点は心得ている。
『OK、入ろう』
コウヤが真っ先に飛び込み、他の三人も一斉に宝物庫に突入した。
「マジかよ!! なんだこの威力!」
コウヤは、思わず自室で叫んでいた。
ザコモンスターである蜘蛛女の色違い、「宝物庫の番人 ゲー・アラクネア」の戦闘力は、予想を遥かに上回る物だった。
スキル「守りの加護」を発動しているのに、一撃で体力が三割ほど減る。
コウヤはポーションをガブ飲みしながら逃げ回る他なく、前線は骸骨兵と狼の召喚戦力が辛うじて支えてくれていた。
ユウイは近接攻撃を諦め、一応取得だけはしておいた「風の刃」で遠距離から攻撃。すぐに倒される狼を、消える端から再召喚して持ちこたえている。
コウヤは殴りに行く度に大ダメージを受けてすぐに回復に回らなければならないため、少し立ち回りを間違えるとすぐにも死んでしまいそうな、ギリギリの戦いを強いられていた。
相手は毒蜘蛛のモンスターで、ネクロの毒の効きも悪く、ユウリのアーチャーが殆ど唯一のダメージ源だった。
皆、慌ただしい操作の戦闘でチャットする余裕も無いが、上手く連携を取って、なんとか持ちこたえていた。
ユウリだけは既にこの異常な強さの理由に気付いていたが、今はそれを説明する暇が無い。
このままいけば、倒せない相手ではないから、押し切ってなんとかなると判断した。
そして、しばらくの後、回復薬はごっそり消耗する事になってしまったが、番人の撃破に成功する。
『何こいつ! 初めて見た!』
一番の経験者であるはずのコウヤがそう思うのも当然。
『RSオリジナルボス。こういうのがサブエリアには毎回いる』
『wiki見て知ってたのに、忘れてた。ゴメン』
大して強くもない番人に、大して美味しくもない宝。
それではつまらないだろうと、各MAPのサブエリアは「難しいけれど美味しい稼ぎ場」として機能するように再調整されているのだ。
あちこちの洞窟や、ドアや、地下室を入り口として、各MAPには1~3個ずつくらいのこういったエリアが存在する。
『薬切れた。一回もどろ』
『お宝もすごい。整理タイム』
マナの減りの大きい召喚スキルを連発したため、ユウリはマナ回復の青ポーションを殆ど使い切ってしまっていた。
ボスが落としたものと、宝箱から手に入ったものとで、戦利品の整理も必要だとマヤが訴え、町へのポータルが開く。
コウヤも体力回復の赤ポーションをかなり使ってしまっていたし、誰も反対はせず、全員で一度町に戻る事となった。
『宝部屋のミニボスは、アクトボスより強い』
『マジか。道理で』
『でもレベルすごい上がった』
『いい武器ゲット』
皆興奮気味に、次々チャットする。
現在、メンバーのレベルは16。通常はアクト1のボスを倒した時点で15レベルくらいになっているものなので、倒す前にこのレベルになっているのは、苦戦した甲斐があった、という事だ。
ユウリも最初は初見殺しの罠かと思ったが、最大八人プレイのこのゲームで、これくらいの苦労でこの見返りなら、実にいい調整なのではないか、と、流石年季の入った良作MODだけはあると、深く感銘を受けていた。
今はノーマルクリアを優先するにしても、装備に不満が出てきた頃には、少し戻ってお宝ボスと戦うのもいいかもしれない、と仲間に提案する。
上がったレベルで手に入ったスキルポイントで、コウヤはパラディンに『雷光弾』を取得させる。
武器の先端から光の弾丸を発射するスキルで、パラディンの持つ数少ない飛び道具のうち一つだった。
良い効果の付いた剣を手に入れたので、武器の攻撃力も倍になった。
ユウイは先程の戦いで、狼の有用性を思い知らされたので、狼召喚スキルのランクを上げていた。
同時に召喚出来る狼の数が2から3に増えた。
マヤのネクロマンサーは、得意の毒が効かない敵に備え、サブ武装として弓を持つ事にした。
素早さのステータスが低いネクロでは威力は出ないが、得意のナイフ攻撃が通じない場面でのとりあえずの対応策として、無いよりは良い。
ユウリのアーチャーは、レベルアップポーナスを主に器用さに割り振って弓の火力を上げつつ、重い装備のために筋力にもある程度振っていく。
そして、運良く強力な弓が手に入ったため、余った弓をマヤのために手渡したりもしていた。
スキルは、基礎能力を上げる「狩人の目」と「マジックアロー」の二つのみに絞ってランクを上げている。
徹底して対ボス火力を出す事だけを考えた育て方だった。
『やべーな。これボス楽勝じゃね?』
『さっさと済ませてしまいますか』
コウヤの言葉も、慢心ではない。
ユウリも同意して、四人は先程のポータルから宝物庫に戻り、そこから再びボスを目指して進み始める。
アクト1ボスは、「痛みの女神・ザンダルナ」。蠍のような手足を持った邪神で、身体からは常に毒液が滴っている。
オープニングムービーで月の女神の神殿は魔王軍に滅ぼされるのだが、そこに謎のローブを着た老人が現れ、女神像の持つ宝玉を破壊する。
その宝玉に封じられていた邪悪な女神が復活し、魔王軍の追撃を試みる主人公達の前に立ちはだかる障害となるのだ。
デモムービーでは派手な登場をするのだが、復活したばかりの邪神はまだ本調子ではないらしく、驚くほどに弱い。
毒液放出を浴びつづけになければ大して怖い相手でもなく、実際、コウヤ達は登場してから十秒と掛からずに秒殺してしまう。
「よわっ」
8歳の小学生女子にまで呆れられるという、驚きの弱さ。
先の宝物庫の戦いで成長した分、余計にその弱さが際立っていた。
倒した後、封印の宝玉は再び女神像の手の中に戻り、ザンダルナの再登場はこの先二度と無い。
無いのだが、当然、こんな美味しい設定をMOD製作者が放っておくはずもなく、ユウリだけは遥か先の戦いで再戦の機会がある事を知っていた。
そして、神殿の奥で女神の泉に投げ込まれた不浄の呪いを解き、スタート地点、グラストラムの町まで聖水の川が届くと、町の結界が復活する。
後は町からこの川の流れに乗って旅立つと、アクト2が始まる事となる。
四人は町に戻り、NPCからクエスト報酬を受け取り、戦利品を整理した後、いよいよアクト2へと進もうとするのだが……
『おっ まさか新人?』
キャラクター名 SOUKO1 レベル28 カルバーン(旅商人)♀
四人が初めて出会う他人だった。
『』内はゲーム内のチャットだと思ってください。